転生者ふたり、あるクソゲーの世界で
キヤ
第1話 光り輝く幼なじみ
再会した時から幼なじみは光り輝いていた。
俺のというより、“デフォートの幼なじみ”である。おぼろげな幼少期の記憶には、いつもカイルが隣にいたが、発光していた覚えはない。
ここは王立ルクスブライト領 騎士・魔法専門学園。あまりに無骨な名前すぎて、地元では学園と呼ばれている。
物語が進行中あるいは始まるのだとすれば、可能性が高いのはここだろう。数分前に通り過ぎた学園の門扉だけでも、町の建物に比べて装飾が細かく、設定を感じさせるものだった。
どうやら俺の予想は当たっていたらしい。キラキラと光の粒をまき散らし、時を止めた世界で確信する。
幼なじみのカイルも、天幕の下にいる光らない先生も、風で舞い上がった新緑の落ち葉も、すべてが静止していた。
俺が動けるのは、
手元には『新入生の手引』と書かれた真新しい冊子がある。学園内の地図が載っており、受付の先生は動作を停止する前に行先を教えてくれた。
「入学式は大講堂だよ、頑張ってたどり着いてね」
冊子を開けば、ページの見開きに学園内の地図が収められている。それでも
俺が悩んでいる間にキラキラが消え去り、何事もなかったようにカイルと先生が会話を再開した。
「オレも去年、先生の冗談に驚かされましたよ」
「ははっ、そうだったかな? 学園の広さに圧倒されている新入生を見ると、ついからかいたくなってしまうんだ」
先生が笑うと、目尻のしわが深くなった。
「と言いつつ貴族の新入生には、さりげなく威光を示すと聞きますが?」
「まあ、何事も最初が肝心だからな。あんまり言い広めるなよ」
「もう遅いですよ、上級生の間では常識らしいですから」
カイルが俺に向き直って言った。
「安心しろよ、デフォート。大講堂までは、先輩のオレが案内してやるから」
「ああ、うん」
カイルの笑顔は物理的にまぶしかった。
天幕を離れ、俺たちは石畳の上を歩き出した。カイルが言う。
「受付にいたスコーラ先生は元侯爵なんだ。爵位を息子さんに譲った後、学園で妖精語を教えている」
「元侯爵? さっきの先生が?」
ロマンスグレーを思わせる上品なたたずまいだったが、茶目っ気のある態度はとても貴族に見えなかった。
「ああ。元侯爵の肩書があれば、親の爵位を笠に着る新入生の鼻をへし折れる、とおっしゃって、受付を担当されている」
「じゃあ、あの冗談は?」
「俺たちみたいな庶民には、初めて接する高位の貴族が、先生みたいに気さくな人なら話しやすいだろ? この道案内もスコーラ先生の考えで始まったんだ」
「新入生が迷子になるから?」
あたりを見回しても、鮮やかな若葉をたたえた木しか目に入らない。右手に白い尖塔が頭をのぞかせていた。
「『身分の垣根を越えて学ぶ』が学園の理念だからなかな? 名前で呼び合うのも、それが理由らしい」
ほかにも学園内は従者禁止だそうだ。
カイルは意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「本来は案内役も庶民の子には貴族、貴族の子には庶民をあてるんだけど、ごめんな、デフォート。俺が無理を言って代わってもらったんだ」
「俺の学園生活を
「そういうこと」
「ひでぇ先輩だな」
冗談を言って笑いあう。角を曲がると、ようやく石造りの建物が見えてきた。
「デフォート、危ないっ!」
カイルに腕を引かれ、肩を抱き留められた。大きな黒い塊が、俺のすぐ横を通り過ぎて行った。
「いっ、今のは?」
上級生に見えたが、速くてよく分からない。
「騎士科タクシー」
「た、タクシー? 人に見えたけど?」
ここは封建制度の残る一九〇〇年代初頭という、いかにもご都合主義なファンタジーの世界だ。魔法具式のタクシーが町を走っているが、人の形はしていなかった。
カイルが説明してくれた。
二年生に進級すると、魔法科の生徒は学内限定で魔法の使用が許可される。洗濯や寮内の掃除など、訓練を兼ねて雑務を担う。その代わりとして騎士科の生徒は、魔法科の生徒を背負い、彼らの足として広い学園内を走り回るそうだ。
「割とすぐに慣れるよ。けど、中にはものすごく足の速いやつがいるから、ぶつからないよう注意しろよ」
騎士科タクシーが、遠くで白いクラブカートを追い抜かしていた。
「それは上級生の特権?」
「いや。騎士科の訓練にもなるから、一年生もやっていい。俺は先輩だけど、お前のためなら走ってやるぞ」
「遠慮しておく」
正直なところ、俺は時を止めた世界よりも騎士科の上級生に驚いていた。
五月一日に行われる入学式では、遅咲きの桜さえ見ごろを過ぎている。それでも大講堂の前に植えられた背の高い木には、釣り鐘状の小さな花が咲いていた。桜の美しさに劣っても、下向きに咲いた白い花が可愛かった。
見慣れない制服姿のせいだろうか。春休みに会った時より、カイルは少し大人びたように感じだ。彼が微笑むと、キラキラとした光が零れ落ちる。
「デフォート、入学おめでとう」
「ありがとう」
案内を終えたカイルを見送り、俺は大講堂の扉を開けた――。
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