第34話 物騒な人事担当者

 唐突に現れたその男性の顔を見て、一琉は少し前の記憶をすぐに思い出していた。この人物とは、確かに一度だけ会ったことがある。白菊のスマホを購入したショッピングモールの前で、率先して声を掛けてきた例の団体職員だった。


 相手はその時と何も変わらない柔らかな物腰であり、相変わらず人の良さそうな雰囲気を漂わせている。ただ、その所持品が以前とは真逆の代物しろものだったため、一琉はそれを見て思わず眉をひそめることになっていた。


 その大柄な男性の背中。そこに、何故か黒光りするアサルトライフルを背負っているのだ。間違いなくモデルガンだろうが、この場とこの状況では、あまりにも違和感の方が勝ち過ぎる。迷彩服でも着ていれば全く別の印象を受けたのかもしれないが、相手はいたって普通の作業着姿だった。


 とにかく、一琉はその意図が分からずに小さく困惑している。また、それは他の二人も同様であり、揃ってキョトンとしていた。


 だが、男性の方は一琉達のそんな反応など全く気にしていない。そのまま三人の目の前で立ち止まると、まずは自ら進んで名乗っていた。


「初めまして。ここで人事の担当をしている中川と申します。今回のアルバイトに応募してくださった方々ですよね? 今日は敷地内での除草作業の方、よろしくお願いします」


 すると、その声を聞いた白菊も、一琉と同様の記憶をすぐに思い出す。

「あ。この前の……」


 ただ、その場にいなかったエイミーだけは、蚊帳の外の様子でなおもキョトンとしていた。

「……?」


 そんな三者三様の視線を向けられる中、その大柄な男性——中川が一琉と白菊の顔を交互に見比べている。その直後、こちらも二人のことを、ようやく思い出していた。


「あー! 少し前に、入会のお声掛けをしたことがありますね! そうですか! これは、これは……!」


 と、この再会に過度な感激をしている。ただ、一方の白菊はこれ以上の直接的な会話を控えるため、一歩下がりながら口を閉じていた。


 エイミーと違って、相手は普通の人間だからだ。だが、中川の方は白菊の事情など当然知る由もない。そのため、最初に反応してくれた少女のことを中心にして、今後の話を進めようとしていた。


「まさか、こんなご縁があるとは。ここでの立ち話もなんです。どうぞ、中へとお入りになってください」


 と、まずは白菊の方から誘導しようとしている。だが、当人の反応はやはり鈍く、その場から動き出しそうな気配も全くなかった。


 一方の中川は少女のこの沈黙を前にして、小さく戸惑っている。すると、ここで一琉がすかさず間へと割って入っていた。


 無論、いつものように白菊の代弁者となり、この場での会話を主導するためだ。ただ、先程からの疑問がまだ喉の奥に引っ掛かっていたため、まずはその件から尋ねることにしていた。


「あの……その前に、一ついいですか?」

「……なんでしょう?」

「そこにあるものが……さっきから、ずっと気になってるんですが。なんで、そんなものを……?」


 と、相手の背中にあるアサルトライフルを恐る恐る指差している。すると、中川もすぐに客観的な視点に立ち、そのまま淡々と答えていた。

「ああ、これですか? いかつい見た目ですが……モデルガンですよ」


 ただ、質問の本質から外れたこの返答に、一方の一琉は小さく戸惑っている。

「いや、それは充分に分かってますけど……」

 すると、中川が肩を竦めながら、ようやく事情を語り始めていた。


「実は、私……この団体の自衛も担当していまして。これの所持は、一種の示威じい行為といいますか……」

「示威行為?」

 と、一琉がオウム返しをしていると、相手が小さく頷く。


「ええ。うちのような団体……最近はその数や規模が大きくなってきたからか、外部からの目が厳しくなっていまして。行政の方は、まだ理性的なんですが……近頃は、僕達のことを激しく敵視する勢力なんかも出て来てるんですよ」


 この初耳の情報に——

『——!』

 一琉達が再び三者三様の反応をしている。それを確認してから、中川は背中のモデルガンへとおもむろに手を回していた。


「場合によっては、彼らに暴力的な手段を取られることもありまして。ですから、こうやって自衛の方策を準備しているんです」

「自衛の方策……ですか」


 と、一琉が再び相手の言葉を繰り返しながら、そこで思わず懐疑的な視線を向けている。その主な理由は、やはりあの銃器イミテーションにあった。


 相手方の事情はおおよそ理解したが、このような玩具による威嚇では、その効果が疑わしい。さすがに、子供だましではなかろうか。そんな風に感じていたのだが、一方の中川はそれには全く気づいていない様子だ。そこで改めてモデルガンに意識を移すと、何やら興奮しながら語り始めていた。


「ええ。私もこの機会に、初めてこういった物を手にしたんですが……こいつ、凄いんですよ。本物のように、フルオート射撃ができたりして——」


 ただ、その言葉の途中で——

「——中川……!」

 と、いきなり苛立いらだった呼び声が響く。


 それに反応して——

『——⁉』

 呼ばれた本人だけでなく、その場の全員が一斉に同じ方へと視線を向けていた。


 すると、傍の建物内から、三十代後半ぐらいの男性がゆっくりと進み出て来る。眼光が鋭く、その表情からは感情がほとんど読み取れない人物だった。


 その男性は一同の目の前で立ち止まると、不機嫌そうな視線を人事担当者に向ける。次いで、冷めた口調で短い指示を出していた。


「……何をやっている? 雑事は早く済ませて、上の会議室の方に来い。幹部会に間に合わなくなるぞ」

「すいません! すぐに伺います……!」


 と、中川が条件反射のように頭を下げている。その反面、眼光の鋭い人物は満足した様子で小さく頷くと、すぐに踵の方を返していた。

「……早く来い。今日はこのあと……例の件が控えているのだからな」


 それだけ言い残して、施設の中へと戻って行く。その直後から、周囲には静寂の方もすぐに戻って来ていた。


 ただ、一琉達の間では気まずい空気も漂っているようだ。すると、それを確認した中川がこの状況を嫌い、慌てて三人へと向き直りながら口を開いていた。


「お見苦しい所を、お見せしました。あれが……うちの代表の、波松耕一郎はまつこういちろうです。以後、お見知り置きを……」


 そんな風に一応の紹介をしているが、一琉達はやはり反応に困っている。そのため、中川がやや強引にでも話を進めようとしていた。


「……とにかく、まずは休憩所の方からご案内します。そこで荷物を置いてもらったら、そのまま作業手順や注意事項などをお伝えします。そのあと、すぐに仕事場の方へとご案内しますので……」


「あ、はい……」

 と、一琉が代表して、それに応えている。すると、その直後に大柄な男性がふと何かを思い出していた。


「あ……それと、もう一つ。実際に作業をする際は、この三名で班を作ってもらうことになります。他に来ておられる方々は、もうその範囲で別個に班を組んでしまっていますので。それで構わなかったですか?」


 ただ、この最後の確認に、一琉が大いに慌てる。

「え⁉ この面子……⁉」

 と、エイミーの方を意識しながら拒絶反応を示していたが、ここで当の彼女が勝手に承諾をしてしまっていた。


「構いません。あたし、この子達の保護者みたいなもんなので」

『⁉』


 その発言に一琉と白菊が鋭い視線を向けているが、エイミーはそれを完全に無視している。また、中川にとっても、これ以上の時間のロスは好ましくない様子だ。二人のその反応に関しては、敢えて見ないようにしていた。


「分かりました。では、そういうことで、よろしくお願いします」


 そこで会話の方も打ち切ると、あとは無言で三人を建物の奥へと誘導している。そんな一連の流れに、一琉と白菊はまだ納得ができていない様子だ。だが、エイミーはやはり何も気にしておらず、二人のことをそのまま先導しようとしていた。


「じゃ……行こうか、諸君」

「……いったい、いつから私達の保護者になったんですか?」


 と、白菊がさらに厳しい視線を向けていると、そこでエイミーが何やら不敵な笑みを浮かべる。次いで、すぐに中川の方へ視線を移すと、あとは無言でその背を追い掛けていた。


 そのため、少女の方も、やむを得ずそれに続いている。そんな中、最後に残った一琉は、先頭を進む男性の背中へと何気ない視線を送っていた。


 次いで、重い足取りではあったものの、ようやくその場から動き出す。ただ、それと同時に、何やら投げやりな口調で小さく呟いていた。


「……幸先さいさきの方が多分に良くないけど……まぁ、自分が死んでないだけマシか? あの銃器の暴発とかで……」



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