17
すると里砂は、長く細い息を吐いた。俺は、その呼気があまりに彼女の深い所から吐き出されている気がして、一瞬びくりと身をすくませた。里砂は、そんな俺を見て、呆れたみたいに少しだけ笑った。
「嘘は、ついちゃだめ。」
「嘘じゃないよ。」
嘘なんかじゃ、ない。里砂ならば、と、本気でそう思ったのだ。けれど里砂は、笑みを収めて、真面目な目でじっと俺を見つめて、さらに言葉を重ねた。
「できもしないことを言うなんて、あんたらしくないよ。」
「できもしないって、なんで分かるの?」
俺はそうやって食い下がった。里砂を失いたくなかった。里砂ならば、とも思っていた。それなのに、当の里砂がそれをはっきりと否定する。
「分かるよ。ずっと見てきたんだもん。」
その台詞は、俺と里砂だから重かった。
ずっとって、いつから? 俺たちは、あんなにずっと一緒にいたのに。
「あんたのこと、ずっと見てきた。だから分かるよ。あんた、私のこと抱ける?」
里砂が滑らかに口にした言葉に、俺は返事に窮した。これまで一度も、里砂を性の対象としてとらえたことはなかった。正確には、里砂を、ではなく、女性を、だ。俺はなんとか気持ちを落ち着けようとコーヒーを啜り、自分でもほとんど負け惜しみだと分かっている言い分を、それでも必死で口にした。
「セックスが全てだなんて、思わないよ。」
里砂が、肩をすくめて軽く笑う。俺の負け惜しみを、それと分かって取り合ってくれる彼女は、やっぱり優しいと思った。
「そうね。全てじゃない。でも、一部だとしても、私はあんたを独占はできないってこと。」
性まで独占したい。それが恋だと思う。
里砂ははっきりそう言い切った。俺はそれ以上返す言葉を見つけられず、今度は負け惜しみさえ言えずに黙り込んだ。これまで、決して振り向いてはくれない男たちの、性だけでも独占したいともがいてきた俺は。
彼のことを思い出した。今ここにいる里砂に対して不誠実だと思いながらも、彼のセックスを思い出した。俺には、性すら独占させてくれない男の。里砂は、多分そのことすら分かっていた。だから、悲しそうな白い頬に笑みを刷いたのだ。
「……次の雨の夜、ここにいてあげましょうか?」
里砂が、俺を好きだなんて言ったことは全部幻だったみたいに、いつもの彼女の飄々とした口調で言った。
「そうしたら多分、あんたが好きなあの男は、なにもしないで帰るし、二度とここには来ない。」
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