第一話 混交街

朝。カーテンの隙間から暖かな日が差し込み、電線に止まった鳥たちが続々と鳴き始める。

可愛いすずめの小さな合唱を全妨害する目覚まし時計の電子音で目が覚め、男は夏用の薄っぺらい布団の上から身を起こす。


「くぁ………、ねみぃ……」


自分では止まることのない目覚まし時計を止めて、男は体を伸ばしながらあくびを一つして三階の自室にあるベランダの窓を全開にする。

夏とはいえまだ初夏の部類に入る気候で、風が心地よすぎるほどに涼しい。

男はそよ風に浮かれながら窓から自分の住む街の風景を見ていることにした。


混交街まざりがい

人魔神霊が住まう街と呼ばれ、大通りを中心に広がる全部で六つのエリアで構成された街。

一番通りから六番通りで構成されるこの街には日々多種多様な物事が絶えない。

そのごたごたを解決する混交街治安局の他にもう一つ、人々の依頼を請け負う調査所というところがある。

男、内野梓希うちのあずきは四番通りの片隅にあるこの場所を家兼調査所としてここに住む奴らと仕事をしている。

最近では『街で一番の調査所』なんて言われているみたいだが、梓希はそんな評価に興味は無かった。

梓希としてはただ、自身が決めたこの調査所のをなんだかんだでできたらいいくらいの感覚である。


梓希は頭の中を空っぽにして外の風景を眺めていた。


「まぁ〜〜じでこの時間平和……」


その後もしばらくタバコを吸いながら頬杖をついて外の景色を眺めていると、横開きの扉が勢いよく開いて壁にぶつかる音がした。

後ろを振り返ると


梓希あずきさん!朝ッスよ〜!って起きてる?!」

「んだよ、しめす寝てていいんだったら二度寝始めるぞ?」 


赤混じりの黒髪と左目に眼帯をした青年――――奥原示おくはらしめすを梓希が揶揄からかいながらもう一度布団に寝転がろうとしてしゃがみかけると、示は慌てて俺の腕を掴んで起こした。


「だー!ダメッスよ!梓希さん寝たらしばらく起きないじゃないッスか!今日の飯当番オレじゃなくて梓希さんなんだからさっさと起きてくださいよ!タバコも消して!」

「へいへい」


結局梓希は示に連れられて二階のキッチンで朝食を作ることとなった。




朝食として梓希がベーコンエッグとトースト付け合わせのサラダを作っていると、パタパタと階段を駆け上がる音が聞こえてきた。

その三秒後、薄手の長袖ジャージを来て短パンにロングスパッツを履いた短髪の女子――楽映たのしうつらがダイニングに入ってきた。


「あふひぃ、ひふぇふ、ふぁまいま(梓希、示、ただいま)」


映は何か食べ物を口に含みながら梓希と示に話しかけてくる。


「……すまん、何言ってるか全くわからん」


何を言っているのか全く聞き取れず、首を傾げながら続けて「おかえり」と言うと


「むん、ふぁだいま(うん、ただいま)」


と、映は元気よく答えた。

対応に困り苦笑いをする梓希だが、ふと朝食前に何を買ってきたのかが気になりうつらが食べているものを飲み込んだのを見計らって質問をする。


「映、今日は何買食いしてきた?」

「おばちゃんとこの桃まんと角煮まん」

「よくお前それで普通に飯も食えるッスね……」

「うん、ラーメ二杯食べた後でも多分入ると思う」

「「うわぁ…………」」


梓希と示は映の驚異的な胃袋に知ってはいるものの若干引いていると、彼女はキッチンに入ってきてほとんど出来上がったベーコンエッグを見てから俺の方に視線を向ける。


「あ、もうご飯できてるじゃん」

「あ、おう。そうだ映、ヤコねえ呼んできて」

つたうは?」

「あいつは別件で出払ってるから居ないわ」

「りょ。んじゃ呼んでくるねー、ってうわ!」

「どうした――――ってヤコ姐?!」


梓希達の視線の先には、顔と胴体と下半身は人間で両腕はヤモリの手、腰からはヤモリの尻尾が生えた女性が立っていた。

半人半ヤモリの彼女―――巳酒みさけヤコはヤモリの右手で目をこするとはっきりしない声で「おはやう……」と呟いた。


「や、ヤコ姐?!」

「ヤコさんヤモリなってるよ!」

「うわグロっ!これ映像化したら絶対モザイクかかるやつッスよね?!」


驚愕の声を出す梓希と映や、何やらよくわからない発言をする示。

騒いでいることに気づいたのか、頭にはてなマークを浮かべながらヤコは自分の姿を確認するためにのそのそと洗面所へと向かっていった。

そしてすぐにヤモリだった部分を人に戻して爽やかな装いをしたヤコが洗面所から戻ってきた。


「おはようお主ら、いや〜びっくりしたのう久々にヤモリになりかけておったわ。ははは!」

「いや『ははは!』、じゃないッスよ……。やっぱグロいッスわヤコさんの部分ヤモリ……」

「何を言うか。妾のヤモリ姿も可愛いじゃろうが」

「いや部分的にヤモリなのは怖いッスよ!」


しめすの訴えも虚しくヤコは梓希あずきのいるキッチンへと向かって行った。


「梓希や、今日の供物は何かえ?」

「バナナだけど」

「ほほう!中々のチョイスじゃな、では早速いただくとするかの」

「ほらよ」


ヤコは梓希から渡されたバナナを受け取ると皮を剥いて食べようとする。



その時、軽快なインターホンの音が鳴った。








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