第27話
4
名古屋に戻った私は
北大で学問をしなかったこと、それによって動物学の分野に進まなかったこと、そういったこともときに頭をよぎった。しかしジャーナリズムの世界に操舵を切ったのは自分であるし、ここは根を詰めて編集の仕事を身につけようと思い始めていた。一般紙と違いスポーツ紙の編集はレイアウトが複雑でしかも本格的なカラー技術も必要だ。その煩雑な仕事を覚えていくのが少し楽しくなっていた。スポーツ総局内に多くの運動部経験者が集まっていることも私を楽しくさせていた。
また、少しずつ金を貯め、
そのあと、取っている日刊スポーツとスポニチを読み、早朝のニュース番組をテレビで見て自分の作った紙面の反省をして眠る。休日はふんだんにあるので読書時間も確保できた。北大柔道部の四年間で火照っていた身体と心が少しずつ静まり、腰や足首、手首などの痛みや膝のロッキングに柔道をやっていた記憶が重なるくらいで、私は日常生活に戻ろうとしていた。右大胸筋の肉離れには相変わらず苦しめられ、最終版の忙しいときには痛みでペンが動かなくなってしまうこともあったが、テーピングとアイシングでしのいでいた。
新しい『北大柔道』は繰り返し読んだ。岩井監督や佐々木コーチの言葉、現役部員たちの声、繰り返し読んだ。しかしもっとも数多く捲ったのは、主将だった吉田寛裕が寄稿した『大陸制覇』という長文であった。四百字詰原稿用紙換算で五十枚くらいあろうというその長大な文章には、長さだけではなく密度も濃く同期や後輩たちのことがびっしりと感謝をこめて綴られていた。なにより最後の締めが北大柔道部に学生生活すべてを捧げた吉田らしい言葉で、その部分を読むたびに私は泣き、身体は
これほど美しい文章の終わり方を、私は小説や詩、世界のあらゆる名作といわれる作品にも見たことがなかった。吉田はまさに北大柔道部と完全に一体化しており、彼の存在そのものが、彼を知る私たち近々の先輩のすべての理想を具現化したものだった。
吉田の書いた『大陸制覇』という長文の最後は、まるで夜、北大柔道場の天窓に瞬く北海道の星々のような美しい光を放っていた。
《恐らく歴代の先輩方もそうであったように、俺達の代も純粋に強くなろうと入部した柔道部ではあるが、周囲で恋にバイトにバイクに自由にはしゃぎ回る友人に劣等感を感じたり、留年したり、家族に不幸が起こったり、就職活動をしなければならなかったりと様々なことが起こり、最後には、初めの純粋で希望に満ち溢れた志しを
了
七帝柔道記Ⅲ 友たれ永く友たれ 増田俊也/小説 野性時代 @yasei-jidai
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