【守田】16 友情インプット完了

「マジか。言っちゃうんだ」


 突然の守田から千秋への愛の告白に、勇次ですら驚いていた。


「うちも、好きだよ」


 勇次は目を見開いて頭をかく。せっかくの状況なのに、勇次の顔を見ていたせいで、千秋がどんな表情で、さっきの台詞を言ってくれたのか守田は見逃してしまった。


「先に着替えて正解だったな」


 その勇次のつぶやきには、一人で田宮をボコりに行く覚悟が見えた。

 やめろ。そんなつもりで告白をしたわけではないのだ。

 むしろお前も、あずきに告白してこいと思って背中を押したつもりだったのだが。バカだから、そんなのわからないのか。

 だいたい、千秋の好きがラブなのかライクなのかもわかってはいないのだ。いままでの経験上、弟みたいに可愛いってやつだと思って、守田は過度な期待をまだしていなかった。


「やったな。先輩も同じ気持ちだったんなら、眠る少女のみんなも集めて、昔みたいに遊びましょう。俺が幹事をしますから」


「みんなで?」


 一対一のほうが良かったみたいな反応に、過度な期待をしそうになる。

 でも、まだ守田は自惚れない。

 きっと、眠る少女のみんなと集まるのが、いやなだけとかだ。色々とあったのは、同じクラスの宮内浩が漏らした言葉から想像がついている。

 あれこれと考えるのもいやになって、喫茶店の制服を手にとる。守田も奥で着替えなければならないのだ。


「あ、そうだ。山崎先輩。オレのくそ汚い服っすけど、着替えしたところにあったカゴに入れてきたんすけど、よかったんですかね?」


「うん、それでいいよ。守田くんもカゴの中に入れておいてくれたら、クリーニングにまわしとくからね」


「了解です」


 早く着替えたくて、守田は歩きながらベルトを外していく。あれほど守田は勇次に注意したのに、逆の立場になった勇次からは、なにも言われなかった。

 着替えスペースとして設けられた店内の角までやって来ると、はりつけていた笑顔が崩れ、泣きそうになる。


「ちょっと、どこに行くつもり、中谷くん?」


 千秋の声が聞こえて、守田は自らの頬を叩く。

 愛だの恋だのとは、後回しだ。

 いまは友情を優先させる。

 あのバカを一人でいかす訳にはいかない。


「待ってよ。予想以上に似合ってる中谷くんのバイト戦士姿の写真とらせてくれない?」


「いや、お願いっていうより強制じゃないっすか。出入口を塞がれてるし」


 守田の位置からでは状況が見えないが、千秋が先輩らしく空気を読んでくれているようだ。

 急いで着替えねば。ズボンを脱ぐ。靴にズボンが引っかかる。

 気持ちが焦りすぎている。まずは、靴から脱げ。


「はい、撮影完了。いいね。従業員って感じ出てる。そういや、中谷くんがバイトはじめた理由ってなんなの?」


「それを話したら、そこからどいてくれます?」


「うん。どくからさ、指の骨をポキポキ鳴らすのはやめてもらえる?」


「ああ。すみません。癖でして」


「こわいよ、さすがに」


 あずきにも全く同じ理由で注意を受けていたことがあるのに、成長しない男だ。などと考えている守田は、好きな人の家でパンツ一丁の姿だった。


「実は、守田の野郎は勘違いしてるみたいなんすけど、本当はまとまった金で買いたいものがあったんすよ」


「なになに? もしかして、深夜アニメのDVDとか?」


「いや、ちがいますけど――先輩、口かたいっすか?」


「そうね。ネタバレをせずにアニメをオススメできる程度には口がかたいわ」


 その時点で、守田の妹の澄乃よりも口がかたいというのは間違いない。澄乃は知っている作品だったら、誰が死ぬとかすぐに教えてくるのだ。


「小声でいいっすか。着替えてたところからでも話し声がけっこう聞こえてたんで」


 ヒソヒソ声になられて、勇次の声も千秋の声も聞こえなくなった。いまだけは着替えに集中して、急いで仕事着に袖を通す。


「はー、思いきった買い物だね。そうだ、あずきちゃんにバイト戦士の画像を送っておくけど、メッセージはある?」


「んー。あー、とくには。てか、なんであずきに?」


「とくには? 二人だけの暗号かな。バイトして、そんなの買っておいて」


「いや、なんであれとあずきが繋がるんすか?」


 シャツのボタンを締めた守田は、戦闘服を身にまとって勇次らの元に歩いていく。


「なにを楽しそうに話してるんですか?」


「あー、守田くん。ちょっときいて、きいてー。中谷くんがバイトして買ったものがあるんだけどね」


「先輩、わかりやすいほど口が軽いじゃないっすか。そんなんだと先輩がUMA見たって証言しても疑うかもしんないっすよ」


 そもそもUMAの目撃情報なんて、疑ってかかるものだと思うけれど。前提からしてズレているのは勇次らしい。


「中谷くんは純粋だね。女は嘘つきなんだよ」


 女の大半は嘘つきだとしても、千秋の口がかたいのは嘘ではないのを守田は知っている。

 卒業までに、影の部分を守田に語ってくれなかったぐらいには、秘密を安売りしない女性だ。


「あ、ほら。タイが曲がってるよ」


 守田の店の制服にはタイなどついていないので、千秋が小声で話すために近づいてきただけだと、すぐに守田は察した。


「足止めしといたよ。中谷くんが、危うく見えたからね」


「さすが。嘘つくじゃないですか」


「君も危うそうに見えるよ」


「だから、詳しい事情をきかずに受け入れてくれたんですか?」


「そのつもりだった。でも、やっぱ限界だよ。なにがあったの? 中谷くんの秘密をもらさないぐらいには、うちは口が堅いんだよ?」


 もしも言葉を引き出すのに時間がかかるならば、話してくれるまでは待っているよ。そんな千秋の態度に、守田の胸が傷んだ。いまは、悠長な時間などないのだ。

 勇次が先にクリーニング屋から出ていった。

 でも、無言で追いかけることも出来ない。


「この服を汚すことになると思うんですよ。俺の親に内緒でクリーニングって頼めます?」


「べつにいいよ。それで?」


 もっと話してほしい。力になりたい。

 前髪で隠れている千秋の眉毛の形が、見えなくても補完される。困ったように曲がっていて、守田を心配してくれているのだろう。

 本当は頼りたい。

 けど、やめてください。

 帰ってくるところは、平和な場所がいいので、巻き込めないんだ。


「わかった。言えないことなんだね。でも、これだけは覚えておいて。守田くんが、どんなに汚れても真っ白にしてあげるから。安心していいんだよ」


 それは、服のことですか?

 問いかけて飲み込んだのは、答えをもらうのをおそれたせいだ。

 勇次と守田の距離が開くような真似はすべきではない。

 それは、返答を待つ時間で、物理的な距離が勇次と開くというだけではない。

 守田にとって都合のいい答えが千秋から返ってきたら、精神的な面においても、勇次とは溝ができてしまう。

 いまからやるべきことは、男の美学がつまった戦いなのだ。


「いってきます」


 見送りの言葉を待つことなく、守田はクリーニング屋から飛び出した。

 電源の切られた出入り口の自動ドアを手動でしめると、守田はすぐに走り出す。


「おい、そんなに慌ててどこ行くんだよ?」


 声をかけられた守田は、足を止めて振り返る。

 勇次は街灯が照らす駐車場の車止めに座って、安全靴の紐を結び直している。


「なんだよ、走り出したい気分なのか? テンション上がりまくりだな」


「なんの話だよ、それ」


「そういうのに、うといオレでもわかる。好きどうしだってわかったら、チュウするもんだろ? 実際に顔を近づけてたわけだしよ」


「まさか、気を利かして先に外に出てたのか。紛らわしいな、こんちくしょう」


 そうと知っていれば、もう少しだけ好きな人と話し込んでいたのに。

 でも、これで良かったのかもしれない。

 もう少し、もう少しと楽になれる方に身を任せるのは、二度寝する感覚に似ている。二度寝して学校に遅刻するのをなんとも思っていない守田では、キッカケがなければこのままクリーニング屋に長居していただろう。


「作戦を発表するぞ。お前の案を採用だ。目標は車椅子の田宮をさらうことだ。細かいことは俺がやるから、お前は適宜、暴れろ」


「あいよ。それよか、口だけじゃなく、ほっぺたにもチュウされたんだろ。赤くなってるぞ」


 なんのことだと思って守田は考えると、心当たりがあった。

 腐れ縁として、勇次をどうにかしてやらないとという思いから、自らを鼓舞した時の痛みが、頬の赤さとして残っていたのだろう。

 友情を身体に再インプットするために叩いたのが原因の赤さだが、黙っておく。 愛情よりも友情を優先させたなんて、愛の告白よりも照れくさい。


「よーし、オレもこれから楽しむぞ」


 誰にも制御できない男が、指の骨をポキポキと鳴らした。

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