橘始黄
月の色が昇った位置によって異なって見えるというのは、人の姿を取って見聞するまで知らないことだった。光や音の波長については、まだ勉強中なこともあって難しいが、どうやらそれが月の色にも関係しているらしい。人間は色んなことを知っているものだなぁと、その時しみじみ思ったものだ。
時刻は十七時の半ばを過ぎ、十八時へと移行しているが、夜が来てすっかり真っ暗だ。夜とはこんなにも暗いものだったかと、不思議な気持ちになってくる。寒さが染み入ってくるのも含めて、冬の夜は、他の季節とは違うように思われる。
「あー、寒い寒い。けど星が綺麗だ」
「そうね、星と月、どっちも綺麗。十二月って木に光る飾りが付けられるけど、空を見上げないと勿体ないわ」
先を歩く女性の姿をした二人も、同じことを考えているようだった。ニシキさんとアメリさんは、色味の違う茶髪をそれぞれ揺らし、冬の道を歩いている。ニシキさんの赤いマフラーとインバネスコートは、冬場になってから頻繁に見かけるけれど、アメリさんのダッフルコート姿はあまり見られない。紫のマフラーにベージュのコートを着たアメリさんは、お洒落なお嬢さんといった感じだ。
「あら、アズサ、どうして一人で後ろにいるの。せっかく三人で歩いているんだから、間に入りなさい、間に」
「なんか、そういうことすると殺されるって言説ありませんでしたっけ。なんとかの間に入ると、って」
「何それ。私たちの間に入るだけで殺されるなんて、とばっちりにもほどがあり過ぎるわよ。安心なさい、アズサ。そんな奴、私が逆に痛い目に遭わせ返してやるんだから」
得意げな顔をしたアメリさんの言葉に、偽りは一切ない。アメリさんは由緒ある魔女の家系に受け継がれてきた宝石が人の姿を取っているので、言わば強力な魔法使いなのだ。本人も強いけれど、誰かに使ってもらうことで、よりその強さを発揮できる。
「私たちの話に入らないで、一人で冬の景色に浸っていたんじゃないのかい、梓くん」
「それもあります。アメリさんの言う通り、月も星も綺麗でしたので。月に至っては、柑橘の類みたいに金色ですし」
「そうだねぇ。私も柚子の風味がついた何かしらを食べたいと思っていたところだ。蕎麦屋にあるかな。あるな、絶対ある」
「本当にあるの?」
「あるだろ、天麩羅だってあるんだし」
天麩羅が柚子の風味を持つ何かしらの存在証明になるのかは分からないけれど、現世に一番詳しいのはニシキさんだから、ニシキさんがあると言うならあるのだろう。
今夜のご飯は、ニシキさんの提案によって蕎麦となった。現世にわざわざ食べに行くというのは、折節の里の住民としてみると珍しいけれど、ニシキさんが現世でご飯を食べるのは珍しくない。
十二月になると、現世はクリスマスなる行事に向けて盛り上がりを見せるのだが、異教の祭事とあって折節の里には定着していない。十日夜とか酉の市とか、そういう行事ならあった。次は
「現世と季節が重なって、これから、折節の里でも雪が多くなっていくねぇ。暦もちょうどそのくらいだし」
「雪掻きしに行かないといけませんね」
折節の里は冬の村々に雪が降ると、別の季節の村に住んでいる者たちが、雪掻きを手伝いに行く。中には家から出られないほどの積雪に困らされる住民もいるので、助けに行くと言い換えてもいいほどだ。
「ああ、そういえばそんな季節でもあるわね。またお手伝いに行かないと」
「雪掻きと言えば。きみときたら道具を使わないで、一気に雪を吹っ飛ばそうとか言い出すんだから、どうしたものかと思ったものだよ」
「あ、あれはまだ、里に来たばかりだった頃じゃない。蒸し返さないでよ」
「姉さん、頑張って身の丈よりも大きな雪の塊を運び出そうとして、危ないって言われてましたもんね」
「アズサまで! もう、蒸し返さないでってば!」
蒸し返すも何も、忘れられない衝撃の光景だったので許してほしい。あの時のアメリさんは本当に危なっかしかった。いつ雪に埋もれるか分かったものじゃなかったし。いつもは自分がアメリさんを姉さんと呼ぶ側だけど、あの時は確実に、自分の方が兄だったと思う。
「でも、姉さんは人一倍頑張っていましたから、自分も頑張らなければと励まされました」
「あらそう? ふふ、それなら今年も励ましてあげるわ」
「ありがとうございます、姉さん」
「きみたち、仲がいいのは結構なことだが、なんか扱いが手慣れてきたね、お互いに」
「なーんか嫌な感じの言い方ね。私とアズサは前々から仲良しよ」
頬を膨らませる姉さんに同調して、自分も頷いておく。そうするとニシキさんは呆れたような顔をするのだが、何となく楽しそうにもするのだ。自分も何となく楽しい。アメリさんもたぶん、楽しいと思っている。
「そうかいそうかい。それなら良いことだ。仲良きことは美しきことかな」
歌うように言って、ニシキさんは軽やかな足取りで一歩先を行く。アメリさんが続いて、腕を掴まれていた自分もつられて。
ああ、たぶん。こういう風にして、一年がまた終わっていくのだろうと、しみじみとした気分になってしまった。
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