秋分
雷乃収声
天候が安定し、涼しさで動きやすくなったことで、現世の人々は行楽に出ている。本日やって来た埼玉某所も、多くの人で賑わっていた。彼岸花が作る赤い絨毯を目当てにやって来たのだ。
彼岸花を見たいと言い出したのは姉さんことアメリさんで、この場所を提示したのはニシキさん。ニシキさん曰く、折節の里の彼岸花も見事なものだが、現世で見た方が「ガチっぽさ」が薄くていいのだとか。ガチというのは本気だとか本当という意味らしいが、一体何がガチなのですかと訊いたら、異界に繋がりそうな雰囲気の有り様がとのことだった。
「だってきみ、彼岸をその名に冠した花だよ? 現世ならまだしも、常世に咲いていたら侮っちゃいけない。あれは境目に咲くんだ、別のどこかに繋がりかねない」
秋の夕暮れを写し取ったような、橙色の着物に桔梗色の袴風スカートを組み合わせたニシキさんは、大真面目にそう言った。足元はまだ赤い鼻緒が目を引く草履なので、彼岸花の近くに行くと溶け込んでしまいそうに見える。
いつも通り
「ちょっと二人とも。アメリだけ先に行かせて話し込むなんて、何か企んでいるの?」
立ち止まって話をしていたら、すっかり先に行ってしまっていたアメリさんが戻ってきた。頭に浮いている謎の輪っかは、秋は濃い紫のベレー帽になっている。そこに連なる菱形は、缶バッチよろしく側面に付いている。
白くふんわりしたブラウスに、深い茶色のショートパンツ。足は剥き出しではなくストッキングに包まれており、これまた紫のハイカットスニーカーに収まっている。アメリさんは基本的にこの格好で、寒ければまたも紫の上着を羽織っている。まだ寒すぎはしないから、羽織っているのは薄紫……ラベンダー色のカーディガンだ。
「何も企んでいませんよ、姉さん。どうして折節の里ではなく、現世の彼岸花を見に来たのか、ニシキさんに質問していたんです」
「あら、そうなの」
「きみは梓くんの言葉ならすぐに信じるねぇ」
「だってアズサは嘘をつかないもの。ニシキもあんまり嘘をついたりしないけど、隠し事はするじゃない」
「確かに隠し事はする。けど、きみたちに不利益な隠し事はしないさ。するならサプライズの時に限る」
ふふん、と胸を張るニシキさんに、アメリさんは「それもそうね」と肩を竦めた。女性姿のニシキさんよりもずっと長く、明るいながらも落ち着いたクリーム色の髪も、一緒に揺れていた。
戻ってきたアメリさんも加えて、三人で道を歩く。アメリさんはもう見てしまった景色だけれど、「他の誰かと見るなら別物になるの」と、楽しそうに彼岸花の絨毯を眺めていた。
「ねえ、ニシキ。彼岸花の花言葉は、『また会うのを楽しみに』とか、『再会』とかなのよね?」
「うん。だけど色ごとに違うんじゃなかったっけ。『また会うのを楽しみに』は、白い彼岸花の花言葉だった気がする」
「え、そうなの。でも白い彼岸花もあったから、問題ないわね」
「何だい、もうお別れの気持ちでいるのかい? そりゃあきみを譲り受けたいっていう彼は、順調に試験をこなしているけれど、まだお別れには早いと思うな」
髪や服の布を軽やかに靡かせながら、ニシキさんとアメリさんは寂しい会話をしている。寂しい内容が聞こえてくるのに、不思議と湿っぽさは無い。二人の付き合いは長いからだろう。
「そうね。でも、アメリにとってあなたのところは中継ぎの場所。ずっといることはできない場所だもの。アメリは、アメリを望む誰かがいるなら、そこへ行かずにはいられないから」
「分かっているさ、きみの宿命だからね」
「ええ、宿命。それなのに、うっかり忘れてしまいそうになるから、定期的に思い出しておきたいの」
「ほーん。それだけ今が楽しいってことじゃない? ねえ梓くん」
「そうですね。自分の目から見ても、姉さんは楽しそうに過ごしていると思います」
彼岸花からアメリさんへ視線を戻すと、微笑んだ顔と目が合う。アメジストと同じ深い色合いを映す目は、覗き込めば込むほど神秘的だ。
「当たり前じゃない。ニシキといるのも楽しいけど、今はあなたも加わったもの」
「光栄です、姉さん」
「ふふふ。光栄って言葉を使うには響きが軽すぎるけど、あなたは噓をつかないものね」
「大丈夫かい梓くん。言わされてるだけじゃない?」
「まあ、嫉妬なんてみっともないわよニシキ」
「そうですよ、大人げないですよニシキさん」
「きみたちの方が可愛げが無いじゃないか。なんだい二人して結託して。そんなところまで姉弟っぽくならなくていいよ」
アメリさんに乗っかると、ニシキさんは必ず拗ねる。けれど、拗ねるふりだけだ。だから自分もアメリさんも、こんな風にいじることができる。
アメリさんは自分の宿命を忘れないよう彼岸花を見に来たというけれど、それ以上に、自分たちと過ごす時間を大切にしてくれているのだと思う。いつかお別れの時が来ても、アメリさんと楽しい時間を思い出せば、きっと寂しくない。
境目に咲くという彼岸花の赤も、妖しい雰囲気に満ちているけれど、その鮮明さは記憶が積み重なってもすぐ分かる。赤い栞を引っ張り出すように、今日のことを思い出す時が来るのだろう。その時は、ニシキさんと一緒に、温かいお茶でも飲んでいるのだろう。アメリさんは元気にしているだろうかと話して、彼女のことだから大丈夫だと笑うのだ。そうやって笑ったことも、アメリさんに話す日を待ちながら。
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