黒き魔物の花嫁探し

かなぶん

黒き魔物の花嫁探し

 この学園には大書庫と呼ばれる場所がある。

 学生問わず貸し出し自由な書籍から、限られた者にしか入れない最奥で厳重に封印が施された魔道書まで、あらゆる書物が収められている学園随一の知識の宝庫。――と言っても、後半の魔道書に関しては厳重に管理された立ち入り禁止区域があるためにできた創作話とも言われているため、真偽の程は定かではないが。

 それでもまあまあ扱いの難しい場所であることは確かで、一年に一度の書物整理の時は、大書庫関連の人員以外にも必ず決まって警備要員として生徒が選抜される。

 学園に在籍するシャウラも、今年の警備要員に任命されてしまった一人だった。

 とはいえ、一介の生徒に求められる警備内容はそこまで複雑なものではない。見返りとして与えられる報酬も、学園生にとっては魅力的なモノばかりとくれば、やる気はさておいても、拒む方がどうかしている。

 そんなこんなで、警備要員護身用の長物を抱えつつ、大書庫の外回り廊下をダラダラ歩いていたシャウラは、次の見回り先である部屋の手前で不意に立ち止まった。

(今何か……外にいた?)

 曇天の空の下、いつもより濃い影に象られた木々へ目を細める。

(見間違いかな? なんか黒いのが見えた気がしたけど……ランプの影かも)

 窓の反射越し、見慣れた制服姿の少女の上で灯るランプを見る。陽の在る内はあまり気にならないが、日中でもこう暗いと中の炎の揺らめきがよく分かった。

 知らない内に神経質になっていたのかもしれない。

 警備要員を受けた時は、そこまで気負うほどのものだとは思っていなかったのに。

 いつの間にか空気に飲まれ、真面目くさった顔になっている自分に笑う。

「さ、気を取り直して、次、次」

 自分なりに役目を全うするつもりはあるが、あくまで自分なり。それ以上は自分も含めて誰も求めていないのだと、気楽な気持ちで部屋に入る――と。

「!」

 大書庫の整理が始まってから終わるまで、一般開放されている部屋であっても、立ち入り禁止となっているそこに、いないはずの人影がいた。

 シャウラの手が咄嗟にブローチ型の通信機に伸びかけ、止まった。

 その姿が、この部屋にいるのはおかしいが、今の大書庫にいること自体には何の問題もない相手だと知って。

(……でも、何してんだろ? 本を読むわけでもなく、窓の外なんか見て)

 驚かされた分、疑問は増してあるが、とりあえずわざとらしい咳払いをする。

「こほん」

「おや? 警備の子かね」

「どうもテルテ先生」

 振り返ったのは紛れもなく風紀委員顧問の教師だ。好々爺然とした佇まいだが、怒らせると怖いという話は度々耳にしている。通常であれば愛想笑いでもして通り過ぎたい相手ではある。

 だが、本来であれば大書庫の整理こそを担当しているはずの人物、それも風紀を取り締まる顧問がこんなところにいるとなれば、警備要員である以上、理由を尋ねないわけにはいかなかった。場合によっては、上に報告する必要もあるだろう。

 「確か先生は奥の担当でしたよね? こんなところで何を?」

 直球で尋ねれば、ふっと笑ったテルテが再び窓を見る。

「寒い寒いと思っていれば、ほら、雪ですよ」

 確かにテルテの言うとおり、窓には白いモノがちらついている。

「いや、雪ですよ、じゃないんですよ。風紀委員の顧問ともあろう先生が、こんなところで何してるんですかって聞いてるんです。もしかして……サボリですか?」

 まさかと思いながらも問えば、あからさまにテルテの肩が揺れた。

(ウソ、マジで?)

 風紀委員の顧問が率先して風紀を無視する姿にドン引くシャウラ。

 しかし、問い詰める間もなく異変を目にしては、護身用の長物を掴み直し、テルテへ向かって一直線に駆け出す。

 振りかぶりながら、

「先生! 足元に魔物が!」

「おっと」

 テルテが片足を上げた先には黒い塊があり、ソレが反応するよりも前にシャウラは長物――ブラシ部分のないデッキブラシ状の棒を振り下ろした。

「ギャ!?」

 手応え自体はないものの、床とブラシ部分の間に見事に挟まった魔物は、明らかにシャウラの一撃を受けた声を上げた。

「何ヲスル!」

(喋った!? 人語を解するってことはそこそこ上位種じゃなかったっけ?)

 その割に、黒い魔物はデッキブラシの棒の下でジタバタもがくのみ。

 魔物を見ること自体は初めてではないが、持っている知識と現状の違いに困惑すれば、テルテが探るような目を魔物に向けた。

「ふむ……。力はそこそこあるようだが、害意はなさそうだ」

「魔物なのに?」

「私たちが魔物と呼ぶモノの全てが人間を敵視している訳ではない、というのは、確か初等部の授業の初期も初期の範囲だった気が」

「なるほど、確かにそうですね」

 ちらっとテルテから覗いた指導者の厳しい視線。不穏なソレから逃げるように頷いたシャウラへ、再び柔和な表情となったテルテは言う。

「まあ、意思の疎通ができるなら問題はない。それでは警備の子、私はこれでも忙しいから後はよろしく頼んだよ」

「え?」

「心配ならそのブローチで警備担当のユーグ先生にも聞いてみるといい。彼も私と同じ意見だと思うがね」

「ちょ、ちょっと!? 置いてくんですか、テルテ先生!?」

 せめて魔物を拘束してからにして欲しい。

 そんな気持ちで叫んでみたモノの、生徒の悲痛な声にも耳を貸さないテルテは、逆に走る勢いで去って行ってしまった。

「風紀委員の顧問のくせに公共の施設で走るなんて……。ううん、というよりアレってもしかして……逃げられた?」

 結局何故そこにいるのかも明かさなかったテルテに、魔物を抑える力は緩めないながらも、シャウラは脱力した気分を味わう。



「あれ? シャウラ、今日一日中大書庫じゃなかった?」

「うん、まあ、色々あって」

「シャウラシャウラ、頭に何乗っけてんの?」

「うん、まあ、色々あって」

 これで何回目だろうか。

 知り合いに会う度に同じ返事を繰り返してたシャウラは、一人になったところでため息をついた。

「大丈夫か? ため息をつくと幸せが逃げると聞くぞ?」

「……大丈夫」

 誰のせいで、とか、どこで聞いたそんな話、だとか。

 他にも言いたいことは山ほどあるが、自分一人しかいない中、突然聞こえてきた真上からの声にシャウラはそれだけ答えると、声の方を向いた。

 そこいるのはチロリと舌を覗かせた、黒い垂れ耳の犬のぬいぐるみ。何も映さないはずの白いつぶらな瞳と目を合せたなら、先ほどの声がぬいぐるみからやってくる。

「疲れているのなら休むか? 我輩の身体には体重の概念はないが、乗っている感触はあるだろう。常と違うというのは思った以上に負担と聞くぞ?」

「……大丈夫」

「そうか? それなら良いのだが」

 他に聞く耳があればこの声をどう表現するのだろう。

 シャウラにとっては、非常に癪ではあるが、舞台俳優のように通る声に聞こえる。

 こんな、可愛いと不格好の中間みたいな見た目のくせに。

 評価としては間違いなく良いと言える言葉など吐きたくないため、何故と問われてこっちの方が聞きたい、と言いたくなる数時間前を思い返す。

 

 テルテに職務放棄され一人残されたシャウラは、捕らえた魔物を逃さないよう抑えつつ、警備担当のユーグと連絡を取る。が、ユーグの反応はテルテが言った通り、彼と同様のモノであり、それどころか「意思疎通ができるなら話を聞いてやれ」とまで言われる始末。押しつけられる面倒の気配に、腹いせからテルテの怪しい動きを伝えれば、少しの沈黙の後「彼には彼の事情がある。気にするな」とこちらにはなかった気遣いを見せつけてくる。その内に、向こうで何かトラブルが発生したらしく、焦るユーグの様子と共に連絡が途絶えたなら、シャウラだけで判断できることは限られていた。

 こうして、件の魔物と話す羽目になったシャウラは、魔物が自分の伴侶と見定めた人間に会いにきたことを知った。ついでに、相手を見つけられたならシャウラの前から姿を消すが、見つけられるまでは傍を離れないとまで宣言されてしまい、魔物の対処が専門外のシャウラとしては協力するしかなくなった。相手にとってはいい迷惑だが、世の理として、魔物が伴侶を見つけたところで相手が自分の意思で頷かない限り、種を越えた婚姻は成立しないのだから、まあさして問題はないだろう。

 斯くして、そのままでは目立つからとぬいぐるみの姿に変化させ、ついでに流暢な言葉にも変えさせた魔物は、高い位置からの視点を求めてシャウラの頭の上に陣取ることとなった訳である。――ちなみに、抱きかかえと肩は魔物自身から拒否された。曰く、年頃の乙女に抱かれながらの移動には抵抗があり、肩では何かの拍子にシャウラの「ほっぺにチューしてしまいそう」だから、らしい。


 長い黒髪の乙女――。

「せめて、もっとこう、はっきりした特徴とかないの?」

 一度休憩と座ったベンチにぬいぐるみを置き、白い目を真っ直ぐ見たなら、大きい頭がくたりと横に傾いた。

「そうは言われてもだな……目と耳が二つあって、鼻と口が一つずつ、お主のような女生徒が着る服を着ていて、それからそれから」

 人間で表わせば指でも折って数えるような仕草で、真剣に思い出そうとしている風体で、全く参考にならない特徴が挙がる。

「……もういい」

 制服以外は今のあんたも同じでしょ!――とつっこむ気力もないシャウラは、ベンチにだらしなく座っては天を仰いだ。

(長い黒髪……正直多いかと聞かれれば、そうでもないんだけど……)

 学園に在籍する生徒の容姿は多岐にわたる。シャウラが三つ編みにしている髪も長くはあるが明るめの茶色であり、瞳は緑だ。試しに、数少ない特徴として目の色を聞いてみたものの、返ってきた答えは「面積が狭すぎて憶えておらぬ」だった。

(どうしろってんのよ)

 思いつく限りの「黒髪の乙女」を訪ね、場当たり的にうろつき回って該当しそうな相手に、生徒教師来客問わず接近していたものの、魔物はどれも違うと言う。

 これ以上どこを回れば。いっそ学園の外まで足を伸ばすべきか。

 半ばノイローゼ気味にそんな発想まで及んだなら、唐突に魔物が叫んだ。

「おお、そうだ! 我が伴侶はアレに出て優勝していたぞ!」

「は!?」

 一気に姿勢を前に向け、ぬいぐるみの腕が差す先――イベントホールの舞台上を見る。そこには、年一回行われる美人コンテストの装飾が施されていた。

 今までで一番有力な情報に色めき立つシャウラ――だが。

「ん? 優勝?」

「ああ、優勝していた。さすがは我輩が見初めた伴侶だ」

 引っかかった点に疑問符を投げたなら、誇らしげに胸を張るぬいぐるみ。

(……ちょっと待て)

 改めて見た舞台の上のコンテストは、今し方設置が始められた様子。つまり、優勝者はこれから決まる、ということは……。

「ねえ、あんたが伴侶を見初めたのって、いつ?」

 少なくとも今年ではない証拠を見ながら問えば、視界の端でぬいぐるみが不思議そうにこちらを向いた。

「うん? 言ってなかったか? そう、我輩が伴侶を見初めたのはその昔、雪深い日であった。まだあの頃は力も弱くてな。あまりの寒さに死にかけて倒れていたところを救われたのだ。ただ、申し訳ないことに当時伴侶は追っ手から逃げている身であってな。我輩を助けたばかりに見つかり、あのコンテストとやらに出場させられてしまったのだ。まあ、優勝したから良かったようなものの、あれで二位止まりであったなら、我輩も――」

「つまり」

「うん?」

「つまり、あんたが伴侶を見初めたのは……少なくとも最近じゃないってこと?」

 饒舌な語りを無視して割り込めば、特に気にした様子もなくぬいぐるみが頷いた。

「そうだな。ヒトの時間感覚で言えば、おおよそ四、五十年ほど前だと思う」

「……そう」

 色々言いたいことがあっても今更だ。

 怒鳴りも嘆きも、疲労感さえも、魔物の感覚が根本的に人間とは違うことを、すっかり失念していた自分を思えば、魔物を責められる材料足り得ない。

 ただただ重苦しいため息だけを吐き出したシャウラは、それに戸惑うぬいぐるみを頭の上に置くと、「じゃあ、行こうか」と声を掛けた。



 ふりだしに戻る、とは、こういう場合でも言うのだろうか。

 そんなことを思いつつ、ぬいぐるみを頭に乗せたシャウラは、大書庫に戻るなり奥を目指した。辿り着いたのは、学園の歴史が記された史料室。

(今から四、五十年前で、雪の日になった美人コンテスト。そもそも、美人コンテストは雪が積もる前にやるから、そんな大雪になった日なら記録に残っててもおかしくない――って、あったわ)

 思いの外、さっくり見つかった史料に脱力した気分を味わいかけるがまだ早い。

 そこを起点として前後の十年間、年ごとの史料に目を通しては、そこ以外にないと確信した。

 ――美人コンテストの、第一回。

(前身の美少女コンテストが、学園の開かれすぎた門戸のせいでヤバめな状況になったけど、イベント事自体はなくしたくないってことで、新たに創られたのがこのコンテストの始まり。でもって、そんな意味合いで初めて開催された時の優勝者は……)

「お、写真があるじゃん」

 捲ったページに、ご丁寧にもファイリングされた写真がある。

 貴重な資料でもあるため手袋をつけてから取り出せば、頭の上が沸き立つ。

「おお、この者だ! この者こそ、我が伴侶!!」

「確かに長い黒髪。しかも確かに美人。他に手がかりになりそうなものは――え?」

 丁度裏面に書かれた文字に気づいた時だった。

 横合いから伸びた手がひょいと写真を攫っていき、追った先には、

「テルテ先生?」

「何をしているのかな、こんなところで。君は警備担当だったはずじゃないかね」

「ええと……」

 先ほどの好々爺然とした表情とは似ても似つかない顔の教師に、シャウラはしどろもどろに視線を右往左往させる。

 しかしてそれは、決して風紀委員顧問の圧に屈したからではなかった。

「せ、先生、もしかして……その写真を探していたんですか?」

「!」

 反応としてはそれだけで十分だった。

 テルテが取り上げる直前、うっかり読んでしまった字面には、はっきりとその名前が刻まれていた。

 ――第一回美人コンテスト優勝者テルテ。

「だからあそこにいたんですね。あそこから史料室は近かったから……」

 呟くようにそう言えば、「ぐぅ」と変な声を漏らしたテルテは肩を落とした。



 なんとなくテーブルを挟んで対面で座れば、観念した犯人の自供よろしく話し始めたテルテ。

「あれはかつらだったんだ」

 そんな話から始まったのは、風紀委員顧問にとってはこの学園唯一と言ってよい汚点――罰ゲームで参加した美人コンテストで、うっかり優勝してしまったという過去だった。

「いや、優勝したこと自体はどうでもいいんだ。美少女から美人になって初めての優勝が男というのは、開催の観点から見ても悪くない。女装させられていた当時は、もちろんそんな考えには至らなかったが、それだけならまだ良かったんだ」

 沈痛な面持ちで頭を抱えるテルテ。

 相づちを打つべきかも分からないシャウラは、短い白髪を見つめ、頭上のぬいぐるみの様子を伺った。降ろすタイミングを失った黒いぬいぐるみは、テルテの――追い求めた伴侶の言葉を一言一句逃さぬよう、聞き入っているようだった。

「問題は……この後。今はもう没落して久しいがね、あの時はそこそこの権力者だった部外者が、優勝者をいたく気に入ってしまって……。しばらくの間、学園の女生徒は肝を冷やす羽目になってしまった」

「お、男だってことは」

「もちろん学園も伝えたらしい。だが、相手は信用せず、それならソイツを連れて来いとまで言ったそうだ」

「その時先生は」

「うん、実はその時にはもう学園を去っていてね。というのも、女装で優勝したことが地元の親戚にバレて、そちらでも一悶着があったんだ。何せ私には婚約者がいたものだから、帰った途端彼女には泣かれるし、記念に押しつけられた写真を見られては、私よりも美人だ何だと……」

(うわぁ……)

 シャウラには想像もつかない修羅場の連続である。

「そこでさっさと写真を燃やすなりなんなりすれば良かったんだが、何を思ったのか、きっと抗議のつもりもあったんだろう。父がこの写真を学園に送り返してしまってね。気づいた時には大書庫のどこかに仕舞われたという話になっていたんだ。私にとって、この写真は呪いにも等しい存在だが、大書庫に仕舞われたとあっては、もう、勝手に処分することも難しくなる。だから――」

「風紀委員顧問の任期中に、大書庫で大捜索、ですか」

 推測するに、警備担当のユーグもテルテの目的を聞いていたのだろう。だからシャウラの告げ口にも、「彼には彼の事情がある」と返すに留めたというところか。

「処分はできずとも、手元にあればいいと思ったんだ。私の分かる範囲にあれば、これ以上、この写真で誰かが不幸になることはないと」

「なるほど。つまりはこの写真が二度と人目につかねば良いのだな」

 不意にそんな声がシャウラの頭上が響く。

 シャウラとテルテ、二人が同時に「え?」と声を上げる中、シャウラの頭から飛び出した犬のぬいぐるみが、テルテの持つ写真を大きな口でパクッと咥えた。

「うお!?」

 思わずテルテが手を離せば、ぬいぐるみはそのまま写真をごくんと飲み込んだ。

「ちょ!? 何を!?」

 魔物に食べられたからといって、大書庫の守護魔法が消えるわけではない。自分の命を脅かしかねない毒を飲んだのと同じようなものだ。

 驚きに目を剥いたシャウラは、テーブルの上に降り立ったぬいぐるみの頭を掴む。

「は、吐き出しなさい! あんた、このままじゃ死ぬよ!?」

「……ふふふ。出遭いは酷かったが、お主は良い奴だな。まあ、気にするな。それもこれもあの時救われた命を思えばこそだ。こうしてあの時の者が見つかった以上、我輩の望みは叶えられた。もうこの場に留まる理由もあるまいて」

「望みって、伴侶って話は?」

 向かいでテルテの「は、伴侶?」という声が聞こえた気もするが、構っている暇はない。短い間ではあるが、それなりに親交を持ったぬいぐるみ、もとい、魔物が死ぬかもしれないのだ。だが、なんとか留められないかと発した言葉は、ぬいぐるみの姿にはそぐわない「ふっ」という短い笑い声に払われてしまった。

「我輩に明確な雌雄はないが、それでもこの者はすでに伴侶を得ているのであろう? 今更我輩が並ぼうとも、精々が愛玩動物にしかなれんよ」

「いや、その姿は私がそうしろって言っただけで」

「惜しむらくは、我輩の育ちがヒトのソレより遅かったところか」

 縋るようなシャウラの声は届かなかったのか。

 結局写真を吐き出すこともなく、そんな言葉を残してゆっくりと横たわった黒いぬいぐるみは、そのまま――。



「一晩寝たら治ったわ。いや、それどころか、大書庫の守護魔法やらを取り込んだからか、昨日より力が増している気さえするぞ!」

「……ソウデスカ」

 テーブルの上で、本物の犬がそうするように、不格好な身体でくるくる回る黒いぬいぐるみに、シャウラは何とも言えない顔になった。

 あの後――写真を飲み込んだ後、ぬいぐるみの身体だからこそではあるが、白い目を開けたまま、突然眠り始めた魔物に、死だけを見ていたシャウラは打ちひしがれた。

 ついでに、大書庫の守護魔法を飲み込んでなお生きていける魔物の存在にテルテ含む教師陣は、寝る時間も惜しんで協議し合い、結果、黒いぬいぐるみ状の魔物については学園の監視下に置かれることになった。

 即処分を声高に叫ぶ者もいたらしいが、黒いぬいぐるみが終始魔物らしい凶暴さを見せなかったため、今後の対処法を考える上でも参考になると生かされる方向に話が進んだらしい。

 それはいいのだが。

(なんで監視役が私になんのよ)

 一晩明けたら、元気になった魔物と共に押しつけられた役割。

 こうも貴重なサンプルならば、状況はあまり変えない方が良いという話でそうなったらしいが、迷惑な話である。しかも、この魔物、伴侶探しは継続するつもりらしく、それにも付き合わされると思えば億劫なことこの上ない。

 とはいえ、

(まあ、見てる分には飽きないからいいか)

 元気に回り続けるぬいぐるみの姿に笑みが浮かぶのもまた事実。

「おーい、あんまり回り続けてると目を回すぞー」

 そんな言葉をかけながら、シャウラは新しい学園生活にため息をつく。

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