第35話 世に名高い水軍
一方、
「あれが世に名高い……この地方の水軍か」と渉が言う。この場所に渉の臣下が来たこともあったが撃退することは難しかった。
「よし……我らも向かうぞ。皆の者、船に乗れ!」
あらかじめ臣下によって準備された船に渉や勝、兵士達が分散して乗り込む。
両者の水軍が波に揺られながら対峙する。
「この海で鍛えられた我ら水軍に勝てると思うなよ!」
相手方がそう言い、矢の先端に火をつけて火矢として渉軍へ放った。次々と勢いよく向かってくる矢は渉達、兵士軍を怯ませる。あちらを見てもこちらをみても相手方の船。
「殿、数が多すぎます。それにこの船では……!」と勝が周りを見渡す。
さらに相手方は火薬入りの手りゅう弾のようなものを飛ばしてきた。
ドォーン
大きな音と共に渉達の乗る船が燃え上がる。
「何だこれは……火薬? こちらも鉄砲を!」と渉の指示。
勝や兵士達が鉄砲を構えるが海の上ではうまく照準が定まらず、相手への攻撃が難しかった。その間にも相手方からの火薬はどんどん降ってくる。
この地方を代表する水軍の機動的な集団戦法、そして火矢や手りゅう弾といった圧倒的な力により渉の軍は一時撤退した。
「火を消せーー!!」
※※※
綾菜の待つ城に帰ってきた渉達。
「殿の勢力が西地方にも及びはじめたので、相手方は別の僧侶と手を組んで兵糧(米などの食糧のこと)を補給しています。あの海路を使っているのでしょう」と勝が話す。
陸路は全て渉の軍に支配されているため、水軍を利用して
渉はあの水軍の強さを目の当たりにし、ため息をついたがどこかで思っていた。何か、何か手があるはずだ。
「全国に信頼できる家臣を配置する。まずは北西地方を
天下統一が近いとはいえ、渉を狙う者は多い。実際にあの水軍ほどの力を持った者が他にもいるならば……家臣を配置しておくに越したことはない。その中でも猿時という臣下は渉を心から慕っている。
「お呼びでしょうか! 殿」
聞きつけたように猿時がやってくる。
「声だけは大きいな」と渉に言われた。
「はい! 殿のためであればこの猿時! 何処へでも!」
何処へでも……全て聞いていたか。猿。
そう思いながら渉は北西地方の話をする。
「あの北西地方の城を我に! 何とありがたき幸せ!」
「猿時よ。
猿時が……真っ青になる。
「ひぃぃぃー! さすが殿!」
そう言いながら猿時は部屋を出る。
「やれやれ。こちらはまずあの水軍……火矢などの攻撃を何とかしなければならないです」
勝が考えていると渉が閃いたように言う。
「ならば……燃えない船を造ればよい」
「燃えない船……? そのようなものが……?」
「絶対に燃えない船だ。刀鍛冶に造らせろ」
「はっ!」
その様子を綾菜がこっそりと眺めていた。渉達のことだから余裕で撃退してくると思っていたが簡単なことではないらしい。そして猿時という臣下、お調子ものに見えるがこの深刻な状況であの明るさ……綾菜も少し和んでいた。
さて、絶対に燃えない船とは何だろうか。
勝が部屋から出た後に渉が呼ぶ。
「フフ……そなたはどこにいても分かるからな、綾」
こっそり見ていたのが渉にはすでに分かっていたようだ。綾菜は部屋に入り、渉の前に座って「申し訳ございません」と頭を下げる。
「気にするな、そなたと我の仲だ。綾……」
渉が近づいてくるが、綾菜の心にはあの光の世界で会った誠がいる。ひょっとしたらまた彼と会えるかもしれないと思うと……渉を拒みたくもなる。しかしこの戦国時代を生きるためには渉の側にいる以外に方法がない。
『まだあの城で生きるべきだとも思う』
『そなたを想うこの心が、再び繋がるのなら』
誠の声が耳の奥に響く。
――私の中で貴方はきっと生きている。そして貴方はどこかで私のことを見ているのでしょう。だから……私はこの“今”を生きます。渉様のお力になることができるのであれば。
渉に髪を撫でられ抱き寄せられた綾菜。しかしいつもと何かが違った。渉の方から綾菜に身を委ねているようだ。以前は明らかな強さがあったが、今はほんの少しだけ彼の身体から不安と緊張を感じる。
「渉様……」
「すまないな。そなたと共にこの世の天下を眺めたいだけなのにな。うまくゆかないことが多い」
「いえ……その……絶対に燃えない船は存在するのでしょうか」
綾菜の質問に対して渉が彼女の目をまっすぐに見て言う。
「存在しなければ、作り出せば良い。これまでもそうだ。己の力を認め何も無い場所からの創造。今後は必ず必要になってくるのだ」
「何も無い場所からの……創造」
綾菜にはその意味がよく分からなかった。だがこれまでの歴史の中でも最初は何もない所から始まった。歴史とは簡単に言えば創り出すこと。そしてそれを後世に繋ぎゆくこと。
「綾……」
「わ……渉様!」
渉は過労もあり横になる。
綾菜は渉のために、絶対に燃えない船を考えようと決意した。
※※※
ベッドの上で寝言を言う綾菜。
「誠さまぁ……」
「綾菜ー! 今日から学校よ!」
「え?」
今日から綾菜は小学五年生だ。春休み中に誠様と過ごすことができて幸せすぎて寝坊したこともあった。
一気に現実に戻される。
「わぁ、いけない……行ってきまーす!」
五年生から校舎が変わりいつもより遠かった。クラス発表をされて教室へ向かうが、階段を三回も上らないといけない場所だ。
「うぅ……もう疲れた」
「綾ちゃん」と渉が話しかける。こんなに階段が多いのに涼しい顔だ。
「ほら」と言って自分の手を差し出す。
「あ……ありがとう。渉くん」
渉の手を取ってどうにか階段を上った綾菜。やっぱり彼は頼りになる……と思ってしまう。
「綾ちゃんとまた一緒のクラス、嬉しい」
笑顔でそう言う渉だが、綾菜にはどこか心配してしまう。夢の中での彼は不安で壊れそうだったからだ。
「渉くん、五年生でもよろしくね!」
綾菜は疲れていたものの元気な声で渉に言った。
「こちらこそ、綾ちゃん」
ホッとしたような渉の表情に、少し心が揺れた気がする綾菜。
二人は一緒に教室へ入って行った。
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