第25話 神崎君の球技大会①

 球技大会。

 この学校では文化祭と同じで一年に一回行われる体育会系にとっては嬉しいイベント。文化祭をインドアとするなら球技大会はアウトドア。文化祭と同じで陽系の人にとって楽しいイベントであることは変わりないけど、ここでは運動ができる人が一際目立つ学校行事である。

 私達の学校では、今年は男子がサッカーとバレーボール。女子がバスケットボールとソフトボールを行う。毎年男子女子共に行う種目が違い、男子は二年連続バレーボールになってしまったけど基本的には毎年違う種目をやる事が多い。神崎君の影響……ではないと思うけど、球技大会は毎年学校全体で行うが今年からは学年別で行われる。私的にはぶっちゃけ学校全体であろうが学年単体であろうが変わりはしないのだが、学校は変に狂ったのか球技大会を行う学年以外は休みにしてしまった。二年生がやる日には一年生と三年生は休み。三年生がやる日には一二年生は休みという具合に。

 一見ラッキーとか思うけどその辺はバッチリ対応済みで春休みがその分短くなってしまう。短くなるとはいっても二日間だけだし、その日がこの期間になっただけだからそこまで損したとは思わない。それどころか、休み球技大会休み土日ってなるから連休が増えてむしろ万々歳。球技大会自体普通に好きだし、嫌とも思わないから実質五連休の完成である。

 とまあ、比較的運動が苦手な子でも今年はこのような形になっているため基本的にはみなテンションが高く嫌々って感じの子は少ない。


 「えーこれより球技大会を開催する。基本的には事前に決まっているトーナメント通り試合を進めていくので学級委員ないしチームのキャプテンは試合に遅れないよう注意しといてくれ。また本年度は学年別で行われるため敗者復活を設けた。一回戦で負けたチームのみで再びトーナメントを行い、勝った組と負けた組の優勝チームが決勝戦を行う。分かっていると思うが念の為全体に連絡な。当たり前だがフェアプレーを心がけること。それとスポーツマン精神を大事にな。ズルしたとかで揉めないように。女子のバスケを覗き、基本的にはその種目に入っている部活加入者は試合は二人まで。人数の都合上やむを得ない場合にはハンデを設ける。あとは去年もやってるから大体分かるな。それじゃあ一試合目のチームは準備を進めてくれ」


 体育教師の声を皮切りに盛り上がる生徒たち。去年の私なら今の時間帯から不満爆発していたのだが、今年は違う。

 なんと今年は神崎君の参加が認められたのだ。


 「楽しみだね神崎君」

 「うん。ちょっと緊張してるけどね」


 ざわつく周りの生徒同様、神崎君もどこか浮足立っているように思えた。

 比較的みんな楽しそうに盛り上がっている雰囲気。だけど、ここに至るまでには私達のクラスにはちょっとした出来事があった。

 


 それは球技大会一週間前のホームルームの時間。この日は球技大会で参加する種目を決める時間だった。


 「今日の時間は球技大会の参加種目を決めたいと思います。私から見て右側に女子が左側に男子が集まってください。人数が決まっているので話し合いで決まらなかったらくじ引きになります。それじゃあ集まって話し合って下さい。」


 青山さんからの指示が飛び、クラス内はざわつき始める。

 私達一組は比較的スポーツ系の子が多い。女子男子共に運動部所属率が高くアグレッシブ。文化部の子も運動神経が悪くない人が集まっているので、今年のクラスは総合優勝を狙えると盛り上がっていた。全体的にバランスを良くするか、それともある程度固めて人種目を確実に勝ち切り総合を狙うか議論が白熱。女子はある程度決まていたので時間はかからなかったのだが、男子は……神崎君が今年は参加するからなのか時間が掛かっていた。


 「なんで今年はあいつが」

 「なんで参加できるの」

 「あいつと同じチームとか無理」

 「俺らはサッカーだけでいいでしょう」


 元々サッカーで優勝を狙える面々が揃っていたのでサッカーに重きを置こうって話はあった。だけど、ここまで露骨にサッカーに重きを置くとは……。

 私達のクラスは男子が二十二人。女子が十六人の計三十八人編成。二十二人のうち、サッカーが十二人、バレーボールが十人って感じに別れなければならないのだが、サッカーに十五人集まってしまった。原因はもちろん仲の良い人、出来る方、勝つための策略には変わりないのだが、圧倒的な原因は神崎君にあってしまう。今年は何故か分からないけど参加可能になって、クラスのみんな神崎君と同じチームになりたくないのだ。

 神崎君以外の残り六人は一人がバレー部で、他はあまり運動が得意ではない子たち。人数制限の影響できちんと別れないといけないのだが……。


 「もうこれでよくね」

 「だな。どうせバレーは勝てないし」

 「一個落としても勝てるだろう」


 このままでいく流れに。不幸中の幸い、バレーボールは七人で行われるから試合は出来るのだが、七人でも参加が認められるのだろうか。名前だけを貸すっていう手もあるけど、ちゃんと自分の種目に参加しろとか言われたらって考えると安易に書きたくはないだろうし、じゃあ誰が行くのかっていう話なんだよね。

 結局この時間では決まらなったが、提出は明日まで。青山さんだけが頭を抱え、サッカー組の男子は部活前に特訓するぞと言ってどこかへ行ってしまった。


 放課後。青山さんが悩んでいた。悩みの原因は球技大会の参加人数をどうするかで、どうにかみんなに不満が残らないよう参加名簿とにらめっこしていた。私的には重要そうじゃない適当な男子の名前を書いてしまえばと思っているが、青山さんは人格者であるため私のような考えはあまりしたくないそうだ。事の原因になってしまった神崎君は青山さんに申し訳なさそうにしていて、いや神崎君が悪いわけではないけど、二人ともどこかやるせないような歯がゆい表情をしていた。


 「神崎ごめんね」

 「……え、あ、僕が悪いから。みんなにも申し訳ないね」


 青山さんはあの日、みんなの前で堂々と挨拶して以降、神崎君と普通に話すようになった。普通に話すと言ってももちろん神崎君第一って訳じゃないけど、雑談も日常の中での会話も普通にする。神崎君その変化に未だに慣れていないのか、話しかけられる度に驚いた表情をしている。


 「田村って……」

 「今日はもう部活行ったよ」

 「じゃあ、いっか」


 席をここへ移し作戦会議。最近は神崎君と話すがてら私とも話してくれるため、ここに集まることが多い。


 「名前だけでも貸してもらえるといいんだけど……」

 「文句が飛び交う未来が見えるね」

 「僕のせいでごめんね」

 「神崎君のせいではないね」

 「そうだね。他の男子が悪いんだから」


 三人で普通に話す。普通の学校生活では特に意識しなかったけど、こういうのは嬉しい。神崎君が女の子の中だけど会話に混ざれて、なんか子の成長も見守る感があって感慨深いものがある。


 「これだと駄目なのかな」

 「わからない。揉めることはあってもハッキリと別れることはなかっただろうし……」

 「誰か頼める人いないのかな」


 あまりこういうことは言いたくないけど、神崎くんには男友達がいない。唯一話してくれそうな可能性がある辻本君は別のクラスだし、二年間同じクラスだったけど男の子と話している所なんて先生以外あったのかってレベル。何故かは分からないのだけど女子より男子の方が彼を避ける傾向が強い。


 「ねぇ大輔あんたやってよ」

 「んぁ。見て分からないのか俺は眠いんだ」

 青山さんは神崎君の前の席の子、藤原大輔君に話しかける。

 「あんた暇でしょう」

 「俺の声であいつらが動くと思うか?第一、俺はバレーボール組になってるだろう」


 フランクな接し方でどこにも壁を感じさせない様子。


 「……ふたりはどういう関係なの?」

 「幼馴染」「ただの知り合い」


 青山さんが優しい物言いに対し、藤原君はどこかめんどくささを感じさせる言い方。――ってか幼馴染だったんだ。今時珍しい?のかな。高校にも上がると部活や勉強で別れる可能性が高いのに一緒の高校、それも同じクラスだなんて。


 「あー、前に言ってた幼馴染って藤原さんのことだったんだ」

 「そ。こいついつも寝てるだけだから」

 「英気を養ってると言ってもらおう」

 「あんたに才能なんてあったの」

 「こんな身なりでも推薦貰ってるんだからな」


 おー。初めて幼馴染の関係というやつを見た。友達よりかは熟年寄り添った夫婦までとはいかないけどそれなりに関係を築き上げてきた二人って感じがする。気軽にいじっているけど、それは仲が出来るから出来る芸当なのだろう。


 「で、無理なの?名前ぐらい貸してでいいからさ」

 「俺に人望なんてない。第一、問題は神崎だろ。俺が今更どうにかしようだなんて無理な話だ」


 本人を目の前にきっぱりと言うな。間違ってはいるけど間違ってはいないから何も言えないけど。


 「ってか初めて話すな神崎。お前本当に人殺したの?」

 「ちょっとあんた」

 「うんそうだよ」


 青山さんの口止めをよそに、神崎君は間髪入れずに答える。その表情と言葉は冗談を言っている訳でもなく、明るく誤魔化している訳でもなく本当だと言っているように感じた。


 「ふーん。まあ、俺はどうでもいいけどね別に」

 「……え」「え、そうなの?」

 「そんな顔で見るなお二人さん。ってか神崎も。別に俺、神崎が人殺したとか別にどうでもいいし」


 お、お、おぉ~。喜ばしいことの筈なのに素直には喜べなかった。口調があれだからだろうか。でも実際はこういう感じの人が大半だと思う。一部の人が過剰に囃し立てているだけで、他は同調圧力とか万が一の保険。口調はあれだけど多くの人が藤原君と同じ考え。自分に何かなければどうでもいい。


 「俺にとっては神崎が使えるかどうかだ。クラスの連中はバレーボール捨てる気満々だけど俺は取りに行くぜ」

 「……君のイメージを超えられるように頑張るよ」

 「面白い」


 ちょっとスポーツ漫画っぽいやり取り。やっぱ男の子はこういうのが好きなんだな。


 「そんじゃ部活行ってくるな」

 「ちょっとまだ話が終わってないんだけど」

 「別に神崎居て、試合出来ればいいだろう。お前の話だとけっこう出来る奴らしいからな」

 「――ちょっと」

 「話って?」

 「こいつちょくちょく神崎のこと話してくるんだよ。……だからまああれだ。さっきはあんな言い方したけど、俺も神崎のことは悪い奴じゃないって思ってるから。それじゃ」


 青山さんの制止を振り切って部活へと向かって行った藤原君。そっか。幼馴染だから青山さん藤原君に話してくれていたのか。なんだかちょっと嬉しい。いつか神崎君のこと分かってくれる人が増えたらいいなって思ってたけど、こう広がっていると実感できるのはちょっと頬が緩んでしまいそう。神崎君もちょっと驚いていたけど、優しい笑顔でありがとうと呟いていたような表情をしていた。


 ――と。結局藤原君の助力も空しく球技大会本番を迎えてしまった。状況的には一切変わってなくて、もうめんどくさいから適当な人を見繕って名前を拝借。他クラスから見ても違和感満載のバレーチームが出来上がってしまった。念の為、青山さんが先生に確認したところ事情が事情だから仕方がないってことでお咎めなし。控えに誰も居ないチームだけど、藤原君と神崎君は優勝を取りに行くようで二人でアップに。色々あって、多分今日もいろいろあるだろうけど、球技大会が始まる。

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