第18話 私と辻本君①
「全くお前はどれほど俺に迷惑をかければ気が済むんだ」
「迷惑って神崎君は何もしてないじゃないですか」
「バカ野郎」
近くにあったバインダーで軽く叩かれる。
「何回も言ってるよな。もしものことがあったらどうする。近くに居てやれるならいいけど、先生達だって暇じゃないんだ」
要は余計な責任を背負わすな。もう何回も同じことを言われている。
「わかったな。関わるなとは言わない。だけどもう少し自重してだな」
「はい分かりました。以後気を付けます」
不貞腐れな態度でも想いの乗っていない言葉でもダメ。それとなく思わせる発言。私が幾度も繰り返して学んだ一刻でも早くこの時間が終わる方法。変に言い返すとまた面倒になる。
「分かってないだろう。ここに呼ばれるのは何回目だ?少しでも反省の色が見られたんだったらな……」
(うわー。めんどくさいルートに入ってしまった)
あくる日の放課後。私は時々先生に呼び出されてお説教もとい神崎君と関わるなと忠告されている。なぜ私なのかというと理由はいたってシンプルで所かまわず神崎君と仲良くしているから。クラスメイトと仲良くしろと謳う先生がクラスメイトと仲良くして怒るのは理不尽すぎるが、納得はしていないけど理解は出来てしまう。先生という仕事はただでさえ定額働かせ放題のブラックと聞くし、無償の部活動に加えて神崎君っていう存在が居るのだからこれ以上余計な問題は抱えたくないのだろう。この一年で神崎君が自分から問題を起こすような生徒ではないと分かっているはずなのだが未だにこのような始末。教室の防犯グッズは常備されているし、授業中の見回りもちゃんとしている。最初の頃に比べると多少ゆるくなってきたように感じるが、たまに保護者からものすっごいクレームが来るらしく、これ以上の問題を増やさないためにもこうして定期的に?釘を打たれてしまっている。
「もっといけ」
「マークあまいぞ」
「厳しく、ゴーゴー」
基本的に私が放課後に残ることはテスト期間以外ほとんどない。何もなければ家に帰ってバイトかぐーたらするのが日課。当然部活動の風景なんて知らないわけで、理不尽の説教をされた日には意図せず部活動を拝見することになる。
「頑張って、辻本せんぱーい」
「辻本くんかっこいいよー」
「オラいっけ」
「ナーイス」
何故だろうか。辻本君への声援が飛ぶたびに他の部員が熱くなっているように感じる。うちのサッカー部は特別強いってことはないけど、辻本君がいるからか彼を観に来る女子生徒が多い。後輩も先輩も同級生の子も、邪魔にならないネットの外から、校庭の上から、教室の窓から辻本君を応援する子がいる。
「がんばれ綾斗」
「キャー」
「ナイスシュート」
ボールを持てば女の子たちの期待値が高まり、シュートを決めようものなら奇声に近い歓声が上がる。誰かを好きになることは素晴らしいことだけど、ここまでされるのはどういう気持ちになるのだろうか。モテるってことには興味あるし、モテないよりはモテる方が断然いいと思うけど、ここまではちょっとって思ってしまう。そりゃ好きな人の為に放課後まで残って応援することを否定したい訳ではないけど、なんだろうな。私がモテた例がないから嫉妬みたいなものなんだろうか。それともここまで熱中できるほどの恋愛をしたことがない故の無知なんだろうか。ここまで誰かを好きになるって素晴らしいことだけど、モテる側の立場になったらこういった声援は嬉しいのだろうか。
「……あ、菅原さん。見てくれるなんて珍しいね」
「相変わらず凄い人だね辻本君」
オーディエンスに夢中になっていたら、いつの間にか私の目の前に転がって来たボールを取りに来ていた。
「あはは。ありがたいことにね」
「愚問だけど、やっぱ嬉しいものなの?」
「……まあね。応援されるのって思ってる以上に力になるから」
一瞬キョトンとしたけど笑顔で応えてくれた辻本君。唐突な質問だったけど、嫌な顔をせずに爽やかな笑顔で応えてくれるからモテるんだろうな。
「菅原さんはなんで残ってるの?」
「……ちょっと悟りを承りまして……」
さすがにこの歳になって怒られて放課後まで残ってましたなんて恥ずかしい。私は悪くないけど友達と仲良くして怒られましたなんてどんな顔をされるやら。
「相変わらず面白いね菅原さんは」
ニコッと鮮やかに微笑む。元の容姿も相まってこれがイケメンなのかと実感できる。
「あは。ありがとう。それより練習は大丈夫なの?」
「ちょうど休憩になってね。集中して気づかなかったけど、珍しい人が居たから」
「……本当に大丈夫なの?なんか他の人ぎらついているように見えるけど……」
「多分……ね」
多分勘違いであると思うけど他のサッカー部員が私達の方を見て盛り上がっているような感じがするし、多分こっちは勘違いじゃないけど他の女子生徒の視線がちょっと痛い。
「……菅原さんは……今日は時間あるの?」
「うんまあ。バイトもないし、この時間に帰ってもって感じだからあるにはあるね」
「……よかったらでいいんだけどさ……その……一緒に帰らない?あと三十分ぐらいかかっちゃうんだけど……」
三十分か。三十分ぐらいなら時間は潰せるだろうし、そこまで家に帰りたい欲求は……ないな。家に帰ってもやりたい事なんてないし、親からの緊急招集がなければ暇だ。
なんだか辻本君は緊張?しているように見えるし、何か話でもあるのだろうか。
「うんいいよ。一回ぐらいは観てみたかったから三十分ぐらいは余裕だよ」
「ほんと⁉ありがとう」
「辻本、そろそろ始まるぞ」
「ごめんね。またあとで」
「頑張ってね」
爽やかな笑顔で部員の元へ戻っていく辻本君。戻っていくと同時に先輩たちに肩を組まれ、多分いじられているんだろうな。爽やかなだけではなくこうやって愛嬌ある存在だから男子からも女子からも先輩後輩同輩問わず好かれるんだろうな。
して――練習再開。時間的に終わりかけなので試合から始まる。
時間はあるけど、さっき観るって言った手前スマホをいじって時間を潰すのは失礼にあたる。前々からちょっとは興味があったし、花火大会同様ちゃんと面白い発見があるかもしれないので真面目に観てみるとする。
私のスポーツについての知識量は皆無に等しい。知っている名があるとすれば緑山学院が駅伝が強いのと某二刀流の野球選手ぐらい。サッカー部の練習を見ている手前非常に言いづらいのだが、サッカーの知識についてはキーパー以外の選手は手を使ってはいけないってことぐらい。ルールなんて知らないし、ポジションなんてものも知らない。攻めか守りか。なんとなくわかるぐらい。
「辻本マークしとけ」
「フォワード落ちてこい」
「へい、ファールだろ審判」
辻本君が相手チームに倒され試合が止まる。やっぱり辻本君はサッカー部のエースらしく、他の人に比べてビッチリマークされてしまっている。常に誰かにマークされていて、ってかあんな反則とされるプレーをされて痛くないのだろうか。守っている人もイカツイし、大会が近いとクラスメイトが話していたからかやけにやる気が高いように感じる。
「すぐに切り替えろ辻本」
「ナイスー」
「あ、」
「ピー」
「おい、今のはボールいってるだろう」
目まぐるしくボールが移動するから展開に頭が追い付いていけない。ボールを奪われたと思ったら、奪い返して、相手をかわしたと思ったら奪われて、また反則を取られて試合が止まった。
スポーツはフェアプレーの精神。紳士的なプレーが望まれると聞くけどサッカーは例外なのだろうか。明らかにボール際の攻防が激しすぎてどうも紳士の片鱗も見えてはこない。手を使う以外の反則が分からないからあれだけど、あんなプレーでも許容できてしまうものなんだろうか。審判に止められてたってことは駄目なのだろうけど、それに類似するようなプレーが多すぎて、何が駄目の基準が分からない。
「厳しくいけ」
(声響くな)
「ノーファでいけ」
「ピー」
(あ、また反則)
スポーツはよく分らないけど、とりあえず上手い人が狙われるのは分かった。辻本君はさっきから反則を受けていて明らかに狙われている。もちろん上手いからってのもあるだろうけど、なんでだろうか――ちょっと私情があるようなないような。一応、同じ部員であるのにあそこまでするものなんだろうか。さっきから反則ばっかされているけど、辻本君は楽しそうで私が見始めたころよりも活き活きしているような感じがする。
「がんばれー辻本先輩」
「辻本くんいけるよ」
ひとり、ふたりと連続で交わして……。
「キャー――――――」
「ナイスシュート辻本くん」
「かっこいいよー」
(おー)
鮮やかにゴール。この一瞬だけはイカツイ人の声よりも女の子たちの声量が上回った。手を振り、笑顔を振りまけ、声援を飛ばす。最初はあれって思ってしまったけど、よくよく考えてみるとテレビでやるスポーツはこれぐらいの声援は飛び交っているだろうし、あまり盛り上がれていない私が場違いに思えてきてしまった。
「やったね」
私の方を向いてピースサインして多分そう言ったような気がしたけど……。
「今の見た?辻本くんからファンサ貰っちゃった」
「いや私でしょう」
「やっぱり先輩はカッコイイな」
「付き合いたいなぁ~」
うん気のせいだろう。こんだけの人が観ているのだ。観衆に向け応援してくれてありがとうってことだろう。
それにしても辻本君は楽しそうにプレーしているな。反則されても笑っていて、泥臭くてもカッコよくて、ゴールを決めると嬉しそうに仲間と喜ぶ。いつも観ているわけじゃないから分からないけど、毎回こんな感じで練習しているのだろうか。活き活きと楽しそうに、負けると悔しそうにしていて、あんだけ走っているのにゼハァーしていない。もしかしたらこの中に好きな人でも居て、前に言っていた男の性と言うやつなのだろうか。チラホラと可愛らしい女の子がいるし、好きな人の前ではかっこいいところを見せたいと言っていたから張り切っているのだろうか。
「ナイシュー」
「よく決めた辻本」
それは――ないかもしれないな。あんなに必死なんだ。ちょっとの下心はあったとしても、毎回同じように、一生懸命練に習しているんだろうな。
最初は好奇心から見始めたサッカー。僅かな時間だったけど、私はいつの間にか周りと同じように夢中になって練習を見ていた。
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「あれ凄かったね。トントンシュッて感じで」
サッカー用語がわからないので身振り手振り足振りで再現する。
「ありがとう。三点目のやつだね」
サッカー部の練習を見届け約束通り辻本君と一緒に帰っている。思った以上にスポーツ観戦、サッカーの練習でも観ているのは楽しく興奮してしまった。
「あんだけ反則されてもさ、何回でも立ち上がってカッコよかったね」
「……ありがとう。そう思ってもらえるように頑張ったから」
ニコッと爽やかな笑顔。かなりハードな練習をしていたのにも関わらず疲れている素振りを感じさせない。
時刻は夕方の六時。部活動自体は終わったが、その後は自主練オッケー。残って練習してもいいのだが、辻本君はわざわざ私なんかとの約束を守ってくれている。部活終わりっていうこともあって周りには疲れた~と談笑しあう学生がチラホラ。活気だっていた校舎も終わりを迎えどこか寂しそうな印象を覚える。
「久しぶりにこの時間に帰ったけど、部活の終わりってこんな感じなんだ」
「ごめんね。誘ったのは僕なのに待たせっちゃって」
「大丈夫だよ。観ていてすんごく楽しかったから」
正直、舐めていたという表現はあれだけどスポーツで自分が熱くなるなんて思ってもいなかった。そりゃ世界大会の決勝とかテレビとかで取り上げられているやつは観たことあるけど、高校生の大会でもなくただの練習で一喜一憂するなんて、私が、って感じだ。一緒にプレーしているわけではないのにどこか感情が入ってしまって、いつの間にか辻本君がゴールを決めると私も嬉しかった。
「菅原さん、コンビニ寄ってもいいかな?」
「いいよ。私もちょっとお腹空いてたから」
ウィーン。
コンビニの中に入り適当な物を物色。お腹が空いているとも言っても家に帰れば晩御飯になるだろうし、食べてもあまりお腹に溜まらない、もしくはこれぐらいな物を選ぶ。
「菅原さんは飲み物だけ?」
「ううん。あんまん半分だけ食べようと思って」
「ふふ。半分だけって。飲み物貸して一緒に払ってくるよ」
「え、悪いよ」
「待たせた償い。これでっていうのは申し訳ないけど」
そう言って私の飲み物が攫われていく。さすがに素直にありがとうと言える神経はなく、むしろおごらせてしまう罪悪感しかない。お財布を取ってお金を渡そうとしたけどキャッシュレス決済でスマートに会計されてしまった。
「はい。袋はいる?」
「一応。でもお金は……」
「大丈夫。待ってくれたお礼だから」
「いくらでしたか?」
「いいって」
「……ならせめて、半分だけでも貰って下さい」
あんまんを半分に分け大きい方を辻本君へと渡す。自分のお金で買ったものではないからあれだけど、せめてもの気持ちとして受け取ってほしかった。
「ありがとう。でもいいの?」
「うん。元々半分しか食べない予定だったし、それに私が買ったものじゃないし」
「ありがとう。それじゃいただくね」
二人買ったものを食べながら帰路へと進む。が、さすがに食べずらいのとお行儀があまりよろしくないので公園に立ち寄って食べることにした。
「そういえば大会近いんだっけ?」
「そうだけど、よく知ってるね」
「周りの子が話してたからね。今年は結構いいところまでいけそうなの?」
「うーん……わからない。でも、やるからには全部勝つつもりだよ」
うちのサッカー部は強豪っていう分類には……入らないと思う。春の新入生勧誘では県ベストエイトを目指しているって言っていたような気がするし、夏の大会は初戦で強豪校と当たっちゃったからあれだけどいつも県大会出場ぐらいの成績。でも、今年の出来はいいらしくもしかしたら優勝も目指せるかもって周りの女の子が話していた。
「……もし……もし時間があったらでいいんだけどさ……試合観に来てくれないかな……」
「試合?」
「三回戦まで勝てば隣駅の運動場で試合できるから、もしもの話だけど」
サッカーの試合か。今まで一度も観ようとはしなかったけど、今日の練習を観て楽しかったし、一度仲の良い友だちが試合してるところを観てみたいって気持ちはある。
「時間があって、嫌じゃなければ。勝てるかどうかも分からないし、本当にもしもの話だけど」
何やら焦っている様子。辻本くんでもこんなにオドオドと焦ることがあったのか。
「ふふ。いいよ。行ってみたい」
「……ほんと?よっしゃ!やる気出てきた」
にぱーと花が咲いたように一瞬にして笑顔になる。無邪気に笑って、嬉しそうに笑って。辻本くんのもこんな一面があったんだ。
【男の性だからね】
ふいに浮かんだ体育での辻本君の言葉。
(まさかね)
そんなことはありえない。第一、辻本君の周りには可愛い子が沢山いるし、私みたいな可愛くもなければ平凡ぐらいの子を好きになるはずがない。それに辻本君に限ってそれはありえない。きっとこれが辻本君の素の姿なのだろうと意外な一面を見られたことにラッキーだと思い、家まで送っていってもらった。
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