第10話 神崎君と文化祭①

 夏休みはあっという間に過ぎていき、気が付けば残り三日しかなかった。この夏は色んなことをして、様々な場所に行って、楽しさと青春と理想が詰まった夏。みんなでワイワイ、浜辺でパシャパシャ。きれいな汗を掻いて、ひと夏の冒険を楽しんで、田舎の縁側で風鈴を聴いて、手持ち花火にバーベキューをしてこの夏に浸る。そんな夢のような夏を送れ……たらよかった。漫画みたいな夏。毎日のように何かある夏。そんな夏を送りたかった。理想は理想だから理想なんで、理想なんてなかった。いや、理想に近い日々は送れたかもしれない。だけど、夢のような夏なんてこない。現実を見てみろ。連日三十五度以上の猛暑日連発。直射日光がん浴びの多湿空間。外へ出る気になれると思っていたのか。なれるわけがない。冷房ガンガンの部屋にあれば幸せ。インターネットが普及した世の中、スマホひとつで動画もゲームも人との会話もできる。冷房の効いた部屋。そこで自堕落な生活を満喫してしまっては外に行って何かしようと思わなかった。


 今年の夏は神崎君達との花火大会に行ったのが思い出らしい思い出。友達と遊んだりもしたけど、基本的にバイトか一日中ゴロゴロしている生活。一日が経つのがあっという間で気づけばもう終わりだった。


 花火大会の後、神崎君と宮澄さんとどこか出かけようと話していたのだが、天気や各々の体調、予定に恵まれず行けずじまい。うちに来て三人で宿題やったり、お店の方でいろんなことを話したり、そんな日を送っていた。まあ、思い出らしい思い出はないけど、こういう何気ない日常が振り返ると一番の思い出だったりする。特別な場所に行かなくとも、特別な何かをしなくとも、集まって何気ない会話をして時間を満喫する。これで十分どころか、こういう日々が幸せなんだと思う。どこにいるかより誰といるか。例え、理想の夏を送れなくとも観光地に行かなくとも、親しい友人がいればそこが思い出の地となる。友達がいればそれで満足だった。




 そんなこんな、こんな感じで夏休みが終わり学校は二学期へと移り変わった。二学期へと移り変わったとはいえ何か特別なことが待ち受けている訳ではない。シャーペンを握る力が落ちたなと感じたり、学校へ行く感覚が変に感じたりするが次第に慣れてくる。学校の方も夏休み前へと落ち着きを取り戻し、平凡な日常が訪れるようになる。


 九月になると日差しが落ち着き気温も下がってくると思うのだが……そんなことは一切ない。未だに三十五度を超える日が連発。蝉もジンジンミンミン声を張り上げ自分たちの時代が終わっていないことを主張している。教室も冷房全開で若干寒いぐらいの効きの強さ。まだまだ夏が終わらないことを実感している。

 私達の学校では夏休みが空けると文化祭が意識される。始業式が終わると同時に軽いホームルームの後、文化祭について話す時間となる。文化祭は今から三週間後の週末、金曜日と土曜日の二日間行われる。夏休み明けに行われることもあり急ピッチで話が進められることが恒例。実行委員は夏休み前の話し合いで決まっているが、その他諸々何も決まっていない。出し物も係も。始業式という授業が始まらない日に出し物を決めることになっており、二日後の文化祭実行員の会議で正式決定となる。例年、どこの学年、どのクラスもお化け屋敷が人気となっており、取り合いが白熱。個人的にはやりたいようにやればいいんじゃないかなと思っているけど、お化け屋敷は場所も使う教室の数も増えてくる。全クラス自由にできる大きさもなければ個性的な学校でもない。出店数が定められ決め方はくじ引き。第三候補ぐらいまではこの時間に決めなくてはならない。お化け屋敷以外は特に規制がされていないのでそれ以外は自由。クラス以外にも部活と有志で出店できるため、結構見栄えのある文化祭となる。


 文化祭は基本的には全員参加の学校行事。クラス内で多少のいざこざは発生するものの、大きな問題は何かない限り起こりようがない。何かない限り……。この学校には何かがあってしまう。正確に言えばみんなが起こさなければいいのだが、みんながみんな私や宮澄さんのような人ではない。問題の中心人物、神崎君。彼は小学生の頃に罪を犯してしまい、周囲の人間から悪意を向けられてしまう存在。去年はひどかった。文化祭と言えば高校生活の中でも目玉の学校行事だと思うのだがクラス内雰囲気は最悪だった。


 「なんでこいつも参加できるんだよ」

 「最悪。学校にいられるだけありがたいと思えよ」

 「せっかくの文化祭なのに」

 「まあ、みんな、気持ちは痛いほどわかる。それでもな、神崎は刑期を終えた。社会に戻っていいよと認められたんだ」


 担当教師が担当教師らしいことを言う。だが、心の内はそんなこと思っていないことは明白。言葉では神崎君を擁護しているが、顔がまるで非難しているようだった。


 「それでも犯した罪はなくならないですよね」

 「犯罪者と同じクラスすら嫌なのに」

 「誰もうちのクラスに来てくれないっすよ」

 「だがな……」


 罵詈雑言誹謗中傷。まだ何をするか決まっていないのに神崎君のヘイトが高まるばかり。彼が一体何をしたのか。直接関わりがある者はこのクラスにはいない。無関係の人間をここまで貶めようと言える精神はもはや尊敬できるレベルだ。教師も教師で言うことを渋っている。本音としては参加しないでほしい。もし直接言うとすればみんなの為に参加しないでくれ。神崎君参加に賛成なのはこの教室内で私しかいない。問題の中心人物になってしまった神崎君は無表情。誰に何を言われようと平然とした面持ちを貫いている。




 結局、険悪ムードのまま文化祭の準備は進められた。口を開けば文句の数々。準備が順調に進まない影響もあって神崎君への当たりがより一層厳しくなっていた。


 「あいつさえいなければ、楽しい文化祭になったんだけどな」

 「あーあ、やる気なくしたわ」

 「男子真面目にやって」

 「女子だってサボってるだろ」

 「あいつのせいでほんと最悪」


 クラス内の雰囲気はかなり悪い。私達のクラスの出し物は休憩所。本来ならお化け屋敷だったりカフェだったり飲食店などが候補に挙がっていて、それらのどれかになるはずだったが神崎君がいることで制限を設けられてしまった。安全かつ危険性がない出し物。文化祭は一年に一回しかなく、それなりに規模の大きいイベント。体育祭や球技大会とは違って運動がメインではないため楽しめる人が多いイベント。当然みんな楽しい文化祭を思い描いていたので、この文化祭は一つの思い出になる予定だった。


 現実は思い描いていた文化祭とは違ってかけ離れたものだった。やりたい出し物は出来ないし、クラスには犯罪者がいる。楽しめという方が酷だった。実際、クラス内の出し物の準備をするものは少数だった。辻本君がいたから当日までには間に合ったがみんな嫌々やっていた。最初の方は本当に少数で実行委員合わせて五人しかいなかった。ほとんどの人はどこかに行ってしまい、仲の良い友人がいるクラス、部活動の出し物、そこへ行ってしまいクラスでの準備を進めずじまい。


 「お前自分のクラスはいいの?」

 「いいのいいの。こっちのクラスの方が楽しいし」

 「うちのクラスの出し物つまんなくてさ、こっちでだべってる方が楽しいわ」

 「実質こっちがメインだから。自分のクラスなんておまけ」


 チラっと様子を見に行った時、こんな感じの会話をしていた。別に自分たちのクラスの出し物を全力でやれとは言わない。学校行事だけどみんながみんな楽しいイベントではない。やりたいことが出来ず自由もない。何のためにやるのかって思うけど、それでも一生懸命やっている人がいるのだから手伝わなくても何もしなくたってけど、そんな風には言ってほしくなかった。思うところは誰にだってある。思うことは自由だ。だけど行動や発言は常に考えるべきだ。誰だって心無い言葉や立ち振る舞いをされたら傷つく。他人に優しくなれとは言わない。ほんの少しでいい気まぐれでもなんでも。一回だけでも、一瞬だけでも、些細なことでもいいから人に寄り添う気持ちを持ってほしかった。




 なんとか文化祭当日を迎えられたのだか中身はボロボロ。休憩所だけどいちおう係は決まっていた。さすがにみんな出ていくとまずいので少人数の時間制で誰かしら残る予定になっていたのだが、ほとんどの人が残ってくれなかった。残ったのは私と神崎君と辻本君。辻本君は実行委員でもう一人の実行委員がいたはずなんだけど、この三人でクラスに残って出し物の案内や荷物の見張りを行った。三人残るのは残ったのだが、辻本君は実行委員で人気者。外に呼び出される機会が多く、ほとんどの時間私と神崎君で残って文化祭の時間を過ごした。




 クラスの出し物は休憩所。私達のクラス配置は別棟三階の最奥ため人はほとんど来なかった。来たには来たのだが、来たのは犯罪者を興味本位で見に来た人とわざわざ悪意を向けに来たよくわからない人。利用者は二日間通して五人もいなかった。立地の問題もあるけどやっぱり神崎君がいる影響が大きかった。触らぬ神に祟りなし。関わってしまったことで何かあっても困るし、万が一のことも普通の恐怖心も相まってほとんど来なかった。来たのは何も知らない人だけ。特段、休憩所に力を入れていたわけもなく、あるのはバルンアートぐらい。寄って見るようなものもないためかなり暇だった。


 「神崎君暇だしさ、どこか行ってみたら?私一人でも大丈夫だしさ、せっかくに文化祭だし楽しんできなよ」


 人がほとんど来ないため案内することもないし、やることは荷物の見張りぐらい。さすがに盗人は来ないため一人でも問題ない。一年に一回のイベントなんだし、クラスの雰囲気はあれだったけど文化祭自体は楽しい雰囲気で溢れかえっている。お化け屋敷にメイドカフェ。フランクフルトに焼きそば。射的に脱出ゲーム。文化祭のパンフレットを見るだけでも楽しそうだとわかる。うちのクラスが暗いだけで、他のクラスは文化祭が思い出となるような非日常を送っている。


 「いや、僕はいいよ。僕のせいでみんなの文化祭台無しにしちゃったし。ここは僕一人でも大丈夫だから、回ってきていいよ」

 「神埼君が悪いわけじゃないよ。学校側が過剰なだけだよ。最初の頃だったらあれだったかもしれないけど、神埼君が真面目で良い人で、問題なんか起こす生徒じゃないってもう解ってるはずなのに。それなのにまるで問題を起こすかのように扱ってさ」


 神崎君が素行不良を起こす生徒ではないことはもう解っているはずだ。授業を真面目に受け、課題も提出し忘れたことなんてない。掃除も誰よりも丁寧にやっているし、遅刻してきたこともない。神崎君が良い人であることは解っているはずなのにどうしてこのような仕打ちをしてくるのか。誰だって薄々は感じ取っているはずだ。イメージしていた人ではなく私達と何ら変わらない普通の人であると。


 「いいんだよ。僕はこの状況に納得している。どれだけ善行を積んだとしても僕は犯罪者だ。ここが変わる事は絶対にない。僕みたいな人間がいるとみんな不安だし逆の立場だったら僕だって不安。誰だって人を殺した犯罪者は嫌だよ。みんなの言う通り学校に通えてるだけでもありがたいよ。みんなの言う通り僕には楽しむ資格なんてない。だから菅原さんは楽しんできなよ。せっかくの文化祭だよ。ここに残るのは僕だけで大丈夫だし、行って思い出作ってきなよ」


 そう言った神崎君の表情は納得しているような表情で不満なんて一切感じられなかった。現状に納得していてみんなから向けられる悪意に不満などない屈託の笑み。本当にこの人生を受け入れているのだとこの時初めて実感した。


 神崎君が歩んだ人生、人を殺してしまった人生、彼は納得している。肯定も、否定も誰もがその人生を決めつけることはできない。人の人生をどうこう言う資格はない。だけど、寄り添うことぐらいは許してほしい。辛く苦しい人生を覚悟したとしても、最初から最後まで強くいられるはずがない。弱くなる時が訪れるはずだ。例え思っていなくても心のどこかで感じてるはずだ。寄り添うことは同情と別物。哀れみではなく、感じさせることもなく、自然に思うがままに接する。


 「……私も……残ってようかな」

 「え?なんで?」

 「嫌だった?」

 「そういうわけじゃないけど……」


 我ながら意地悪な質問をしたもんだ。意地悪な質問に少し笑みがこぼれる。


 「神埼君、今楽しい?」

 「まあ、楽しいよ」

 「私も!こういう何気ない会話ってさ、けっこう思い出になるんだよね」


 寄り添うって表現もおこがましいけど、歩む道の中で、それぞれの道を進む中で、交わった時を大切にしていければと思う。


 「派手なイベントを楽しむのもいいけど、私はみんなが楽しんでいる中で、こうやってひっそりと楽しむ方が好き。なんか脇道見つけた気分でさ。冷めてるわけじゃないけど、秘密の時間って感じがして、特別なことをしているわけじゃないけど、普通の時間が楽しくて。うまく言えないけど、実家のような安心感がある的な」


 上手いこと言おうとしたけど、結局何言っているか分からないような言葉選びになってしまった。


 「意味わからなかったけど、気持ちはわかったような気がする」

 「ほんと?」

 「バイトの暇な時間、話してるような感覚でしょ?」

 「そうそう」

 「あと、放課後とか自習時間に話してる時とか」

 「そんな感じ」


 当たり前の時間。繰り返される日々。何気ない会話。こういう日は幾度とあって、特別な時間を過ごすわけではない。何もない日もあるし、思い出に残るような出来事があるわけではない。ただの日常。学校生活を振り返った時、思い出すのは修学旅行だったり文化祭とか部活動とかだったりするけど、一番楽しい時間を過ごしたのはただの日常だ。友達との普通の会話、普通の授業に、普通の放課後。その日に直面しているときは良かった日だったなぐらいだけど、終わってみるとそういった普通の日常が鮮明に思い出される。


 私達は二日間の文化祭どこにも行かなかったけれど、神崎君と話した、繰り返される日常と変わらない特別な日が特別な時間を過ごしたより、こっちの方が良かったと胸を張って言えた。




 去年の文化祭はクラスの方は大変だったけど、私的には大満足だった。ただ座って話した時間が、少人数でやった後片付けの時間が思い出となっている。だけどそれは私だけ。今年のクラスも去年と変わらずひどくなりそうな雰囲気が漂っている。


 「えー。それでは文化祭の出し物を決めていきたいと思います。今年の文化祭のテーマは……」


 文化祭実行委員に任命されたのは青山さん。ひどくなりそうな雰囲気が漂っているが淡々と進行していく。


 「質問いいすっか」


 説明の途中にもかかわらず声を遮り、一人の男子生徒が立ち上がった。


 「ひじょーに言いづらいんですけど、俺らのクラス大丈夫なんですか?誰とは言いませんが、ひとり混ざってはいけない人がいますし」


 誰とは言わなかったものの、視線の方向は定まっていた。神崎君の方を見てニタニタとし話を続ける。


 「去年のクラス酷かったじゃないですか。やりたい事も出来なかったようですし。可哀そうなんで誰とは言いませんけど、そいつがいたクラスから逃げてきた人メッチャいましたよ。クラスの方はつまんない、最悪だって。実際、始まってからも人は来ないわで酷かったですし、俺らのクラスは、今年は大丈夫なんですかね?」


 ざわざわざわ。


 男子生徒の発言にクラス内が騒めき始める。男子生徒の言い方には問題があると思うけど、多分みんな気になっていたことだ。文化祭に参加した者なら去年のあり様も知っている。今年たちは自分という意識があっただろう。今更ではない。一緒のクラスになった時点から気になっていたことだ。今まで口には出さなかったけど、男子生徒が発言したことで不安の渦が増幅した。


 「今年も自由にできないのかな」

 「最悪じゃん」

 「あいつと同じクラスになった時点でハズレだったのに」

 「命だけじゃなくて俺らの思い出まで奪うのかよ」

 「死ねよ」

 「参加すんじゃねーよ」

 「お前のせいで学校生活終わったわ」


 不安の声が徐々に膨れ上がり、次第に神崎君を罵倒する声に変わっていった。


 クズ。ゴミ。犯罪者。さっさと死ね。ありとあらゆる悪口が神崎君に向けられる。今年のクラスも去年と同様、同じ展開になってしまった。みんな自分の思い出が貶されることが嫌で、それを傷つけた者を許さないといった雰囲気になってしまっている。気持ちは解る。これは納得できるようなことではない。自然災害や不慮の出来事で仕方がないと割り切れることじゃなくって、他のクラスは自分と同じ目には合っていなくて、年に一回の学校行事を誰だって最悪の思い出にはしたくない。クラス内のほとんどの生徒が神崎君に怒りと軽蔑の視線を送っている。去年と同じ展開に私は呆れ、でも何も言い返さないでいる。ここで言い返してしまうと雰囲気が更に悪くなるし、言い返さないことが神崎君の為になる(昨年経験済み)


 神崎君は優しい。罰則以上のことを受け入れている。だから何されてもやり返さないし言い返さない。まるで関係のない人までに贖罪をしているかのように。今もみんなの気持ちを受け止めているかのように、この状況を、言葉を受け入れている。


 「みんな静かにして!」


 教室中が騒めき合う中、ある声がこの騒めきを鎮めた。その声は青山さんの声で、怒っていることはハッキリと解った。だけど怒りだけじゃなくて否定や打ち消し、叫んではいないんだけど透き通った声。たった一声だったけど、うるさいという注意する声ではないと理解できて、一瞬にして教室内のざわめきを鎮めた。


 「みんな静かにして。みんなの気持ちもわかるけどまずは最後まで聞いて」


 青山さんの声に誰もが驚いた。普段から真面目で学級委員長で、まとめるために注意することはあった。けれど、あくまで注意するだけであってそれ以外の意味は含まれていなかった。初めて聴いた青山さんの怒りの声。普段から聞いていて、普段とは変わらない文言。特別、相手を屈服させるような言葉は使わない。その青山さんがってみんな思っただろう。私も思った。ふざけていてちょっと怒っているところは見かけたことあるけど、本気でしかも察せるような口調は私たち全員の心に響いた。


 「今年の文化祭だけど出し物は自由。抽選があるから理想通りにはいかないけど、やること自体に制限はない。憶測で物事を判断するのと、みんなの気持ちはよく解る。だけど最後までちゃんと聞いて」


 怒った青山さんに誰もが驚き、その反動でみな静まり返った。文句を言っていた人たちも、顔だけはちゃんと青山さんの方を向いて話を聞いて、誰もコソコソとするような雰囲気はもうなかった。みんな青山さんの一挙手一投足、一言一声を気にして空気が張り詰めていた。


 「怒ってるわけじゃないけど……」


 青山さんもその雰囲気を察してか、顔を赤らめ事態の修習を図る。


 「せっかくの文化祭だし良い思い出にしたい。何度も言うけどみんなの気持ちもわかる。謝ってとか認めてとか言わない。だからせめてこんな嫌な雰囲気で進むのだけはやめて。文化祭だよ?楽しんでいこうよ。みんなで良い思い出にしてさ、打ち上げなんかもして。苦難苦労、準備も後片付けも笑っていられるようにしたい。ちょっとぐらいならふざけるのもはっちゃけるのもいい。振り返った時にやってよかったそう思えるように、暗い雰囲気より明るい雰囲気で、みんなで頑張っていきましょう」


 青山さんはもう怒ってはいなかった。それどころか最後に締まらないまとめ方をして張り詰めていた空気を断ち切って見せた。青山さんはニコッと笑っている。そんな青山さんを見てクラスのみんなも次第に普段通りになり、学校行事に関するホームルームの独特の雰囲気、リラックスと楽しさと期待を含んだ雰囲気へと戻っていた。


 「びっくりした」

 「よかった怒ってなくて」

 「青山さんの言う通り、せっかくなら楽しくしたいよな」

 「だな。打ち上げもしようぜ」


 青山さんのおかげでクラスはすっかり文化祭を楽しむ雰囲気になった。みんな意気揚々としていて出し物何をやろうか、準備のことだったり早いけど打ち上げのことだったり、みんなの夢見た文化祭に想いを馳せている。


 「はーいざわざわしない。今からいろいろ決めていくから。まずはクラスの出し物から決めていくね。案がある人はどんどん言ってね」


 青山さんは凄い人だ。クラスの雰囲気を戻せるほどの人物。誰かの為に動けて発言できる。青山さんが取りまとめてくれるとクラスに笑顔が増える。あれだけ神崎君のことで雰囲気が悪くなっていたのに今は何事もなかったようにみんな文化祭のことを楽しそうに考えている。青山さんもクラスメイトに振り回されながらもテキパキとまとめ、笑顔で楽しい雰囲気を作り上げている。だけど何故だろうか。神崎君が悪く言われていた時、哀しそうな顔をしていた。青山さんも良い人だけど神崎君に対してはちょっぴり冷たい。少なかれ注意するとは思っていたけど、あそこまでするとは思ていなかった。やっぱり良い人だね。青山さんは神埼君にはちょっぴり冷たいけど、いつか神崎君の良いところを知ってくれればいいなと思った。

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