夜よりも暗く(2)

 …、… ……。


(…誰だ?)

 遠くで誰かの話す声が聞こえた。内容は聞きとれないが、声が少し震えていた気がする。何故だろう。


(この声…)


 喋り方が誰かに似ている気がするが、どうしても思い出せない。

 その声はずっと、誰かと会話をしているようだった。


 耳を澄ます。

 普段では考えられないほどに、意識はその声に集中した。

 それでもなんだかはっきりしないその声は、だんだんとこちらに近づいてきているような気がする。


「…でね、…」


 断片的に、言葉を聞き取れた。


「私は、…」


_あ、





 ハッと目を覚ました。

 その拍子に机を蹴る。

 冷や汗、早まった心臓の鼓動がだんだんと落ち着いていく。


 (夢…、)


 教室の生徒の賑わいが、俺を現実に引き戻す。


 まだ少し頭痛はするが、寝不足の症状はだいぶ良くなった。それは良かった。良かったのだが…


(さっきの夢、あれは…)


 「い、樹くん!」

 「!?…」

 背後から名前を呼ばれた。不意に声をかけてくるものだから、驚いて椅子から飛び跳ねそうになった。

 声の主の方に振り向く。

「…どうした?」

 (あぁ…ダメだ…)

 緊張していると、言い方がぶっきらぼうになってしまうこの悪癖は、本当にどうにかしないといけない。

「な、何か用?」

 なんとか一言目の不機嫌さを払拭しようとするが、どうも上手くいかない。俺は頭の中で頭を抱えた。

 「あ、いや…その…」

 声の主は、同じクラスの気弱な女子だった。

名前は…



……。


 …まぁ、そういうこともある。


 そんな気弱そうな彼女は、明らかに普段よりもオドオドしている。たぶん、俺を恐がっているのだろう。なんだか申し訳ない。


 「え、えっとね、先生が…」


 オドオドはしているが、仕事はこなすタイプらしい。無駄な会話なく話の要点に触れてくれるのはこちらとしても(これ以上ボロを出さなくて済むから)ありがたい。


「…うん、」


 いいから落ち着いて話せ、という意を込めた相槌だったが、かえって急かしているように聞こえてしまったらしい。


「ぁ…えっと…職員室来いって、先生が、あっ、放課後に!…」


 そ、それじゃあ、と言って、彼女は逃げるように自席へ戻ってしまった。

 しどろもどろになりながら、俺に担任からの伝言を伝える様子が、頭に残る。そこまで怖がらせてしまったのか、となんだか申し訳なく思えてきてしまった。


 …というか、放課後担任に呼び出されるなんてなかなか無い。提出物でも出し忘れたか…?


 うーん…分からん、と思っていたら、教室のドアが開いた。入ってきたのは、なぜか担任ではなく日本史の教師。

 (あれ…担任はどうした?休みか?)

 日課通りなら、この後ホームルームがあるはずだが…。

 まさか…と思い、教室の時計を見た。


 (あぁ、やっぱり…)


 小さな伏線回収をされた気分だった。


 やけに寝覚めがいいと思ったら、それもそのはず。俺は、他の生徒が登校して、ホームルームが終わるまでずっと、爆睡をかましてしまったのだ。

 ヘナヘナと椅子にもたれかかる。もはや教科書を準備する元気も出ない。…準備するけど。


「はぁぁぁ…」


 溜息とともに、俺の一時限目は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜空に花を 東風雨 @co_tiu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ