第7話

 なぜアンドロイドが急に……そう思った瞬間、おろした髪が舞った。

 がきんっと音が鳴り響く。咄嗟に出した腕をおろしつつ眼を開けた。

「誤作動か?!」

 二型の振り下ろした腕は手首から先が刃に変わっており、ぎちぎちとヱマの義足と噛み合っていた。ぎっと歯を食いしばり、力任せに蹴って弾いた。

 その際に二型の眼が見えた。赤く、光っている。

「大和に連絡します」

「したってそんなすぐ停止できねえだろ」

「ほなどないせえっちゅうんじゃ!!」

 ヱマの胸ぐらを掴み、怒鳴った。普段見ない表情と声、そして自身の胸ぐらを掴む強さに驚きと僅かに怯えた色が見えた。

 まるでヤクザに絡まれた一般人のような色だ。

 南美はハッと息を吸い、手を離した。静寂が流れる。

 然しその隙を“大ぶりの攻撃で攻めた。”

 下も横も逃げ場がなかった。二人は咄嗟の判断で動いた。

 ヱマはテレビを掴んで二型に向かって放り投げ、南美は窓ガラスを無理矢理こじ開けると窓枠に足をかけた。

 事務所はビルの二階にある。大怪我は負わない高さだ。

 先に南美が飛び出し、その後にヱマが続いた。なんとか着地する。だが流石にエルフにそこまでの身体能力はない、脚全体に響く痛みに歯を食いしばり腰をあげた。

「まずい」

 華麗に着地したヱマが振り向きつつ見上げる。窓ガラスが丁度豪快に割れたところで、キラキラとネオンを反射した欠片がこちらを向いた。

 降り注いでくるのと同時に二型が飛び出してくる。痺れて動きが遅い南美の腕を掴み、無理矢理走らせた。

 二人がその場から離れた直後、ガラス片がアスファルトに散らばりどすんっと重低音が響いた。ガラス片は更に散り、アスファルトにヒビが入る。

「南美! どこに行きゃいい! この辺はお前の方が知ってんだろ!」

 息を弾ませながら声を張る。スカジャンを脱いだ状態の彼女の格好は寒そうで、白い息が何度も後方に流れた。

「この先を左に曲がれ、そこにタバコ屋がある」

 革靴が地面を踏みしめるたびにずきんと痛みが走る。ヱマは「分かった!」と答えた。

 周りの喧騒もネオンも何もかも通り過ぎていく。息が弾む。

「信じてるから、南美の事」

 喧しい歌舞伎町のなかでも彼女の声はよく聞こえた。しっかりと自分の腕を掴む手を見つめ、息を吐くと足を踏み出した。

 手が自然と離れる。振り向きもせず走り続けるヱマを見つめ、更に踏み出した。

 歌舞伎町の裏通りにあるタバコ屋は、普段南美が利用している馴染みの店だ。ぱっと見は小さいが地下に倉庫があり、二人は店主の案内でそこに逃げ込んだ。

 二人の激しい息遣いが反響する。ややあって外の様子を確認してきた店主が降りてきた。

「またとんでもねえもんに追われてるみたいだな。すげー騒ぎようだったぞ」

 戦闘用アンドロイドは基本公表されていない。その為誰もアンドロイドだとは思わず、改造したイカれた人間だと思って逃げ惑いパニックになる。既に通報も行っていることだろう。

「まあとりあえず、水しかねえけど」

 そう言いながらダンボールからペットボトルを取り出した。自分が飲むために買い置きしている物だ、それぞれお礼を言いながら受け取り喉を潤した。少し落ち着く。

「すみません、急に押し寄せて」

 息を吐きつつキャップを閉める。

「いやいいよ。常連だし。アンタは色々あるし。それよりあれ、大和が出動しそうな感じだけど……」

 片眉をあげる店主に二人は黙り、ややあって南美が説明した。あれは大和の戦闘用アンドロイドであり、元々いたドローンの代わりに護衛も兼ねて置かれたものだ、と。

 店主は驚きつつも「それで二人ともそんな格好なのか」と納得した。南美はベストを着ておらずネクタイもつけていない、ヱマはスカジャンの他に長いソックスも脱いでおり、素足でブーツを履いていた。

 とりあえず毛布を二枚受け取り、肩にかけながら息を吐いた。

「キョウカに、連絡ついたのか」

 少し間をあけつつヱマが問いかける。店主は外の様子を見るため上に戻っていた。

「一応。今対応中やと。なにせ五月雨がネットに潜ったままらしくて」

「またか。定期的に黙って長期のやつやるからな……」

 元公安長官であるヱマも早坂の気まぐれには呆れていた。いざという時に五月雨と連絡がつかず、公安と警察でなんとかサイバー犯罪の犯人を追い詰めた事は何度かある。

「まあ大和も慣れてんだろ、五月雨が居なくなんのは」

 キャップを外し、口をつけた。と同時にばこんっと大きな音が鳴り響き、続けざまに分厚い鉄の扉が吹き飛んだ。

 咄嗟に立ち上がる。コンクリートの上に水が溢れ出す。

「チッ」

 ヱマの舌打ちにゆっくりと二型が階段を降りてくる。ちかちかと一部のライトが点滅しており、その下で赤い瞳が二人を見つめた。

 戦闘用アンドロイドは紫外線や熱、また電波などを感知出来る。幾ら逃げ込んだところで完全にそれらを遮断できる素材に囲まれていない限り、アンドロイドは確実に追いかけてくる。だから戦闘用は絶対にハッキングをされないよう、かなり特殊な構造になっている、はずだ。

 だがどう見ても何かに操られているような動きだ。誤作動だとしたら二人に猶予はない。一瞬で首が飛ぶはずだ。

 妙な違和感にじりじりと後退しつつ、二人同時に近くにある棚を掴んで倒した。

 埃が舞い上がるなか背を向けて走り出す。地下の倉庫は広く、上手くまけば出入口に行けるはずだ。

 逃げながらヱマが棚を倒し、南美は適当に掴んだ物を投げて注意をそちらに向けさせた。動くものには反応しやすいからだ。先程も投げたかんざしに反応していた。

 倉庫の壁が見える。二人は眼と手だけで会話を済ませ、左右に別れた。

 棚の陰に隠れて見えないが二型からは問題なく見える。然し両方は追えないはずだ。牛頭馬頭モデルは二体で一つになるよう設計されており、一体だけでは行動に限界がある。

 案の定その場に固まった。二人はそれぞれ二型を確認すると足取りを速め、出入口の方向に急いだ。

 先に南美が階段に横から飛び乗り、駆け上がる。振り向いてヱマの姿を確認した。次に二型に視線を移した。

 瞬間、こちらに向かって走り出した。ゾワッと恐怖が駆け巡る。

 咄嗟に右手を脇の方にやったが勿論拳銃なんて持っていない。

「しゃがめ!!!」

 一瞬固まった思考に彼女の声が響き渡った。脳が直接その声を全身に伝え、崩れるように膝を折った。その頃には二型が腕を振り上げ、彼の目前に迫っていた。

 然しヱマの気合いの入った声と共に、二型が吹き飛ばした鉄の扉が回転しながら空中に投げ出された。

 腕が振り下ろされる。前に扉が二型の背中に当たり、仰け反ってバランスを崩した。階段を転げ落ちる音と、扉が南美の上を過ぎて壁を破壊する音は同時だった。

 二型が動き出す前に二人は店の外を目指した。その際にふっと視線をやる。カウンターの陰から店主の足だけが見えた。僅かに血溜まりも確認できる。

 咄嗟にここを選んで頼ったが間違いだった……南美は苦虫を噛み潰したような顔で視線を外し、足を踏み出した。

 通過しかけていた自動運転のタクシーの前に飛び出し、無理矢理停らせるとすぐに乗り込んだ。AIは警告音を鳴らし、この車は回送だから無理だと言った。

「いいから大和本部に行け! 後の事は大和がなんとかするからよ!」

 ヱマの怒声に近い大声にAIは黙りこみ、ややあって『大和本部まで向かいます』と事務的に返した。

 ほっと息を吐き出し座席に身を預ける。

「はあ……まさか大和のアンドロイドがあんな」

 若干汗ばんだ首を触り、「あっつ」と呟いた。

「またキョウカ、気にするだろうな」

 看護師の件に続いて、護衛用に置いたアンドロイドが暴走しはじめた……ヱマは南美の方を見ながら言ったが、彼の悲しげな横顔に眼を丸くした。

「南美?」

 ヱマは先程の店主の様子を見ていなかった。彼の肩にそっと触れる。

「今まで、一般人が巻き込まれようがなんとも思わんかった」

 もし刑事としてあの場にいたとしたら、横眼で見てそれで終わりだった。

「歳かな」

 溜息を吐く。俯いた彼の背中に触れ、軽く抱きしめた。南美も人間だ、そこまで冷たいわけではない……。刹那、

 破壊音と共に衝撃が車内を駆け巡る。内臓が浮遊したあと、だんっと後輪がアスファルトに叩きつけられた。

「いっ……たあ」

 抱きしめたお陰で南美を咄嗟に守る事が出来たが、その代わりに首を痛めてしまった。ずきずきと内側から痛みが来る。

「大丈夫ですか」

 車の前側は完全に潰れており、AIの乱れた音声が繰り返し何かを言っていた。無駄に開かれたエアバッグが僅かに萎む。

「大丈夫大丈夫、それより……」

 周囲を見渡し、ドアに手をかける。瞬間、車が宙に浮いた。そしてそのまま投げられる。車は縦に回転しながら地面に向かい、潰れたフロント部分がかすったあとゴロゴロと転がって仰向けに停まった。

 その間にガラスの破片や部品がちらばり、僅かに血痕のようなものも見えた。

 ぱきんっとガラスの破片が割れる。光学迷彩で姿を消した二型がゆっくりと近づく。

 車の歪んだドアが外れ、その場に倒れた。そこからヱマが顔を出し、微妙に見える足元の影に牙をむき出した。

「あのクソメカニック……モデルのことばっか話やがって……!!」

 もっとちゃんと説明されていれば、もう少しマシだったかもしれない。片眼を瞑りながら近づいてくる影を睨みつけた。

 二型の暴走はとっくの昔に通知が来ていた。然し全く大和のネットワークに接続出来ない。何度強制停止用コードを打ち込んでも、二型どころか他のアンドロイドやロボットさえ止まらなかった。

 牛頭馬頭モデルを設計、制作したAチームは一方的に送られてくるデータに頭を抱えていた。断続的なデータにはサーモグラフィーで映し出された二人の後ろ姿は勿論の事、例の店主を殺害した際の乱れた視界映像もあった。

 ヱマにモデルの話をしたメカニックは顔を真っ青に染め上げ、呆然と絶え間なく送られてくるデータを見つめていた。その時、どんっと衝撃が走る。

「貴様、二型の調整は事前にしたよな」

 ぐっと襟元を後ろから掴み、無理矢理振り向かせた。眉間と鼻に皺が寄った田嶋の顔が影になり、眼光が突き刺すようにメカニックを見つめた。

「し、しししました、その時の、記録も、」

 震えた声に田嶋は「だったらなぜ暴走している」と吐き捨て、手を離した。狼の力はそれなりに強い、引っ張られてぐしゃぐしゃになった作業着を震えた手で戻した。

 深く苛立った溜息を吐く。

「五月雨と連絡は取れないのか、まだ」

 電脳を通じて幹部に問いかける。問いかけるというよりも殆ど尋問しているような圧があった。大和全体が緊張感と爆発寸前の粉塵で満たされている。

『全く……そもそも繋がりません。やはり陰山長官が奴の命令を、』

「それはない。義体男は公安長官だから丁度いいと思って狙ったのだろうが、第四に穴を開ける程の技術はない。彼の経歴を軽く調べれば、サイバーは不得意だったと分かるはずだ」

 以前、南美に関して義体男に質問をした事がある。その際、やけに彼の消された名前ばかりを話していたが、タオウー関連の事件である新宿区警官殺害事件の被害者かつ、目撃者である、という事は知らなかった。田嶋が話してやっと「ああ、それであの傷」と納得したぐらいだ。

 田嶋の推測では奴は琉生ヱマ以外には全く興味がなく、あくまでも彼女を追い詰める為の道具としか思っていない。勿論自分の事もだ。

 恐らくザッとデータを流し見して、その人にとっての弱点だけを見つける。それが南美では名前、田嶋では南美との思い出になり、陰山長官の場合は現在進行形である妻と娘になった。

 だから余計に過去は探らなかったかもしれない。根っこから興味がないからこその詰めの甘さ……公安長官という存在をヱマしか知らないからこその詰めの甘さだ。

 長官だった頃の公安がサイバー方面でも強かったのは、彼女の傍に春山ハルカという存在がいたからに過ぎない。然し義体男はハルカの事も大して見なかっただろうし、タイミング的にヱマに執着する前に殺した。

 そうなれば公安長官の力量によって決まると考えるだろう。第四は各トップの力量に大きく左右されるから、誰もがそう考える。

 正体不明な不気味な男だが、冷静に見てみるとハリボテなのが分かる。

「とはいえ、そういう命令があった事、義体男が第四のネットやシステムを狙っている事は事実だ。それを一番第四のネットと繋がっている早坂が察知して既に動いた、と私は考えた」

 だがいくらなんでも音沙汰がなさすぎる……田嶋はそのまま幹部に対して指示を飛ばした。

「一度五月雨本部を強制捜査する。第四に申請しておいてくれ」

 原則各本部への捜査や捜索は禁止されており、トップの死亡が確認された場合にのみ許可される。今回の場合は早坂の行方自体が不明……普段の行動のせいで却下される可能性は十二分にある。

 幹部の返事を聞いたあと、田嶋は眉根を寄せたまま振り向いた。慌ただしく行き交う人間と、赤いエラーという文字。

 二型だけがおかしい訳ではなく、大和のAIやロボット全般になにかしらの影響が出ている。大和のネットワークに問題が起きているのか、第四になのか。

「義体男は潜れないはずだ……」

 奴はネットの海から引き上げ別の水槽に隔離してある。なのに、背後から奴の嘲笑う声が聞こえてくる気がする。

 田嶋は苛立ったままその場から立ち去り、自身も大和の海に潜って原因を探った。

 然し誰も気がついていなかった。勿論五月雨の幹部や隊員達も、今の早坂が何者なのか気がついていなかった。ただ彼女の言う通りに動き、首を傾げながらも命令に従い……そして意図せず第四の防壁を破壊した。

 最初にターゲットとして選ばれたのは大和のロボット制御システムであり、戦闘用アンドロイドである二型が護身用として南美の事務所に設置されたのを知り、早坂のような何かは二型に積まれたAIを遠隔で弄り倒した。その結果、二型は南美とヱマの二人を敵として認識、後は制御システムにバグを発生させ、大和が頑張っても二型を停止出来ないようにした。

 だが殺したい訳ではない。二型からの視覚映像を確認し、早坂のような何かはそのまま二型のAI、人間でいう脳みそを焼き切った。

 ヱマの視界では、アンドロイドの頭が急にぱんっと弾け飛んでいた。辺りに機械の破片や冷却用のジェルが飛び散り、顔の皮膚も剥がれて目玉が丸出しになった。

「は……?」

 頭からはぷすぷすと黒い煙が昇り、焦げた嫌な臭いが漂ってきた。ヱマは眉根に皺を寄せながらも、同時に火の臭いを感じ取った。

 振り向くと車のボンネット部分からちろちろと火が見えていた。

「やべっ!」

 まだ中に南美がいる……! 無理矢理にでも脚を引き抜くと何かに引っかかったようで、ざっと皮膚を切ってしまった。鋭い痛みを感じつつも立ち上がり、ひっくり返った車に手をかけて持ち上げた。

「ぐっ……そおもてえ……!」

 幾ら鬼とは言え、何トンとある車体を持ち上げるのは難しい。しかも誰も助けてくれようとしない……。

 脚の痛みと腕や肩にかかる車の重さ。歯を食いしばってみても腕が震えるだけだ。

「みなみっ、おきてくれっ」

 然し種族の差だ。鬼は気絶しても回復が早いがエルフはそうではない。どれだけ彼が鍛えたところで根本的な部分は変わらない。

「だれか、見てねえで、たすけてくれよっ……!!!」

 ここ近年、野次馬根性は強くなっている。動画をネットにあげればバズるからだ。しかもWhite Whyの二人となれば尚更。

 ヱマがぎゅっと眼を瞑り、腕の限界を越えようとした時。ふっと軽くなった。

 そうして重たい音をたてて、ぐしゃぐしゃになった車の四輪が地面についた。

「全く、長官はどいつもこいつも人使いが荒いのお。のお、ヱマちゃん」

 ぱっぱっと手を叩きながら振り向いたのは、大阪にいるはずの極道、境井だった。

「な、なんで、アンタが」

 眼を見開きその龍の髭を見た。

「なんでって、そらあ分かるやろう。元長官やねんから」

 ぐっと腰を伸ばし、境井は溜息を吐いた。

「わかんねえっすよ……」

 左脚の痛みにしゃがみこむ。その様子を見て腰をさすった。

「随分と、その男に牙抜かれたんやのう」

 よっこいせと南美の近くにしゃがむ。すると境井は紫色の髪を掴みあげた。ヱマが咄嗟に「なにしやがる」と叫んだが、緊張の糸が解けたのかがほっと咳を漏らした。

「まあまあ、落ち着けや」

 境井は南美の襟元を掴み、もう片方で頬を叩いた。

「おい、起きろ。こんなんでへばる程弱ないやろ」

 まるで知っているかのような口ぶり、二人の横顔を交互に見る。元々南美が兵庫の特例地区生まれだというのは知っているが……。

 その時、うっと彼の顔が歪み眼を開けた。白い眼が境井の顔を見た。瞬間、どんっと鈍い音がした。

 南美は起きて早々、頭突きをかました。自身のワイシャツを掴む境井の太い腕を掴み、額を合わせたまま睨みつけた。その白い眼は獣のようにどす黒い。

「クソやろう、おどれの仕業か」

 額から流れてくる血が目元を過ぎる。ヱマは本能的に身を退いた。だが組長は笑った。

「相変わらずじゃのお、南美のせがれはあ」

 心底面白いと言いたげな声に彼の唸り声が続いた。然し車が猛スピードで来るとブレーキ音を奏でてとまり、中から顔に傷のある男が拳銃片手に飛び出してきた。

「南美い! 手え離せえ!」

 組長がいるという事は、勿論若頭もいる。そいつの気迫に南美は舌打ちしながら手を離し、額も離した。

 ややあって境井がよっこいせと立ち上がり、銃口を下げた若頭が近くによった。

「せがれ、話は後じゃ。お前ら二人ともボロ雑巾みたいや。ワシらの車に乗れ」

 よく見るとぞろぞろと他の車も周囲に停まっていた。ヱマはざっと見渡してから南美に視線をやる。とても警察に身を置いていた人間には見えない。

「南美、こいつらは信用でき」

「お前ヤクザと知り合いなんかええ度胸しとるの」

 ドスの効いた声。びくっと身体が震えた。先に立ち上がった南美は足を引きずりながら、組の若い連中からの手助けを威嚇だけで制した。そのままワゴン車の後部座席に座る。

「ヱマちゃん、年寄りのお節介かもしれんがなあ」

 まだ腰をとんとんと叩きながら続けた。

「好きな男とは一回、腹あ割って話した方がええぞ」

 ふっとヱマを一瞥すると、若頭に付き添われながらセダン車に向かった。

「腰いわしとるってのに、はあ」

 ヱマはまだ残っている悪寒に震えた。喧嘩とは全く違う、本気の敵意だった……。

「話す、か」

 そういえば自分の、長官時代の事は殆ど話していなかった。というより意図的に隠していた。無論境井組との繋がりはより意識して秘密にしていた。

 然し同時にそれは、南美を信用しきっていないという証拠でもある。そして信用しきっていない理由は、彼の刑事だった頃より前の素性が一切分からないからだ。

 裏表が激しく、どこか人間離れした狂気を孕んでいる彼のその原因がヱマには見えていなかった。やんわりとしたイメージだけで明確な輪郭は全く見えていなかった。

 彼の事を理解しているようでしていない。分かっているのは上澄みの部分だけだ。

 南美に絞められるかもしれない……だが話さなければ進むものも進まないだろう。

 然し秘密厳守なのが公安だ。特に長官とはそういう生き物。

 いざその場面に直面すると考えると手が震えた。

「どうやって、話せばいいんだ」

 車の揺れなのか自分の震えなのか、分からないまま呟いた。

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