第4話 呪縛師のワナ



「…………!?」


 斎藤は二つのことが信じられなかった。


 一つめは、少女が銃弾を指で受け止めたこと。


 強化の魔術を得意とする異能者であっても、考えにくいような桁外れの反応速度と筋力である。

 二つめは、吸魔の魔術が込められた銃弾を素手で触れ続けていることだ。


 普通の異能者であれば、ものの数秒で体中の魔力を吸い上げられるだろう。


 これを可能にしていたのは、真緒が持っている桁外れの魔力量だ。

 Bランク異能者の使用する魔術では、真緒の中の魔力を吸い切ることが不可能だったのである。



(絶対におかしい。オレの魔術は、完璧だったはずなのに……!)



 ライフルに込められている銃弾を確認してみる。


 やはり、魔術には問題がない。


 であれば、ターゲットが吸魔の魔術に対抗できる特別な魔術を発動していると考えるのが妥当だろう。

 異変が起きたのは、斎藤が、一瞬だけ目を離した直後のことであった。



「ほう。面白い。これが、この世界の武器か。ワシの世界では見ない形状じゃな」



 不意に背後から少女の声が聞こえてくる。

 気が付くと、背後を取られていた。



「ちょっと借りるぞ。この世界のことを知っておきたいからの」



 何時の間にか、手にしていたライフル銃までも強奪されている。


 信じられない出来事が目の前で起きていた。


 ターゲットが元々いた位置から、このビルまで200メートルは離れている。

 動きが早い、とか、そういうレベルを超えている。

 斎藤にとって、未だかつて見たことのない異次元のスピードであった。



「そうか。分かったぞ。お前、強化の異能者だな?」



 動揺を悟られないよう斎藤は、努めて冷静に言葉をかける。



「はて。なんのことじゃ?」



 斎藤の質問を受けた真緒は、とぼけたような言葉を返す。

 真緒は初めて見るライフル銃に興味津々の様子であった。



「惚けるな! さっきの狙撃に対する反応速度! そして、一瞬で、オレの背後に回った移動スピード! 強化の異能者にしかできない芸当だ!」


「???」



 説明を受けるが、あまりピンとこない。

 この世界は真緒が元いた世界とは異なる独自の魔術体系を築いていたのだ。

 

 魔術をカテゴライズするシステムは、真緒の元いた世界には見られなかった風潮であった。



(惚けているが……。間違いない。コイツは強化の異能者だ!)



 斎藤は思案する。

 この世界において、異能者の使用する魔術は、全部で7系統に分類される。


 それ即ち、強化、属性、神聖、呪縛、召喚、創造、異端の7種類だ。


 異能者によって、得意な魔術系統というのは、異なってくる。



(恐れることはねぇ。コイツの異次元のスピード。何か、複数の『限定条件』をつけているはずだ。それ以外には考えられん)



 真緒の異次元のスピードを説明するには、強化の魔術で、身体能力を底上げしていると考えるのが妥当だろう。

 魔術の中には幾つかの『限定的な条件』をつけることによって、効果を増すものも存在しているのだ。


 であれば、必要以上に恐れる必要はないだろう。



「相当な使い手と見たぜ。だが、残念だったな。いいか。オレは呪縛(じゅばく)の異能者だ。教えてやるよ。安易にオレのテリトリーにやってきたのは大きな間違いだ」



 斎藤にとって、この状況は、むしろ、願ってもないものであった。



「このビル全体に『魔封じ』の結界を張っている。オレは魔術を使えるが、お前は一切、魔術を使うことができない。強化の魔術も含めてだ」



 斎藤が宣言をした次の瞬間。


 二人のいるビルは全体が禍々しい魔力に包まれていくことになる。

 

 大規模な『魔封じ』の魔術は、呪縛の魔術を得意とする異能者であっても、容易に発動できるものではない。

 斎藤が魔術の設置に半年以上の月日をかけて、ようやく完成させた特別なものであった。



「どうだ。これでお前は得意の強化を使えないぜ。一方、オレは、コイツを使って好きなだけお前の魔力を吸い取ることができる」



 そう言って斎藤が懐から取り出したのは、懐に忍ばせていた短刀であった。

 この短刀には先程、銃弾と同じように、吸魔の刻印が施されている。

 

 先程、銃弾に込めたものより強力な魔術だ。

 

 相手が規格外の魔力量を誇る生物であっても一定の効果は発揮するだろう。


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