第10話

 ダンと会う日の深夜遅くに一件のメッセージが届く。

〈オサジから聞いたけど、私抜きで、みんなでジュンさんの家行ったんだってね 普通そういうの声かけるものだと思う〉

 ユズカからだった。

〈たしか予定あるって言ってたから聞かなかった、気分を害したならごめん〉

 そう返信するけれど、すぐに既読は付いたものの返事はなかった。


 ダンとの待ち合わせ場所に少し早めに着いてしまって、時間をつぶすのにスマホを見ると、

〈返信遅くなってごめんね 今日通話できるかな?〉

 ユズカからメッセージが届いていた。

 もうすっかり終わった話かと思っていたわたしは面倒だなと思うけれど、まあそんなものかと諦める。

〈今日は多分遅くなら大丈夫だと思う。24時以降とか。明日夜も同じかなあ〉

〈じゃあ24時に電話するね〉すぐに返信がある。

「お待たせ、早かったね」

 ちょうどその時、予定時間より2、3分ほど前にダンは現れた。

 店に入って「19時予約のイノウエです」と、ダンが店員に話し、そこでダンの苗字を知る。

 二人でスーパーから帰った日のあと、食べ物の好き嫌いを聴取され、特に好き嫌いはないと答えた結果、ダンが好んでよく行っているという、カジュアルな鉄板焼き屋兼居酒屋のような、活気のあるこのお店に連れてきてくれたのだった。

 席についてダンがハイボール、わたしがレモンサワーを注文する。

「ここ高くないのに何頼んでも美味しいんだよね」ダンが言う。

「特におすすめなのはどれ?」

 ダン厳選の数品を聞いて、それらとメニューを見て気になったいくつかを注文する。提供された料理はたしかにどれも美味しくて、お酒も話もすすんで、楽しくて仕方がなかった。

 ダンとの会話は時事ネタから芸能ニュースについての話、今流行りのものについての話、世代共通の懐かしい話、くだらない話やふざけ合いがベースで、それがすごく楽で心地よかった。いきなり自分の身の上話や他人の噂話をしなくても済むということ、個人的な話や半径数メートル以内の身近な他人の話をせずとも、場が成り立つというか、それだからこそ楽しいと思える他人との関わりの貴重さ、かけがえのなさは、出会いが大幅に増えた大学生活という環境のなかで特に実感したことだった。

 注文した料理を食べ終わって、三杯目のレモンサワーがグラスの三分の一くらいの量になっているのを眺めながら、

「ここ混んでるから長居しちゃだめだよね、もっと一緒にいたいんだけど」と言うと、二軒目に行こうという話になる。

 お互いグラスの中身が空になるまでの時間で、二軒目に行きたいところをスマホで調べて、行く店を決めた。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 ダンがお手洗いへ行った。その間、わたしは手持ち無沙汰でインスタのストーリーを眺める。


《なんで私だけ?!?普通声かけるよね???ちょっとくらい声かけろよ 本当意味わかんない》

《人が許可なく動画撮ったからって仲間はずれにするの、幼稚すぎるよ》

 ユズカが黒い背景に白い小さな文字で投稿しているのを開いてしまい、唖然とする。もう既読をつけてしまったし、と思って怖いもの見たさで次の投稿も恐る恐る開く。

《もう、あの人たちと同じ土俵に立つのやめた 自分までひどい人間になりたくない》

 ユズカがたどり着いた結論に驚き、ドン引きしてしまった。

 え???予定があるからって自分から帰ったんじゃなかったっけ……、しかも約束してたわけじゃなくて、後片付けをして、その流れでジュンさんの家に行くことになっただけなのに……、ユズカはぶいて遊ぶだなんて一切思ってないのに何事……と思って、まだ切り取り線状になっている未視聴の投稿がいくつもあるけれど、それはもう開かず、知り合いと繋がる用のアカウントではなく別のアカウントへ切り替えた。

 そのアカウントは社交辞令の“いいね”ではなく自分の感性から“いいね”と思える投稿をしている、会ったことのない人だけをフォローしているアカウントで、そこに表示される安全な投稿で気を取り直した。

 ダンが戻ってきて「じゃあわたしも」と、入れ替わりでお手洗いへ立つ。

 わたしが席へ戻ってくるとダンはすでにお会計を済ませてくれていて、そのデートっぽいやりとりにうれしくなって「ふふ、ありがと」と勝手に少し照れながらお礼を言うと、ダンもうれしそうに笑った。


 二軒目に行ったのは25時まで営業しているカフェで、夜になるとアルコールの提供も行っているタイプのお店だった。

「何頼む?」ダンが尋ねる。

「コーヒーにしようかなぁ」

「お酒じゃなくていいの?」

「うん、今日ね、そういえばこのあと深夜0時に大学の子と通話しなきゃいけないんだった」

「なにその謎の予定」ダンがあきれたように笑う。

「ほんと謎の予定だよね」と、わたしも笑う。

「男?」

「女、の子」

「何の話をわざわざ深夜0時にしなきゃいけないのさ、だいたいその時間から始まる通話って寝落ち通話くらいじゃないの……」

「ほんとそう。でもなんか先延ばしにしたらもっと面倒かなって」

「あぁ、やっぱり面倒系のやつなのね」

「そりゃそうでしょ」

「そりゃそうだよなあ……」

 いつの間にか話題は変わっていて、そのあとも他愛のない話をして楽しく過ごすけれど、謎の予定のおかげで、名残惜しさを残しつつもそれぞれ自宅へ帰る。

「じゃ、通話がんばってね」

「うん、ありがと。またね」


 ダンと解散して一人自宅へ帰ると時刻は23:50で、先にシャワーを浴びてしまいたいなぁと思うけれど10分ではシャワーを浴びるのがギリギリで、ドライヤーで髪を乾かすまでの工程は終わらず、濡れた髪で通話をすることになるなぁと、シャワーを諦めて拭きとりタイプのメイク落としで先にメイクオフだけをする。

 ユズカからの通話は約束の時間ぴったりにかかってきて、身構えながら通話に応じる。

「アヤから聞いたけど、はやとちりしちゃってごめんね」

 もしもし、その次の言葉が謝罪で、拍子抜けする。

 どうやらすでにアヤと何らかの形で話をしていたようで、そこでアヤにそんなつもりではなかったことを説明されたらしかった。

 わたしはよかったけれど、ユズカをあの態度からこの態度に変化させたアヤは大変だっただろうなと気の毒に思った。

「ううん、こちらこそ気が利かなくて、ごめんね」

 もう今度こそ終わりにしてくれと願いながら、通話を終える。

 時刻は0:07で、思いがけず短く済んだ通話に、たった数十歩の距離に住んでいるダンにどちらかの家で飲み直さないかと、連絡しようかと思うけれど、すでにメイクを落としてしまっていたことを思い出し、もう今日は早く寝ようと、シャワーを浴びて髪をしっかり乾かして、眠りについた。


 翌日、大学の授業が5限まであって、そのあとアヤと二人で夜ご飯を食べる約束をしていた。

 ダンと同じように、アヤとは一緒にいるだけで楽しくて、とりとめのない会話であっという間に時間が過ぎる。

 そろそろいい時間だなという頃、一応聞いておくかと思い、ユズカの話を切り出す。

「ってかさぁユズカ……、やばくなかった?」

「え!スイちゃんも電話かかってきた??」

「あ、うん。それもあるしインスタ見た?」

「いや、見てない。なんか変な投稿してた……?」

「あ、見てないのか……、うーん、なんか……だいぶ荒ぶってたね」

「そうだったんだ……」

「そう、それで、昨日わたしもユズカと電話したんだけど、その前に電話していいかメッセージで聞かれて、ちょっと予定あったから深夜0時以降なら平気って言って、深夜0時に電話したのよ」

「あ、じゃあ私の方が先だったんだ」

「そうそう。大変だったでしょ?」

「すっっ、っごい大変だった。泣かれたし」アヤは苦笑する。

「まじか。長電話になった感じ?」

「ほんっと長かったよ。多分一時間以上喋ってたかな」

「そうだったんだ……」

「スイちゃんも?」

「いや、わたしにかかってきたときは、もう改心?してたというかトーンダウンしてて、第一声で謝られたのよ『アヤから聞いたけどごめんね』って。だからアヤは大変だったんだろうなぁって思って」

「そっかぁ、元々多分私とのあの件があってのこの感じでもあったはずだから、スイちゃんにまで被害が及ばなくてよかった……、でもほんっとびっくりだったよね……」

「そうだよね、こういう人もいるんだなぁって」

「ほんとだよね……」

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