第2話

 大学生活も一ヶ月ほどが経って、なるべく先入観を持たないように、と努力してきたけれど、オサジが入学式のときに言っていたこと、疎外感というものの存在は否めないのかもしれない、むしろ持たなければいけないのかもしれない、とすら思えてきた。

 大学という場所は、もっといろいろな人が雑多に集まっているところだと思っていたけれど、そうあってほしいとどこか期待していたけれど、自分の想像をはるかに超えるくらい似たような属性の、価値観の、振る舞いの、感性の、そういう同質性の高すぎる場所のように思われた。なんならオサジよりもわたしの方がだいぶ疎外感というか、部外者感があるんじゃないかとさえ思った。


 大量にもらった新歓のビラの中から、気になるいくつかのサークルの新歓イベントへ参加してはみたものの、参加したすべてのサークルで出身高校名を尋ねられた。全体で行う自己紹介の項目の一つとして、それから個別の話題として、必須項目と言っても過言ではなかった。

 それは例えば、東京出身の人が地理的には遠い、北海道出身や沖縄出身の人にも出身高校名を当たり前のように尋ねるといったものだった。

 そのことは、出身高校の話というのは、地元が同じ人同士の同郷トークの話題の一つと認識していたわたしにとっては衝撃的だった。

 地理的に、ではなく全国の高校を偏差値的な区切りで捉えているようだった。高偏差値帯、という区分で、全国がひとつになっていた。

 出身高校名を聞かれたあとは、入試方法は一般入試か推薦入試か、一般入試だとしたら現役で入ったか浪人したかを聞かれるのが通例のようだった。

「大学なんて馬鹿のボンボンが遊びに行くところでそんなところになんて行かせねえよ、そんな金、俺は出さねえからな、高卒で十分だ!」という、あまりに乱暴な“家訓”と「まずちゃんと高校を卒業し切るのが大事なんだからとにかく通学しやすい高校にしなさい」という、中学を休みがちになっていたわたしに向けた懇切丁寧な“助言”のもと、ただ実家から一番近くて学費が安いという理由で進学した大学進学率が六割ほどの公立高校を一年生の夏に中退した後、高卒認定を取って二浪相当の年に一念発起して大学受験をした自分は肩身の狭い思いがした。

 同じ高校の卒業生なんて、同じ大学には一人もいなかった。一人迷い込んでしまった自分は場違いだと思った。

 周りはほとんどが進学校と呼ばれる高校出身の、少なくとも中学生の頃から、なかには小学校低学年の頃から、塾通いをするなどして勉強を重ねてきた、大学進学が当たり前に予定されて育ってきた人が体感九割五分といったところだった。

 きっとそういう努力と資質が大切にされて、それらがきちんと学業という場で報われる、その点においては単純化された環境の中で育ってきた人たちにとって出身高校名というのは、大学入学までのその人のがんばりから能力、大まかな趣味嗜好までの、人物像のほとんどを可視化する証であり、勲章でもあり、初対面の人にまず高校名を聞くのは、仲間かどうかの判断材料、序列意識の強い人であれば、自分より上か下かの順位づけの指標として、よく機能するからなのだろうと思った。

 世の中には、勉強が好きかどうかやその出来によらず、大学進学が当たり前に予定されている人と、贅沢品の人とがいる。大学に入ることが人生のレールの上に当然に存在する人と、人生のレールを外れることの人とがいる。どの地域に、どんな親のもとに生まれるかということの人に対する影響力の大きさをまじまじと見せつけられたようで嫌気が差した。こんなことを目の当たりにするためにここへ来たのだろうか、と思った。




 オサジとはあのあと、科目登録をどうするかの話をしたり、どのサークルに入るか話したり、時間が合うときには一緒にお昼ご飯を食べたりしていた。

 お互い興味があって、一緒に行くことになったとあるサークルの新歓バーベキューで、自己紹介のときにやっぱり出身高校名を必須項目としてあげられていたからオサジも出身高校名を言った。

 すると、

「お~、○高!」

 おそらく同じ高校出身の、二年生の男性部員二名から声があがる。

「名門!」

 続けて彼らは飲み会のコールみたいにそう言った。

「二浪だとダイチさんと同期じゃね?いや、ダイチさんは一個上なのか」

 そう言って、彼らは内輪の話を始めた。

 どうやらそのサークルの四年生のダイチさんという人物もオサジと同じ高校の出身らしかった。


「オサジって名門の高校に通ってたんだね」

 その帰り道、オサジに言う。

「いや、ジショウシン、だよ」

 わたしはその言葉の意味がさっぱりわからなかった。

 最近やたら使う人が増えた言葉、“自尊心”の聞き間違えかと思って、落胆しかけた。でも何をがっかりしちゃってるんだろう、とその自分にこそ落胆した。

「ん?自尊心……?どういうこと?」

 できる限り明るく尋ねる。

「進学校だと自称している高校、自称進学校こと『自称進』だよ。自尊心でもあながち間違いでもないかも」

 オサジは自虐的に笑った。

「……なんかごめん」

「思ってないだろ」

 オサジはわたしの頭にチョップするふりをする。

「なんか古、」

「ヤメロ」

 棒読みな言い方で返ってきて、二度目のチョップが今度は軽くわたしの脳天に触れかけたところでそれを振り払ってオサジを軽く睨みつける。

「ねぇ、わたしさっきみたいに自己紹介で高校は高認とりました!って言うと、ちょっと引かれる感じだし、中退した高校がどこかわざわざ個別に問いただしてくる子もいてさ、別に有名でもなんでもない田舎の公立高校だから、気まずいんだよね。この前行った新歓なんか、一年の男子の一人がしつこく出身高校名を『どこ高?』って聞いてきて、仕方なく教えたらどうやら部活の練習試合かなんかで偶然来たことがあったらしく知ってて『えっ、バカ高じゃん』と吐き捨てられて、しまいには『でもそこからここ入るのすごいじゃん』なんて、言われちゃったからね。なんなん、学歴マウントの三段跳びか、って」

 ふざけた口調でチョップを返すふりとともに、でもずっと心にひっかかっていたことを愚痴る。

「お見事なホップ・ステップ・ジャンプだな。でも俺もあれよ?今日、俺の出身高校のくだりのあとのこと見たっしょ?」

「うーん、なんかあったっけ?」

 思い当たる節はあったものの、とぼける。

「同じ高校出身のやつの『誰々さん知ってる?』っていうのに全然答えられなくて、中学と高校の部活聞かれて、帰宅部ですっつったら、謎の間ができて、新入生の自己紹介の後に一言コメントして場を回す役のやつに『あっ……、なるほど』って苦笑いかまされながら次の人の番になったの見なかった?」

「うーん、見たかもしれない」

「自称進なのに二浪だしさ。スイはあの場ではあいつに『高認!レア!』って一言言われただけだったじゃん」

 高認!レア!も決していいものではないけれど、たしかに今回のダメージ度合いに関してはオサジの方が大きいような気がした。

「もうわたしサークル入るのあきらめよっかなぁ」

「俺もそうだな。中高ずっと帰宅部だし、ここは潔く撤退が吉かもな……」

 オサジは遠い目をするふりをしてみせた。

 バーベキュー会場からの帰り道の川沿いの道で、ちょうど夕暮れ時だった。

「オサジ、なんか背景夕日でいい構図だよ、写真撮ってあげようか?」

「え!まじ!?撮って」

 夕日を背景に決め顔をしたオサジの横顔を数枚写真に撮った。

「いいじゃん!ありがと!!スイ写真撮るのうまいね」

 オサジはそう言って満足げだった。

 その夜、オサジからLINEが来て、その写真をLINEのプロフィール画像に設定したとの報告だった。

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