第26話 本物の地鶏が語るもの

早朝の炭火庵。店内に柔らかな朝日が差し込み、静かな時間が流れていた。新メニューの試作を終えた翌日、吾郎は炭火を整えながら深呼吸をした。炭火の赤々とした輝きが囲炉裏の中で揺らめき、吾郎の顔を照らす。炭火と向き合うその眼差しには、30年を超える料理人としての覚悟と、新たな一歩を踏み出す決意が宿っていた。


この日、炭火庵ではついに新メニュー「炭火焼地鶏の柚子添え」を提供することになった。塩見と茜も、記念すべき瞬間を見届けるために店内の一角に座っていた。


「いよいよですね、吾郎さん!」

茜が明るく声をかけると、吾郎は照れたように笑みを浮かべた。「まだ試作の段階と同じ味が出せるか、不安です。」


「それでいいんだよ、吾郎。」

塩見が静かに言った。「料理は完成形ではなく、その都度素材と向き合い、作り手が試行錯誤し続けるものだ。その姿勢こそが、お前の料理を本物にしている。」


最初にやってきたのは、地元の若いカップルだった。炭火庵の雰囲気に少し戸惑いながらも、茜がSNSで投稿した新メニューの写真に惹かれて来店したという。


「SNSで見た地鶏の柚子添えって、どんな料理なんですか?」

女性客が尋ねると、吾郎は少し緊張しながらも丁寧に説明した。

「地元の炭火でじっくり焼いた地鶏に、自然の香りを引き立てる柚子を添えた一皿です。余計な調味料は使わず、素材そのものの力を引き出しました。」


彼らは新メニューを注文し、焼き上がるのを待ちながら炭火が立てる音や香りに魅了されている様子だった。


囲炉裏でじっくり焼かれる地鶏の肉は、じゅわっと脂が滴り、炭火に落ちるたびに香ばしい煙が立ち上る。その音と香りが店内を包み込み、自然と視線が囲炉裏に向けられる。茜が思わずつぶやいた。「この音と香りだけで、もう美味しいって分かりますよね。」


吾郎は細心の注意を払いながら地鶏を焼き上げ、柚子を添えて皿に盛り付けた。そして初めてのお客に料理を運びながら、「どうぞ召し上がってください。」と、静かに頭を下げた。


若いカップルが一口食べた瞬間、目を見合わせ、驚きの表情を浮かべた。

「すごい……香ばしさが全然違う!」

「柚子の香りがすごく爽やかで、地鶏の味が引き立ってる!」


彼らの感想を聞いた吾郎は、安堵と喜びが入り混じった表情で囲炉裏の火を見つめた。その姿を見ていた茜は、目を輝かせながら言った。「これで若い人たちにも伝わるんじゃないですか?」


次にやってきたのは、長年通い続けている地元の常連客だった。彼らはいつもの地鶏焼きを注文しようとしたが、新メニューを見て興味を示した。


「吾郎さん、新しい地鶏料理ってどんなのだい?」

吾郎が説明すると、「それなら食べてみよう」と注文してくれた。


常連客が料理を口にした瞬間、しばらく無言で噛みしめていたが、やがて静かに言った。

「……吾郎さん、これいいね。昔ながらの地鶏の良さはそのままで、新しい香りと味が加わってる。これなら、若い人たちも好きになるはずだ。」


その言葉に吾郎は目頭を押さえ、低く呟いた。「ありがとうございます……。」


その日の午後、茜が新メニューをSNSでライブ配信した。「みなさん、これが炭火庵の新メニュー『炭火焼地鶏の柚子添え』です!香ばしい炭火の香りと地鶏の旨味、そして柚子の爽やかさが絶妙に調和しています。地鶏の本当の美味しさを、ぜひ味わいに来てください!」


ライブ配信には次々とコメントが寄せられ、「絶対行きたい!」「本物の地鶏ってどんな味なんだろう」といった声が続出した。


翌日から、炭火庵には多くの若者や観光客が訪れるようになり、店内にはこれまでにない活気が溢れた。


その夜、吾郎は塩見と茜に感謝の言葉を述べた。

「お二人のおかげで、もう一度自分の料理に自信を持つことができました。炭火と地鶏、この二つを信じて良かったと思います。」


塩見が静かに言った。「料理は素材と技術、そして信念の結晶だ。それを裏切らない限り、本物の料理は人の心に届く。」


吾郎は深く頷き、囲炉裏の火を見つめながら呟いた。「この炭火と地鶏を信じて、これからも料理を作り続けます。」


次回予告:炭火庵の挑戦、未来への一皿


炭火庵が活気を取り戻しつつある中、新たな挑戦が始まる。地鶏だけでなく、地元の他の素材を活かしたメニューの開発を目指す吾郎と塩見。炭火庵の未来を切り拓く次なる一皿とは――次回、「炭火庵の挑戦、未来への一皿」。


読者へのメッセージ


料理は、単なる味覚だけでなく、そこに込められた料理人の信念や素材への敬意が伝わるものです。炭火庵の物語を通じて、素材の本質を活かすことの大切さや、「本物」の持つ力を感じていただければ幸いです。

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