エピローグの章

E1話 そして今夜も、俺達は月の下で。 【文字数多め】

 ガヤ・・・ガヤ・・・

 ピン・・ポーン・・


 冬休み最終日。

 地元の駅にようやく着いた俺達は、電車から吐き出され、人混みを抜けて外へ。

 星が瞬く夜空を仰ぎ、冬の引き締まった空気を吸い込み、窮屈で息苦しかった空気を入れ替える。

 そして、二人で家路を歩く。


「ハルキくん・・何というか・・・疲れた・・ね」

「哀川さん・・・そうだね。北海道遠征よりはずっと短くても、遠出は遠出だもんな・・・」


 今日の哀川さんは、サイドテイルの髪に、モコモコ寄りのコーデ。

 手には、胴長ダックスフンドのような猫型の枕(ぬいぐるみ)を抱えているーー旅先のだ。


「しかし・・よく帰ってこれたよな・・辛い戦いだったよね、哀川さん・・」

『ボェ~』


 あの夜は名前呼び出来たが、今はもとに戻ってしまった。

 名前呼びを恥ずかしがるのは、哀川さんもゆにちゃんも一緒だな・・・オトメゴコロは、未だに難しい。


「帰る前に、将本製麺まさぽんせいめんでうどんでも食べようか?」

『ボェ~』


「いや、一体どっちなのさ!」

 胴長猫を抱きしめ、その頭部で顔を隠す哀川さん。

 ギュッと腹のボタンが押され、『ボェ~』と間抜けな音を出す。


「あう・・今日はハルキくんに迷惑かけちゃったし・・なんか恥ずかしくて・・」

『ボェ〜』

「あの事を気に病んでるの? 別に気に障ってもいないし、勝手が分からなかったなら、仕方ないよ。」


 旅先の情景・・・あれは本当にだったなあ・・・

 ーーー…★


 ☆哀川美雨あいかわみうView☆


 タッタッ、ザッザッ・・・

 カビが生えてひび割れた、薄暗い通路を駆けて。

 奏太さん、唯花さん、ハルキくん、アタシの4人は、だだっ広い場所に出る。


 そこはイタリア・ローマの遺産:闘技場コロッセオを思わせる。

 染み付いた血痕、粉々になり錆びついた武器の欠片を、ジャリリと踏みしめ、と対峙する。

 不気味な仮面と黒いローブを纏い、空中に浮遊する男。

 その手には、俺達が持つものと似た本ーー幻想偽典ビブリオダスト


『ヨウコソ、招カレザル客ヨ。我ガ名ハ、仮面ノキルケゴール!

 魔王様ノ命ニヨリ、貴様ラガ力ヲ得ル前二、狩ラセテモラウ!


 偽訳解放ログコネクト【死に至る病】!

 実存ノ三段階、美的実存ソノイチ茨兵士団ソーンドールズ!!』


 黒鉄製の茨の蔓が、兵士の姿を象って召喚される・・その数、数十を超える。


 「雑魚をいくら揃えたって、突破するだけだ。

 偽訳解放ログコネクト・ボードリヤール!

 欺瞞的な記号の秩序に、詩的実践にて抗うあしどめのうた!!」


 『ムウ、兵士タチガァ・・倫理的実存ソノニ死二至ル眠リノ茨ヒプノシスソーン!!』


 「奏太、ここはあたしに任せて! 唯花ちゃんのテンサイ的・偽訳解放ログコネクト・・・ウィトゲンシュタイン:倫理命題は無効であるカウンターマジック!!」

 「弾キ返スダト・・・グハアアッ!!」


 紫色の茨による連撃を、唯花さんが捌き切り、敵に反射ダメージを与える。

 そこから、防御壁パサージュを張って後退しているのは、俺と哀川さん。


「二人とも・・強いわね。アタシ達の出番がなさそう・・・」

「俺は回復&補助、哀川さんは探索特化の偽訳術式スキルばっかだもんなあ。


 ・・・む。戦局が動きそう。ここは補助偽訳サポートスキル飛ばすか。

 西田幾多郎にしだきたろう【善の研究】!

 汝らの自己よ、宇宙の本体と冥合せよっのうりょくきょうか!!」


 奏太さんと唯花さんの身体能力が上がり、仮面の男を追い詰める。

 アタシも自分の幻想偽典ビブリオダストを繰り、出来ることを探す。


 「うーん、【無知の知】に、【我思う故に我あり】・・・戦闘用じゃないなあ。えーと・・」

 「小癪ナ、奥義ヲ見ルガイイ! 宗教的実存ソノサン教会ノ庭アンチクリマクスッ!!」

 「ギギギッギギイイイッ!!!」


 げ。茨の鞭が結集し・・すべてを飲み込む、【紫の巨竜】に収斂した。

 耳障りな音と、無差別な破壊を撒き散らし、戦場を覆い尽くそうとしている。


 「ちょっ、何よこいつ、デカけりゃいいってもんじゃ・・きゃんっ!!」

 うわ、唯花さん達が劣勢に・・急がないと・・


 「・・・あった、攻撃のやつ! 力を貸して、ルソー!

 【『お前が死ぬことが国家の役に立つのだシトワイヤンのこころえ』という時、国民は死なねばならぬにんげんばくだん】!!


 ・・・・・へ!??」


 詠唱が終わるや否や、近くにいたハルキくんの体が、強大な炎のオーラに包まれる。


「うわ、これは・・・すごい力が漲ってく・・・るううううぅぅっ!!?」

「ハ、ハルキくううううぅん!!?」


 ハルキくんは一筋の隕石メテオへと姿を変え、紫龍の胴体すらもぶち抜いて、仮面の男に突っ込んでいく!


 「グアッ・・コノ我ガ、絶望ヲ極メシ・・【終止符ノ地平ピリオドスフィア】ガ、ヒヨッコ如キニ・・・ウボアァー!!!」


 ルソーの【社会契約論】の技のひとつ。

『味方の攻撃力を大幅に上げる。

 ただし制御を失い、敵に向かって強制的に特攻する』


 ・・・うう、効果テキストが複雑で、読むの後回しにしたのよね。

 この手のゲームをやった事なんて、人生で一度もなかったし!!


 ドゴオオオオオオン!!!


 この強烈な一撃で起きた爆風が、戦場を吹き荒れる・・・わぷっ、目を開けてられないわよ、こんなの!

 ーーそして、砂埃が収まる頃、慌てて立ち上がる。

 敵は消滅したけど、ハルキくんのHPがっ・・・


 「ううぅ・・・」

 「いやぁ・・ハルキくん、目を開けてよぉ・・・グスッ・・」

 「大丈夫か音也。応急処置なら俺も出来る。

 孔子:惻隠の心は仁の端なりかいふくのじゅもん!」


 回復したハルキくんが、のそりと起き上がる。

 うう、アタシの戦術ミスで酷いことに・・・


 「音也キュン、災難だったねー。

 美雨タンはどんまい!

 でも、敵は倒れたんだし、これぞ名誉のフショーって奴だよね!


 ・・・あ、見て。【学術の欠片】が沢山!

 これでまた、偽典強化ビブリオエンハンスが出来るね!」

 ーーー…★

 ☆春木音也View☆


『魔導書ーー幻想偽典ビブリオダストに選ばれた若者たち。

 邪悪な魔王の罠によって、浮遊する大陸ーー天空監獄に幽閉されてしまう。

 仲間たちと協力して、魔導書を育てあげ、脱獄せよ!

 新たなるVR脱出ゲーム、ここに登場。』


 ・・・とまあ、そんな触れ込みのゲームチケットを、奏太さんが貰ってきたので(よくある話だ)、4人で隣県に遊びに行ったというわけ。


 奏太さんと唯花さんは別の予定があるので、現地のホテルに泊まるようだ。

 で、景品を貰った俺と哀川さんだけ、地元へと帰ってきたわけ。


(哀川さんの貰った猫枕、妙なデザインだなあ。

 俺が貰った景品は・・が面倒だし、落ち着いてから開けようっと。)


 ・・で今は、将本製麺まさぽんせいめんの店内、行列に並んでいる途中。

 ここからは調理中のうどんや、巨大な鍋が湯気を上げる様子が見える。


「BIGかき揚げ天・・・いや、鍋焼きうどんにしよっかな。哀川さんはどうする?」

 『ボェ~』

「その枕、まだ持ってたんかい!」

 ーーー…★


 夜空の下、二人並んで、再び家路へ。もう用もないので、まっすぐ帰るだけだ。

 コンビニを通り過ぎ、近所の公園に差し掛かり。

 ふと、月齢7日の三日月を見上げる。


 『じゃあ、ウチに来る?』

 『ふーん・・・お邪魔しよっかな。』


 月明かりと街灯に照らされたそこは、俺達の始まりの地で。

 そう、俺たちに変化がある時って、いつも月に見守られていたんだよな。


 初めてのお泊り。

 初めての過去語り。繋がった気持ち。

 初めてのキス(ゲロチュー)、遠征への決意。


 「ふふ・・・初めてキミに拾われた頃のアタシじゃ、想像もできない場所まで来ちゃったね♪」

 「そうだね・・・でも、後悔どころか英断だったと、今になっては思うよ。

 それから変わっていく自分にも・・・少し戸惑いはあるけど、受け入れられるようになった。そして今は、それが心地よいんだ。

 それだけの変化を俺にくれたのは、他ならぬ哀川さん・・・美雨さんだから。」


「うっ・・・急に名前呼びしないでよ・・・

 アタシもね、音也くん。キミのおかげで、前よりも強くなれたと思う。

 良い変化も、悪い変化も。音也くんとなら、全部分かち合えるって。

 素直に、そう思えるわ・・・」


 月明かりに照らされた、哀川さんの笑顔。

 灼熱太陽のような夏恋とも。

 1等恒星のようなゆにちゃんでもない。

 そして俺は。そんな月を照らす、光になることを選んだんだ。


 「「んっ・・・」」


 残りの言葉は、軽めのキスに込めて伝える。

 もっとエッチな事もしてはいるけど。

 今はそれだけで、不思議と満たされるような気がした。


 「「ただいまー」」


 春は名のみの寒さを抜け、玄関のドアを開ける。

 明日から学園なので、今日はお泊りも「訓練」もナシ。

 服を着替えて落ち着くと・・・・


 「うう、こうして人心地ついたら、音也くんにくっつきたくなっちゃうじゃない。

 こんな調子で、学園で平静を保てるのかなあ・・・」

 「あはは・・・初添い寝の翌日なんか、学園内なのに、お互いにドギマギしてたよねー。

 夏恋の横槍も、結果的には良かったのかな・・・はは・・」

 

 「でも・・今の音也くんが『桐崎さんの舎弟』扱いなのはやだなあ。

 周りの人たちにも、意識を刷新あっぷでーとして欲しいっていうか。

 いっそ、唯花さん達みたいにするとか・・・」

 「公開キスって事? 神社で話した事って、冗談じゃ無かったの!?」


 でもそれは、ちゃんと筋を通し、ケジメをつけてから。

 ゆにちゃんの件。

 夏恋&両親との話し合い。

 まだ試練はあるけど、俺は決して諦めはしない。

 一番大事な女性ひとが、側にいてくれる限り。


 「ふふ。好きよ、音也くん。

 ちょっとフライングしちゃったけど・・アタシの気持ちは、忘れないでね♪」


 イタズラっぽい笑みで、好意を隠さずに告げてくれる美雨さん。

 いつもは鬱になりそうな、新学期の始まりも。

 今までにないくらい、楽しい日々になりそうな予感がしたーーー


 ーーー…★

(注)今回の話には、原作者さんによる電子書籍

「アリストテレスの幻想偽典」(富士見ファンタジア文庫刊)の内容が含まれています。

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