第16話 世界最強という存在について

「此度はよくやりました凛刀。褒めてあげましょう」


「……誠に恐悦至極でございます?」


 褒められたものの理由がわからなければ困惑するしかない。

 なにか意図があって呼び出されたのだとは察していた。

 でもその意図を今も読み取れない。

 アナスタシアと刀華の目的が果たされたことはわかるのだが。


「貴方のおかげでこの日本国の命運は辛うじて繋がりました。誇っていいですよ。土御門家の現当主にもそのように伝えておくので」


「そうですか。日本国の命運が……日本の命運!? そのようなモノがかかっていたのですか? 私はなにも聞かされておりませんが!?」


「説明してないから。なにも知らない貴方があの六人を自然体で人間として扱うか。ただそれだけが重要だった。おかげで第五真祖紅真理愛様も安心なされました」


「第五真祖様が!?」


 予期せぬ名前の登場に戸惑う。

 昨晩からずっと話題の中心にいる存在で、あの六人も第五真祖の関係者だ。

 本当は予期しておかなければならない名前かもしれない。

 だがアナスタシアと刀華は第三真祖の眷族であり、第五真祖が主かのような口振りは予想できていなかったのである。


「凛刀。貴方が同席して仕切るのであれば、第五真祖紅真理愛様は日本政府との会合に応じてもいいと仰っています。そのつもりでいなさい」


「待ってください刀華様!? どういうことですか!」


 どうしてそうなったのか。

 話が飛躍しすぎている。

 思わず腰を浮かそうとする土御門凛刀を刀華が手のひらを前に出して制止する。


「凛刀の質問に答えるのは時間がかかりすぎる。まずはわたしの話を最後まで聞きなさい。貴方を含めて日本政府は致命的な勘違いをしている。そして致命的な過ちを犯し続けている。日本国の命運とはそういう意味です。そのために凛刀、あなたがどれだけ無理難題の重責を負おうと些末な問題に過ぎない」


「……些末な問題で済まされては困りますが承知しました」


 苦々しく頷くしかない。

 祖国の命運と天秤にかけられては、個人への無茶振りは軽くなるだろう。


「よろしい。まず致命的な勘違いの解消から。日本政府は『第三真祖エカテリーナ様が第五真祖勢力を取り込もうとしている』と考えている。その考えは誤りです。エカテリーナ様は第五真祖紅真理愛様の下につくことを決断されました。我々眷族も異論はない」


「なっ……第三真祖様が第五真祖様の下につく!? なにを仰られているのかわかっておりますか!」


 第三真祖エカテリーナは四百年近く生きており、十三死徒第四位にも数えられる吸血鬼の一大勢力だ。

 神出鬼没の『ニュクス』アナスタシアの存在も大きく世界に勇名を轟かせている。

 この日本の安全を百年近く守り続けてきた実績からも、この評価に異論は出ないだろう。


 その第三真祖勢力が生まれたばかりの第五真祖勢力の下につくなど、生きた年月がモノを言う吸血鬼界隈の常識では考えられなかった。

 昨晩のバラウル卿の敗北と消滅に続く、世界の勢力図を一変させる続報。

 すでに波打っている水面に一石を投じるどころか大岩を投げ込むようなものだ。


 ただ落ち着いた刀華の態度から嘘はないだらう。

 そして恐ろしいことに不満もなさそうだ。

 土御門凛刀はこの部屋にいた六人に対するアナスタシアと刀華の応対を思い出していた。

 違和感を覚えるほどに丁寧に接していた。

 凛刀と接するときのように口調や態度を崩さなかった。

 あれはただのお客様扱いではない。

 第五真祖の関係者である六人の方が身分が上であるという線引だったのだろう。


「凛刀。貴方こそ吸血鬼界隈の情勢を理解できていないでしょう」


「吸血鬼界隈の情勢ですか」


「これは日本政府だけではなく、人間と吸血鬼の間にある認識の齟齬かもしれない。貴方は配信映像を見てバラウル卿をどう思った?」


「十三死徒第一位。伝え聞く以上に恐ろしく世界最強の吸血鬼だったのは疑いようがないかと」


 伝え聞いていた世界最強の災厄。

 その強さは配信映像を見ても疑いようがなく、第五真祖紅真理愛が現れなければ日本はなすすべもなく滅びていただろう。


「そう世界最強。では他の十三死徒とバラウル卿がやりあった場合どうなるか想像できる?」


「矮小な人間には考えが及ばない世界です。勝敗はわかりませんが、巻き込まれたならば悪夢でしかない」


 脳裏に浮かぶのは昨晩の第五真祖紅真理愛とバラウル卿の戦いだ。

 神話の戦い。

 連続する天変地異。

 吹き上がる魔力に何度滅びを錯覚しただろうか。

 土御門凛刀が思い返しゾッとしていると、刀華が首を横に振った。


「その認識が誤り。結果はバラウル卿の一方的な勝利しかない」


「第一位ですからね。勝利するのはバラウル卿かもしれませんが」


「だからそれが誤り。そういう次元の問題じゃない。他の十三死徒全員が徒党を組み、全戦力を投じてバラウル卿に立ち向かったとしても一方的に蹂躙されるだけ。戦いにならないと言っている。そもそもバラウル卿を十三死徒と括るのが間違い。あれは完成された頂上生物。同列に扱われると他の十三死徒が迷惑する」


「………………え?」


 刀華の言葉をまたもや土御門凛刀は理解し損ねた。

 バラウル卿が圧倒的すぎる力を持っていたのはわかっている。

 けれど土御門凛刀からすればアナスタシアもまた理解を超えた存在だ。

 そんな十三死徒が徒党を組んでも一方的に蹂躙される存在を語られても理解が及ばない。


「バラウル卿と同じ規模の破壊を実行できる十三死徒はいる。でもバラウル卿の真の恐ろしさは二つ名にもなっている『不滅』の方。どんな攻撃も異能もバラウル卿には通じない。そのうえであの戦闘力を誇っているのです」


 一撃で東京の街を壊滅させる力を持ちながらまさかの防御型だ。

 体力と防御力が突き抜けているのに高い再生能力まで完備している。

 だがそんな化け物と対等に戦った存在が現れた。

 第五真祖の紅真理愛だ。


「……映像が途切れたあと、バラウル卿は第三真祖様と第五真祖様が手を組んで倒したと聞いていますが?」


「実質第五真祖様が一人で倒した。確かにわたし達は戦場に駆けつけた。目的は第五真祖様を逃がすために少しでも再生の時間を稼ごうとした。でも失敗した。一分の時間も稼げず蹂躙されただけ」


「…………それほどまでに」


「エカテリーナ様は喉の首を折られた。アナスタシア様は千切れ飛んで上半身と下半身に分かれた。わたしは長距離狙撃部隊で参戦していたけど、何もわからないうちに頭を吹き飛ばされた。寸前で避けてすぐに再生可能な損傷だったけど、ほかの戦闘に特化した眷属二人はまだ動ける状態にない」


 配信映像が途切れたあとの話だ。

 第三真祖勢力が壊滅していた。

 あまりに壮絶な敗北に土御門凛刀はなにも言えなかった。


「わたしは意識が飛んでいたから見ていない。エカテリーナ様の話では、そのあと四肢が消失し意識を失っていたはずの第五真祖様が蘇りバラウル卿を屠った。……らしい」


 本当はバラウル卿の遺言もエカテリーナから刀華は聞いていたがそこまで話す義理はない。

 これだけで力関係は十分わかるだろう。

 第三真祖勢力がなすすべなく敗れたバラウル卿を第五真祖は滅ぼした。

 刀華の話を土御門凛刀は理解できないなりに無理やり飲み込んだ。


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