魔法少女vs ~隔世の魔法士と宇宙怪獣撃滅戦~

久城征博

001:放課後 屋上

 四時間目が終わった。昼休みになっても。


 俺、英田弘之あいだ ひろゆきは前の席が空いていることに「気付いて」いなかった。


 弁当を食べようと机脇に架けてあったスポーツバッグを開けよう……と。


 不意に気配を感じて……顔を向ける。斜め前に……元上理亜もとがみ りあが立っていた。


 彼女と俺の間に、クラスメイト以上の繋がりはない。机の位置も廊下側と、窓際の俺とは離れている。


 なにより彼女はこのクラスでトップクラスの美少女で……学校中のAランクイケメン共が何人も告白して一刀両断されている。


 付いたあだ名は「氷姫」だ。


「ちょっと、付き合って」


「あ? え?」


 彼女は、そう告げると、後ろを向いた。ポニーテールに纏めた長い髪が揺れる。


「え? なん?」


 家から持って来た弁当を出そうとしてた手を止めて……慌てて机から立ち上がり、元上を追いかける。


 彼女は、自分から声を掛けてきたのにも関わらず、一切こちらを見ようとせずに……教室を出て突き当たりの廊下から階段を上へ登り始めた。


 な、なんだ? 俺は彼女に対して何かしたことなんて無い……と思う。というか、委員会とか部活でも一切関わっていない。


 スタスタと迷い無く歩く彼女が、見えなくなるギリギリくらいの距離で付いていく。


ガチャ


 最上階、五階だ。屋上へのドアが開いた。アレ? 屋上は鍵が掛かってたハズだ。十数年前にいじめを苦にして投身自殺した先輩がいたそうだ。それ以来、うちの高校では屋上に出るのは学年主任だかの許可が必要だったハズだ。


 ドタンと重い音と共に、屋上への鉄扉が閉まった。


 俺は慌ててドアノブをひねり……扉を引いた。何の抵抗もなく空いた。金網で囲われた屋上は灰色の屋根材と、空で出来ていた。


 そんな屋上の真ん中で元上は立っていた。こちらを見つめている。後ろで扉が閉まった。


 ……どう考えても俺には心当たりが無い。というか、彼女くらいの美少女であれば、自分の周りに寄ってきた時点で、何かしら記憶に残っているはずだ。さらにさっきのように声を掛けられたり、会話をしたんだとしたら、覚えていないはずが無い。


 さらに……彼女には取り巻きや友だちがいない。見当たらない。虐めとかそういうレベルではなく……孤高なのだ。


 学年中のイケメンから告白され続けているにも関わらず、断り続けている美少女。


 そりゃ大多数の女子、そのイケメンの事が気になる女子から嫌われることになる。彼女自身が何らかのアプローチをして……なんていう普通の学生生活を行っていたのなら、いくらでも理由は捏造されて、虐め状態に陥っていた可能性も高い。


 だが、そんなことは……一切無かった。そもそも、元上……さんは、授業などで先生に指されたとき、日直や係などで必要なとき以外は、ほぼ喋らない。笑うところ……いや、感情が揺れ動く瞬間なども見たこともない。


 同性である女子の友だちも……いない様に思える。


 屋上に出る。正面でこちらを見ている彼女は、確かに美しかった。あだ名や表情のせいか冷たいイメージが付きまとうが……顔付きはそれほどキツくない。どちらかといえば、大きい目は若干垂れ気味で、美しいよりも可愛いに属するだろう。

 鼻筋、口元。顎のライン。耳の大きさまで。一枚の画、アイドルのブロマイドの様な完成された何かを感じてしまう。


 ふいに。


 彼女の右手が差し出された。何か……黒い糸の束? の様なモノを握り締めている。


 あれ? 


「そういえば、元上さん……あ、あのさ、今野って今日休みじゃん? なんでだか知ってる?」


「なんでよ」


「風邪とかなら、お、お見舞いとか……」


 そうだ。俺の前の席は今野……今野美智子こんの みちこの席だ。


 彼女は今日、朝からいなかった。毎日見ていた背中が今日は見当たらなかった。


 今野は……そうだ。元上と仲が良かった。学校では元上に言われてあまり接点が無いようにしているのだが、実は家が近所で、帰宅後、良く一緒に勉強したり、遊んでいると教えてくれたのだ。


 誰が? そうだ。今野が、だ。


 ……「内緒、だよ」……と。


 一歩。元上がこちらに近付いた。グイと押しつけられる。目の前に突き出された手には黒い糸……ではなく……。


「髪の……毛?」


 五十センチ程度の髪の毛の束が握られていた。元上の細い指がその黒い毛を分ける。半分くらいを紐で括って制服のポケットに……大切そうに、丁寧にしまった。


 そして残りをまた、ギュッと握って俺に突きだした。


「あんたのせいよ!」


 は?


「美智子はあたしがどんなにクラスメイトなんか守る価値ないと言っても笑ってるだけだったのよ。お母さんとの約束だからって、毎晩出撃して。それでもこれまで生き残って来たのは、クラスの連中の大半がろくでもない奴らばかりだったからなのに。あんたが、あんたが、優しくするから。虐めから助けたりするから。だからあの子バカみたいに張り切っちゃったじゃない!」


「美智子のさ、右手……義手だったんだよ。知ってた?」


 何のことかよく判らなかったが、元上の目がマジだったので、俺は黙っていた。義手?


「左手は親指以外、全部義指だったことは?」


 首を横に振る。義指?


「右足は膝の下から、左足は太ももの真ん中あたりから、義足だったのは?」


 首を……横に振る。


「彼女の内臓が全部ボロボロで、ほとんどが魔法移植による人工臓器だったことは? 目も色覚を認識する能力が衰えて、世界が白黒にしか見えてなかったことは? 嗅覚も衰えてしまって、学校の藤の木がスゴイいい香りでも、まったく気づけてなかったことは? 補聴機能をオンにしていないと……すぐ脇で風船が破裂しても気づかないくらい、耳がほとんど聞こえてなかったことは?」


 元上の大きな瞳から、ボロボロと涙がこぼれていく。……なぜ、彼女はこんなに泣きならが叫んでいるのだろう? なぜか、客観的だ。実に冷静だ。


 なぜなら……彼女が泣いている理由を理解してしまったら、ナニカが、大きなナニカが無くなってしまうような、崩れてしまうような気がしたからだ。


 俺はそんな状況はまったく理解できていなかったが、本能がそうしたのだと思う。


 何よりもその理由を知るのが「イヤ」で「イヤ」でたまらなかった。


「か、彼女が、魔法と、義手義足が無ければ、ぐす……ベッドで身動き出来ない身体だったことを、知っていた人はいないの? だ、誰か、誰か、いないの? 気づいてあげていた人は……えぐっ……いないの?」


 大量にあふれ出た涙を、グッと腕でぬぐう。


「彼女はここに、この場所に! 一緒にいたのよ! 昨日までは! 私がイロイロ文句言うのをニコニコ笑いながら、聞いてたのよ! で、そういう本当に楽しくもないのに笑うのはよしなさいよって言うと、「そんなことないよ、楽しいよ」って答えてたのよ!」


 彼女の絶叫は止まらない。


「こんなのって……こんなのってないじゃない!」


 ギリギリと……歯ぎしりの音が聞こえてくるくらいに……力が入っている。握った拳は力が入りすぎて振るえ続けている。


 最後は怒りに近かった。凄まじい迫力。誰に向けたわけでもないのだが、俺は今、やっと。彼女が話している全ては本当なのだと思い始めていた。


「英田、あんたは一生、美智子のコトを忘れちゃいけない。これから先、どんなに楽しいことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、忘れたら許さない。私も忘れないから。コレを……」


 握りしめすぎて血の気の引いた右拳の指を左手で引きはがす様に開いていく。元上の手から俺の手に、髪の毛が移る。


「これをお願い。忘れないで。忘れないでいて……あげ……」


 泣き崩れる。元上。


 その瞬間……なんとなく胸が締め付けられる様な、どうしょうもない感覚が染みこんできた。止まらない。堰を切ったかの様に「悲しい」気持ちが体中を駆けめぐる。


 俺は、受け取った髪の毛を握りしめたまま、その場で激しく泣き出していた。


 目の前の元上もそれにつられて、激しく泣き出す。号泣する俺たちはしばらく……その感情に身を任せ、しばらく泣き続けた。


 昼休み終了の鐘が……鳴った。屋上にスピーカーが設置されている。音が大きい。


 気付いた時には既に元上は目の前から消えていた。いつの間にかだ。


 呆然としながらも。託された髪の毛を制服の内ポケットに入れて……急いで教室に戻った。


 五時間目の授業は国語。当たり前の様に始まり……終了していった。


 昼飯は抜いた。夕方食べることにした。


 今野……今野さんの残像は……なにひとつ残っていなかった。大抵は置き勉で、保険体育や美術の教科書、歴史の資料集なんかは机に入れっぱなしだったりする。ソレが無くとも、文具やノートの一冊二冊は入っているのが普通だ。


 だが。後ろから見る限り、彼女の席にはなにひとつ残っていないようだった。


 何よりも。


 担任もクラスメイトも、誰も気にしていないのはどういうことなのだろうか。


 いや、誰も……には俺も含まれる。俺も屋上に行くまで……多分、髪の毛に気付くまで、今野さんのことを「失念」していた。


 忘れていたのではない。そもそも、彼女が居たことすら……記憶に無かった気がする。なぜだ。何年も前の出来事じゃない。


 昨日だ。


 そう。昨日、今野は目の前の席に座っていて……いつものように俺にイロイロと話し掛けてくれた。


 俺は……まあ、普通だ。勉強は……平均点でクラスで半分より上くらい。体育も並。中肉中背。身長170センチ。体重59キロ。顔は……まあ、お察しって感じだろうか。超絶ブサイクってほどでもないが、確実にイケメンでは無い。肌荒れもソレなり。皮膚炎とかアトピーで悩んでるヤツに比べれば、その心配が無いだけでもかなり良かったと思うくらいだろうか。


 部活は……一年の時はサッカー部に所属していたのだが、怪我をして、二年生になる直前に辞めてしまった。それ以来帰宅部だ。


 部活を辞めて以来、何だか無気力になってしまった俺は、唯々、毎日、学校に来て、帰るを繰り返していた。正直、サッカー以外に興味が持てなかったのだ。


 そんな俺が、ウチのクラスの虐めに気が付いたのはちょうどその頃だ。


 正直、ウチの高校は中堅進学校だ。なので本格派ヤンキーとか、ムダに暴力を振るうような判りやすい荒れ方はしていないので判らなかった。


 虐められていたのが……今野だ。彼女がなぜそうなったのかは聞いていないが、大した理由ではないと思う。外見的に平均的な日本人? で、地味めで目立つところはなかったし。


 アレかな。コミュ障な傾向があって、あまり喋らないとかそういう理由かな。まあ、うん、女子間での虐めは良く判らないけど。


 で。無視されたり、陰口たたかれたりしていた様だけど、俺が気付いたのは、紙くずや消しゴムカスをぶつけられたりしているのを見たからだ。


 その前からなんとなくそうなのかな? と思っていたが、さすがに気付く。


 正直……他の事なら自分に害が無ければ無視なんだけど……虐めは見逃せなかった。


 小学校の頃に虐められたことがある。


 異様に俺を目の敵にするヤツがいて……でもどうでもいいから無視していたら、いつの間にかエスカレートしていった。最終的には俺は臭いとか、父親がいないとか、無視してるのはしゃべれないからだなんていう訳のわからない「理由」が積み重なって、クラス全員に無視され、校舎裏で囲まれてモップや箒で叩かれる日々が続く。


 俺は無視し続けた。殴ると手が痛いし、蹴ったら大事な脚が怪我をするかもしれない。そう思って。放課後はサッカークラブに通っていて、そちらに多くの友だちがいたのでどうでもよかったのだ。


 それが……拍車をかけてしまった。何もしない、口答えもしない俺は、「何をしてもいいヤツ」として認識されてしまったのだろう。


 最終的には、三階の校舎から花瓶や文鎮、机などを落とすゲームの「的」にされた。数人で俺を押さえ付けて、落ちてくる物にぶつけにいくという遊びだ。

 この様子を偶然、学校に設備を導入する業者さんが見つけ、動画を撮りながら止めてくれた。業者さんは当然、先生に報告したが……学校側はもみ消しに動いた。


 正義感が強かったのか、この業者さんは顔などにモザイクをかけて動画をネットにアップして……その後はまあ、うん、大問題となった。虐めていた……クラスのほぼ全員は晒し上げとなり、未だに名前で検索すると、虐め参加者としてリストアップされてしまうくらいの大炎上だった。


 そんな事態を横目で見ながら、俺はうわー大変だな~なんて他人事のように考えていた。


 正直、最後の的にされた虐めはヤバかったが、それ以外はちょっと痣が出来るくらいだったので、別に大した事が無いと考えていた俺も俺だと思うけど。


 で。イロイロあって。最終的に俺はその学校を転校することになったのだが……すさまじく面倒くさかった。


 そこで学んだのは。


 虐める方が悪いとかそういう根本的なことだけでなく。


 虐めは長期に渡るほど、虐めを受ける側、する側、両方が損をするということだ。取り調べとか被害届とか訴訟とか弁護士の人が出来る限りやってくれたが、それでも拘束時間が長いし、面倒くさい。


 なので、消しゴムカスを投げつけられている今のうちにと思って、明らかに今野さんを虐めているグループ全員とお話し合いをした。


 何のことは無い。そんな経緯で虐めプロと化していた俺は、数日分の大量の証拠動画をチラつかせながら、「高校生にもなって格好悪くない?」とか「リスクちゃんと考えてる?」とか「今なら今野さんも許せる範囲だと思うよ」なんていう多方面からの甘言で心を揺らしたのだ。


 で、グループの中の一人が俺が「花瓶的当て虐め事件」の当事者であることに気付いた。従兄弟だが再従兄弟が元クラスメイトだったらしい。ソイツの現在の様子(中学時に逆虐めに会い、絶讃引き篭もり中だそうだ)が伝わった瞬間に、今野への虐めは瞬間消失した。


 それ以来。まあ、俺が何をしたかの詳細は知らなかったと思うが。


 今野は……何かとこちらを向いて話し掛けてくるようになった。最初はキョドっていたが……10分休みのとき、中休みのとき、そして……放課後。と、次第に慣れていった。


 彼女は一見大人しそうな佇まいにも関わらず、話始めると止まらないタイプだった。小さい声で話すマシンガントーク。その話は……多岐に渡る。ちょっとうざい。


 うん、これ、多分、この感じも虐められる要素の一つだったのかもしれない。


 俺は……彼女の挙動が面白かったから気にならなかったけど。


 誰と誰が付き合い始めそうだという噂。反対に別れそうだという噂。中学の時の友だちのバレー部の娘がとんでもないフードファイターで、食べ放題に行くと見てるだけでお腹がいっぱいになるという話。国語の先生の飼っているトカゲだか、カメレオンだかが生きた虫を食べる話。自分の家の犬がすさまじく可愛いという話、元上が優しくてツンデレだという話。……。


 あ。そうだ。今野さんの家の飼い犬、シェルティ、シェトランドシープドッグの名前は「こげ茶」で、ものすごく沢山、ドッグフードを食べちゃうので止めるのが大変なのだそうだ。賢くて、お手、お座り、待て、伏せ、良しと躾は完璧にも関わらず、とにかく食べ物くださいがやっかいで。もうダメだよと言ってもおねだりのポーズがあまりにも可愛いので、ついついお父さんが追加であげてしまうのだ。なので、最近肥満に注意とかかりつけの獣医さんに注意されたばかりだった。


「今日も長距離マラソンレベルで「こげ茶」と散歩に行くんだ」


「長距離って……何キロ?」


「えーっと10キロくらいかなぁ」


「10キロか~マジデ長距離じゃん。そこそこ大変だ。というか、犬換算すると、その距離ってどれくらいなんだろう」


「え? 何それ」


「人間にとっての10キロは、犬にとって何キロくらいになるのかなって。人間の一歩って犬の二~三歩?」


「走るとそれくらい……かな?」


「なら、30キロくらい走ってることになるんじゃない?」


「おおーそうか、そうだよね。犬目線で考えないとだよね?」


「3キロくらいを毎日……の方が効果デカそう」


「そうか……そうだね。そうしてみるよ」


 ああ、そうだ。昨日の放課後……そんな話をして……先生に呼び出されている元上を待って、一緒に帰るという彼女と別れ、俺は学校から帰宅した。


 それが……何だ?


 元上は何と言った?


 今野さんの右手が義手だった? 左手は親指以外、義指? 右足は膝の下、右足は太腿の真ん中から義足? 内臓がボロボロ? 目は色が捕らえられなくて、嗅覚も弱く、音も聞こえない?


 それは嘘だ。だって彼女は俺と普通に話していたし、仕草も五体満足……に見えた。そんなボロボロな……重傷の入院患者のような症状はなにひとつ見えなかった。


 機能をオンにしていないと……そんな状態だった? というか、機能ってなんだ? 


 彼女が「魔法」が無ければ……魔法? なんだそれは。魔法? あの? 魔法少女の? 魔法? 不思議な力で敵を倒しちゃったりする?


 え? それとも、ファンタジーの? ゲームとかラノベとか漫画とかでよくある、魔法使い、魔道士なんてジョブの人たちが大活躍する、あの魔法? それ?


 え、だって、魔法って不思議力なんだよな? えっと身体がボロボロな今野を普通に見せるくらいの事が出来てしまう……超常能力だよな?


 そんな魔法が使えるのなら、ヒールとかホイミとかって回復魔法とかあるんじゃ無いのか? にも関わらず……今野は? 今野……は?


 ブレザーの内ポケットに入ってるのは……髪の毛だ。彼女の髪の毛だ。それはもう、確定だ。確定してしまっている。なんとなく判るのだ。伝わってくる。これが誰の物だったか。


 彼女の髪の毛は……元上ほど長くは無かった。毎日ポニーテールの彼女は、多分解くと腰よりも下くらいまで髪の毛の長さがある。それに比べれば、今野の髪の毛は……確か……背中の真ん中辺りだった。


 頭から、背中の真ん中くらいまで……ああ、いま、胸ポケットに入っている髪の毛の束の長さは確かにそれくらいなのか。


 俺は毎日……この髪の毛越しに黒板を見ていた。


 つまりは。


 この髪の毛は……か、形見? カタミ? それは……既に、亡くなって、無くなってしまった人の遺品ということなの……か? そう、なのか? 


 本当に? そんな、まさか。昨日、犬の散歩の話してたのに?


 それは真実、本当なのだ。


 髪の毛から……何故か、この話が本当で、さらに「ごめんね」という彼女の思いの様なモノすら……伝わってくる気がする。


 マジ……か。もう、もう……彼女は居ないのか。この、目の前の席に座って……休み時間になると、くるっとこっちを向いて、笑顔で「英田くん、昨日さ」と話し掛けてくれる彼女は、居ないのか。


 何を。何を。俺は。何も何も。何も彼女に……出来ていない。彼女の笑顔に。


 ああ。そうか。やっと気がついた。


 俺は。彼女が好きだったのだ。照れくさくて、その思いを意識しないでいたけれど。


 穴が。空いた。空いてしまった。それは埋まらない。


 教室には誰もいない。放課後……暮れていく夕日の影が彼女の机を覆う。


 気付くと涙が……涸れ果てたと思ったが、止めどなく、尽きることなく流れ出していた。


 すっかり日が落ちてしまい……終了が遅い部活の帰宅時間に紛れて、校門を出た。


 ああ、そういえば、一回……一緒に帰ろうと誘われた気がする。


 あれは、今考えれば。彼女が勇気を出して誘ってくれたのではなかったのか? なんで俺と、俺如きと一緒に帰る選択が生じたのか、当時は判らなかったが……。


 元上が自分に半分、そして俺に半分……この髪の毛を分けてくれたということは、多分そういうことなのだろう。女子同士、恋バナに盛りあがってると言っていたし。


 ああ、そうなのか。そうだったのか。俺はなぜ、ボーッと毎日を過ごして来たのだろう。


「ああああああああああおあぽおおおおおおおああおあおあおおあおあおおあおおお!」


 ああ、これが、慟哭……というものか。人生で初めて、本気で、後悔し、本気で声が、何かが、身体から出ていくのを止められなかった。


ワンワン!


 近所の犬が……反応して……吠えたようだ。ごめん……。


 ああ。こげ茶も……あんな風に吼えてくれるのだろうか? 















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