第73話 グリムの目的

「それにしても、俺らよく生き残れたな。」


 空はアカデミーの教室でぽつりと呟いた。彼は机に肘をつきながら、窓から差し込む陽だまりに目を細めている。


「ほんまに、いい経験になったわ。」


 白翔が静かに答える。


「わがままで付き合わされる身にもなってほしい……。」


(お前ならいけるだろうと師匠に中心の近くまで連れていかれたこっちの身にもなって欲しい。)


 修がため息混じりに言葉を投げかける。


「そうだよ!確かにいい経験にはなったけど……いきなり白翔が『もう一回お願いします!』なんて2回も言い出すから、びっくりしたよ!」


 祈が勢いよく声を上げる。彼女は机から身を乗り出し、手をぶんぶん振りながら白翔を責めるような目で見ている。


「もう一回お願いしたのは、必要だと思ったからや。力を求めるのは別に悪くないやろ?」


 白翔の真剣な口調に、祈は修と目を見合わせた。その変化に少し驚いた様子だ。


「なんか、変わったね?」

 

 祈が呟くと、修も小さく頷く。


「確かに……」


(もっと余裕で何でもこなすイメージだったけど、いつからこんなに真剣に取り組むようになったんだ?)


 そう考えていると、空がふと皆に疑問を聞く。


「それでどう思う?」


「どう思うとは?」


 修が少し眉をひそめながら聞き返す。空は腕を組み、視線を窓の外に向けながら言葉を続けた。


「よく考えてみろ?おかしくないか?あのふざけた態度で忘れかけているけど、あの人、一応“人類最強”とか言われてるんだぞ?そんな人がなんで日本にこんなに長いこと、それも俺たちの面倒を見るためだけに留まっていると思う?」


 その言葉に空気が変わった。祈は目を丸くし、白翔は黙り込んで考え込む。


「ほんとだ!なんでだろうね?何か大きな戦いでも起きるのかな?」


 祈が首をかしげながら言ったが、その声にはどこか不安が滲んでいた。


(確かに……言われてみればそうだ!普通なら“人類最強”が僕たちなんかに構う理由なんてないはずだ。)


 心の中で空の疑問に同意しながら、白翔の変化や彼らの周囲に漂う違和感を改めて意識するのだった。


「まぁ、考えても仕方ないか……次見かけ次第話聞くってことで……」


 答えは出そうにないので、空がまとめるとちょうど鐘が鳴り解散となった。


 ---


 修が狭くなった訓練所でいつものルーティーンをこなしていると、背後に何やら覚えのある気配を感じた。「またか……」と小さくため息をつきながら振り返ってみると、そこには見知らぬ普通にカッコいい男の人が立っていた。


「よぉ~、やってるな。」


 聞き覚えのある気楽そうな声に修は目を細めた。


「……やってなかったことありましたっけ。それより、誰ですか?」


 誰だか分かっていたが、警戒の目を向ける。


「何言ってるんだ?俺だよ!……あと、声押さえろ!」


 師匠は慌てて指を唇に当て、周囲をキョロキョロ見渡す。その仕草に修はさらに眉をひそめた。


「いやいやいや、その小奇麗な見た目どうしたんですか?ついに洗濯を覚えたんですか?いつものボロボロ感ゼロじゃないですか。それに……なんでそんなこそこそしてるんですか?」


 修は腕を組みながらジト目で問い詰めた。目の前の師匠は、なんとも言えない表情で頭をかきながらため息をついた。


「お前、俺のことなんだと思ってんだ……。」


 ぼやきつつも、視線をぐるりと巡らせて確認するその姿は、完全に怪しい人物そのものだった。


「それより、話だ!いいから、そのまま外に出ろ!急げ!」


 そう言って、彼は修をぐいっと押し出そうとする。


「ちょっと待って!まず事情を説明してください!それから、そんなに怪しい動きするならせめて説明があった方が――」


「お前、俺を怪しい扱いするな!……こっちの方が怪しくないだろ!」


 修は押されつつも、「怪しいって自覚してたんだ……」と心の中でツッコミを入れながら、不本意ながらも訓練所をこっそりと抜け出す羽目になるのだった。


 ---


 人がいない訓練所の裏に移動した後、修は連れ出した理由を聞く。


「で、何でこんなところで話すんですか?みんな、あなたに会いたがってましたよ。」


(尊敬的な会いたいじゃなくて……恨みの感情の方が強いけど……。)


「だからだよ。こんな見た目じゃ、落ち着いて話なんてできないだろ?」


 師匠は自分の服装を見せつけるように軽く動いた。


(う~わ、要するに今は『俺、カッコいいから目立つだろ』ってことか?ほんっと、この人、人を腹立たせる技術も一流だな……。)


 修は心の中でため息をつきつつ、なんとか気を取り直して話を進めた。


「それで、話って何ですか?まさか、今度は本当に地獄に連れて行く気ですか?」


「そんなに行きたいなら、連れて行ってやるが?」


 師匠はにやりと笑う。


「結構です!」


 修はすかさず断りを入れた。


「冗談だ。」


 軽く言う師匠だが、その笑顔があまりに自然で、冗談に思えないのが困る。


(この人の冗談は、全然冗談に聞こえないんだよな……。)


「俺が日本に来た経緯についてだが、最近、ここで異変が起きているのは気づいてるか?」


「異変しか経験してない気がします。」


 修は自嘲気味に答える。思い返してみても、アカデミーに入学してから何一つ普通ではない。もっと危険は少ないと聞いていたが危険だらけだ。


「まあ、そうだろうな。お前はほとんど関わってるしな。」


 師匠がさらりと告げると、修はぐっと言葉に詰まる。


「例えば、ベータ部隊の七大悪魔との会合にこの間の七大悪魔の討伐。かつては世界中に散らばって現れていた七大悪魔が、直近でここ日本に集中している。」


「それで……次もまたここで何かが起こるってことですか?」


「そうだ。今日、その調査結果を報告したおかげで、こんな格好をさせられている。だが、はっきりしているのは、もう時間が残されていないということだ。」


 師匠の声に重みが宿る。その目は真剣で、冗談を交える余裕もない。


「かつて俺が七大悪魔と戦ったとき、奴は『あの方の復活が来る』という言葉を強調していた。」


「僕も……それは聞きました。」


 修がぽつりと答えると、師匠の目が鋭くなった。


「聞いただと?どこでだ?」


 修は、研究都市での事件について詳しく話した。悪魔が最後に残した「あの方の復活が近い」という言葉。その詳細を語ると、師匠は険しい顔つきになった。


「やはりそうか……どうやら、本当に時間はあまり残されていないらしい。」


 師匠の低い声が倉庫の薄暗い空間に響いた。修は思わず息を呑む。


「それで、何でそんな結論になったんですか?」


 修は眉をひそめながら問いかけた。師匠の言葉はあまりにも唐突で、どこか現実感が薄いように思えた。


「少ない情報をかき集めた結論として、悪魔の目的は『人に絶望を与えること』。そして、その膨れ上がった絶望を糧に『悪魔の王』を復活させることだ。」


「悪魔の王……?」


「ああ、悪魔の王だ。復活するとどうなるのかはわからない。ただ一つ言えるのは、復活は目前だということだ。」


 師匠は遠くを見つめるような目をしていたが、すぐに修に視線を戻した。


「だから俺は、その復活を止める手がかりを探すためにここにいる。近い存在である七大悪魔の目撃情報が集中している、この日本にな。」


 修はその言葉を飲み込むように聞き、次の疑問を投げかけた。


「それで……何でそんな話を僕にするんですか?」


 師匠は一瞬黙り、真剣な表情で修をじっと見つめる。その視線の強さに修は思わずたじろいだ。


「俺に近い“光るもの”を感じたから。お前は、俺の次に魔力の使い方がうまいと思った。まあ、なんとなくだ……。」


 その言葉に修は思わず目を見開いた。師匠の真っ直ぐな視線に晒され、少しだけ気恥ずかしさを感じたが、それ以上にその評価の重みに戸惑った。


「なんだそれ……。」


 修は呆れながらも、世界最強の師匠に認められるほどの力を手にしている自分に気づき、心の中で静かな達成感を覚えた。


(自分の信じた道は、間違っていなかったんだな……。)


 そう思うと、どこか報われた気がして、口元にほんのり笑みが浮かんだ。

 

「まあ、もし何かが起こったときに頼りにしてるってことだ。」


 師匠はさらりと付け加え、踵を返して去ろうとする。しかし、去り際にふと振り返り、軽く手を振りながら言った。


「あくまで推測だからな。むやみに言いふらすなよ~。」

 

 その言葉は妙に軽く、深刻な話題の直後とは思えないほどだ。しかし、その背中には確かに決意が宿っていた。


 修は一人倉庫に残り、師匠の話の重みを噛み締めながら静かに息をついた。


(……また大きな危険に巻き込まれそうだけど、まあいいか。)


 小さくため息をつきつつも、不安よりも、自分の理想にかなり近づいている感覚に震えていた。

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