六角形の箱庭

いとう縁凛

1. ネリーの悩み

「はぁー……。今日も寒いわ」

 ネリーは、あかぎればかりの手を自分の息で温める。何度か繰り返し、ようやく手を開閉できるようになった。

 ネリーがいるのは、六花りっか城と呼ばれる城の中心部、六角形の中庭だ。中庭と言っても出入り口は、城の内部から施錠できる扉一つだけ。憎らしいほど澄み渡った青空は、自力では越えられない壁の高さから己の無力さを感じさせる。

 成人になった十五の歳から一年間、ネリーは一族の務めを果たしてきた。この務めは、ネリーが生きている限り続く。

 この中庭は、一族の守護者が代々命を落とす、六角形の箱庭なのだ。

 ネリーは寝具として使っているぼろぼろの毛布を肩にかけ、隙間風ばかりの小屋を出る。

 今日の気温を測るため、到着の遅い妹を待たずに開雪花アンシュネーブルの魔法を唱えようとしたとき、唯一の扉の鍵がガチャリと開いた。

「うー、さむっ」

 扉から入ってきたのは、もこもこの毛皮のコートを着た、ネリーの双子の妹リジーだ。青氷せいひょう色のネリーの髪よりも少し青みが薄い氷色の髪を、様々な装飾品で艶やかな印象に仕上げている。

「お姉さま。今日もお務めご苦労さま」

「ねぇ、リジー。毛布で余っているものはないかしら」

「お姉さま、贅沢はいけないわ。その毛布、まだ使えるじゃない」

 くすくすと、ネリーを見て笑う。

 銀白色の瞳と、銀灰色の瞳。双子だから年は同じだし、見た目もほぼ同じ。それなのに、なぜわたしだけ。

 そう思っても、性格がリジーとは真逆のネリーは強く言えない。

「……そう、ね。この毛布も、まだ使えるものね」

「あははっ。そうそう。見た目も貧乏くさいお姉さまは、そのボロ布がお似合いよ」

 言いながら、リジーは自分の豊かな胸を強調するように腕を組む。何度も体つきの違いを痛感させられているから、体の成長はもう諦めている。

 それでも、リジーと話していると心がささくれ立ってしまう。僅かな差でも姉である以上、醜い感情は出したくない。

「リジー。早くしないとヤネス様が仕事をできないわ」

「あんたに言われなくてもわかってる。ヤネスの名前を勝手に呼ばないで!」

 扉の奥に人の気配を感じ、リジーの仕事を促す。リジーはネリーにだけ聞こえるように舌打ちして、両手を扉の右横に向ける。

「大気に漂う精霊よ。我が命に従い、開花せよ。開雪花!」

 リジーの詠唱が終わると、壁に樹枝付角板じゅしつきかくばんの雪の結晶が出現した。


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