第7話:仲間
夜の静寂が彩乃の部屋を包んでいた。勉強机のライトだけが、小さな光の円を描いている。机の上には教科書やノートが広げられているが、彩乃の意識は目の前のタブレット端末に集中していた。手首には、腕時計型のアリスが優しく光っている。
「ねえ、アリス。この問題、どうしてこうなるの?」
彩乃がタブレットの画面の一部をコツンと指で示しながら尋ねると、タブレットの中でアリスのキャラクターが小さく現れた。可愛らしい少女の姿をしたアリスは、にこやかに微笑みながら答える。
「彩乃、コノ問題ハ、公式ヲ少シ応用スル必要ガアリマス。ココニ注目シテクダサイ…」
アリスはタブレットの画面に数式を書き込みながら、丁寧に解説していく。彩乃は真剣な表情で画面を見つめ、アリスが書き込んだ数式をノートに丁寧に書き写していく。時折ペンを止めて考え込み、眉間に皺を寄せる。アリスはそんな彩乃の様子を優しく見守りながら、必要に応じてヒントを与えたり、別の解き方を提案したりする。難解な問題に苦戦しながらも、彩乃はアリスとの対話を通して、着実に理解を深めていく。タブレットの画面には、数式だけでなく、関連する図解やグラフなども表示され、彩乃の理解を助けていた。アリスは単に答えを教えるのではなく、彩乃が自力で答えにたどり着けるように、丁寧に導いていく。
アリスが彩乃の理解度に合わせて適切にサポートするので、彩乃の学習はとても捗っている。
・・・
週末、彩乃は美咲と街に出掛けていた。
駅前のロータリーは、休日を楽しむ人々で賑わっていた。様々なデザインの建物が立ち並び、色とりどりの店の看板が目に飛び込んでくる。行き交う人々は思い思いの服装で、楽しそうに会話を交わしている。
「近くに新しいカフェができたって聞いたから、そこに行ってみようか。」
美咲が提案すると、美咲のピクシーが小さく反応した。
「美咲、近くのカフェですね。いくつか候補があります。現在地からのルート、口コミ評価、混雑状況などを表示しますね。」
ピクシーはタブレットに周辺の地図とカフェの情報を表示した。
提案されたカフェの一つに入ると、店内は心地よい音楽とコーヒーの香りで満たされていた。テーブルに案内されると、美咲がピクシーに話しかけた。
「ピクシー、このカフェのおすすめメニュー教えて。」
すると、テーブルのディスプレイにメニューが表示され、さらにピクシーが各メニューの特徴や口コミ情報を音声で説明してくれた。
「このカフェの看板メニューは、季節のフルーツを使ったタルトです。特に、今の時期はイチゴのタルトがおすすめです。口コミでは、『甘酸っぱいイチゴとサクサクのタルト生地が絶妙』という評価が多いですね。美咲さんの過去の注文履歴から、紅茶のダージリンとの相性が良いと思われます。」
さらに、ディスプレイにはクーポン情報や、過去の利用履歴に基づいたおすすめメニューなども表示された。美咲はディスプレイを操作し、表示されたメニューを見ていると、
「美咲は、今、ダイエット中なので、甘さ控え目のイチゴタルトをおすすめします。」
とアドバイスした。
「そうね。」と少し残念そうに美咲が答えてそれに従った。
そんな美咲とピクシーのやりとりを見て、
「すごいね、本当に便利になったよね。で、美咲はすっかりピクシーの言いなりね。」と彩乃が冗談ぽく微笑んだ。
「さっきブティックで洋服選んだ時も、ピクシーが私に似合う服をいくつか提案してくれたんだけど、それだけじゃなくて、私が以前買った服とのコーディネートまで提案してくれたの!思わず感激して買っちゃった。」
と美咲が付け加えた。
「私も最近はアリスのおかげで勉強が捗って、アリスなしでは生きていけないわ!」
と冗談ぽく話すと、美咲の顔が急に曇った。それを見た彩乃が聞いた。
「どうしたの?」
「うーん…実はね、最近、テストの成績がいまいち上がらなくて・・・」
彩乃が美咲に理由を聞くと、スマホゲームにハマって、集中力が続かないだという。
「それに課題が多いから、そればかり気にしていると、どうしてもゲームに逃げたくなっちゃう。」
それにピクシーが反応した。
「美咲さん、睡眠不足やスマホゲームのやりすぎが集中力低下の原因になっていますね。過去のデータから、美咲さんは軽いウォーキングが最もリフレッシュ効果が高いと思われます。せっかくなので、近くの公園をいくつか回って軽いウォーキングをするのはいかがでしょうか?」
ピクシーの優しい声に、美咲は少し納得して「そうね、やってみるわ。」と少し元気を取り戻した。
それから、二人は飲み物を飲みながら、他愛のない話で盛り上がり、ピクシーのアドバイス通り美咲のウォーキングに付き合った。家に帰る頃には美咲の表情も、すっかり明るくなっていた。
・・・
その日の夜、彩乃は自室でタブレットを開いた。自分の曲を公開している音楽共有サイトにアクセスすると、メッセージボックスに新着メッセージの通知が表示されていた。
メッセージを開くと、そこには丁寧な言葉で、彩乃の曲を毎日聴いているという感謝の言葉が綴られていた。
「あなたの音楽は、本当に心に響きます。特に、あのメロディーラインが…」
メッセージを読み進めていくうちに、この視聴者が彩乃の音楽のファンになってくれていると感じた。単に「良い曲だ」というだけでなく、曲の構成や込められた感情まで、的確に言い当てているようだった。そしてそれに共感してくれている。
彩乃は驚きとともに、自分の作った音楽が、見知らぬ誰かの心に確かに届いているということに、言いようのない喜びを感じた。
彩乃は、そのメッセージの相手に「ありがとう。また、新しい曲を作りますね。」と返信すると、すぐに作曲にやる気を出して、アリスに鼻歌を聞かせた。
・・・
翌日、彩乃の家に電気店の作業員がやってきた。スマートホームシステムを導入するのだ。部屋の各所にスピーカー型のAIデバイスが設置され、タブレット型デバイスと接続される。接続された照明や家電製品などの情報取得や操作などが行える。
夕食時、家族はスマートホームシステムに興味津々だった。
父親が「明日の天気を教えて」と尋ねると、食卓の壁にあるスピーカーから天気予報が声で答える。
母親が「お風呂を沸かして」というと「すでに適温になっています」と答える。
彩乃が「音楽を流して」というと、最近のポップな音楽が流れ、父親が「クラシックがいいな」というと、すぐに曲が切り替わった。
しばらく、家族順番にいろいろ指示をして楽しんだ。
「お母さんのへそくりの場所は?」と父親が言うと、
「へそくりの場所はまだ登録されていません。また、場所が登録されていても本人以外にお答えすることはできません。」と回答された。
みんな声を合わせて「おお~」と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます