第6話:スマートファーム
朝の光が田園風景を優しく照らしていた。空は高く澄み渡り、遠くの山々までくっきりと見渡せる。田んぼには青々とした稲が風にそよぎ、その緑の中に、整然と並んだ銀色の支柱が点在している。頭上では、以前はほとんど見かけなかった複数のドローンが、静かに飛び交っている。太陽の光を反射してきらきらと輝く機体は、まるで空を舞う銀色の蜻蛉のようだ。以前はどこか異質なものに感じていた光景が、いつの間にかこの風景に溶け込み、日常の一部となっていることに、彩乃は小さな違和感を覚えていた。自然の風景と無機質な機械が混ざり合っている様子は、どこかちぐはぐで、彩乃の心に小さな波紋を広げていた。
「おはよう!彩乃!」
背後から明るい声が聞こえ、美咲が駆け寄ってきた。朝の澄んだ空気に、美咲の元気な声がよく響く。
「おはよう、美咲」
「ねえ、見た?畑のドローン!すごいよね!今日はたくさん飛んでる!」
美咲は目を輝かせながら空を見上げた。彩乃もつられて空を見上げると、複数のドローンが規則正しく編隊を組んで飛行していた。以前は騒がしく感じたドローンの羽音も、最近ではすっかり耳慣れたものになり、ほとんど気にならなくなっていた。むしろ、規則正しい機械音が、この風景の一部として認識されるようになっていた。
「うん、すごいね…」
彩乃の住むこの農村地域にもスマート農業が普及しつつある。複数の農家が共同で設備投資し、運営管理していく方式が一般的だ。ドローンを使って作物の生育状況を詳細にモニタリングし、必要な箇所に必要な量の農薬を散布する。農作業ロボットも増えてきており、今や人が広大な畑の中で作業する光景はほとんど目にすることはなくなった。畑に人がいると、不審者と判断され、ドローンが瞬時に察知して通報されることもあるようだ。
美咲が話題を変えた。
「そういえば、彩乃がネットにアップした新しい曲、聴いたよ!すごく良かった!」
「あ、ありがとう。でも、ほとんどアリスが作曲しているようなものだけどね。」
彩乃は少し照れながら答えた。
「でも、メインのメロディは彩乃でしょ。あと、コメント欄もだんだん増えてきてるね。今、5000人くらい聴いてくれているでしょ!」
美咲は嬉しそうに話した。彩乃は驚きながらも、じんわりと嬉しさが込み上げてくるのを感じた。自分の作った音楽が、見知らぬ誰かの心に届いている。それは、彩乃にとって何よりも嬉しいことだった。
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授業中、窓の外の畑で何やら騒がしい音が聞こえた。
普段は静かな畑に響く異質な音に、生徒たちの視線が一斉に窓の外へ向かう。一台の大型トラクターが停止しており、その周りに数人の作業員が集まっていた。作業員たちは困った表情でトラクターの周りをうろうろしており、どうやらトラクターが故障しているようだ。しばらくその様子を眺めていると、遠くからプロペラの音が近づいてきた。一台のドローンが、低い羽音を立てながら飛んでくる。その機体は、先ほどまで空を舞っていたものよりも一回り大きく、荷物を運ぶためのアームを備えている。ドローンはゆっくりと高度を下げ、小さな箱のようなものを地上に降ろした。作業員の一人がそれを拾い上げてトラクターの部品と交換した。すると、まるで魔法のように、トラクターのエンジンが再び唸り始めた。作業員たちは安堵の表情を浮かべ、トラクターは無人のまま、再びゆっくりと作業を始めた。
その様子を見ていた教師が、教壇から説明を始めた。
「今、皆さんが見たように、現代の農業ではIT技術が欠かせないものとなっています。農業機械は遠隔地からリモートで操作されているので、実際にトラクターに乗って運転する人は不要になりました。ただ、今のように故障してしまうと、人が現場に行って修理しないといけませんね。また、畑の土壌や作物の状態も遠隔地から監視できるので、最適な時期に農薬散布などができるので、以前に比べると農産物の生産量が増え、また、その生産量も管理されているので、食料の廃棄も大幅に減っているようですね。」
窓の外では、復旧した無人のトラクターが、規則正しく畑の中で作業をしていた。その光景は、どこか無機質でありながらも、効率的な現代農業の象徴のようだった。
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放課後、彩乃が家に帰ると、祖父の建一が来ていた。最近、家庭菜園の作物の出来が良くないことを母親が建一に相談していて、見に来てくれたらしい。建一は、使い込まれた農作業着を着て、庭の小さな畑をじっと見つめている。
「今年は天候が不安定だったからな。土の養分も少し偏っているようだね。ちょっと牛糞入れて、起こしておくか。」
そういって、使い古された鍬を手に取り、庭の小さな畑で作業を始めた。長年使い込まれた鍬は、建一の手によく馴染んでおり、土を耕すその動きは無駄がなく、流れるようだった。
彩乃は、学校であったことを建一に話した。
「そうだね。農業は、その土地その土地で土壌や気候が違うから、その畑での作り方を代々受け継いで経験して美味しい野菜が作れるようになるけど、最近は土壌や気候の影響をあまり受けない種や苗が出てきてるから、昔に比べると誰でも作りやすくなっているね。」
「じゃあ、おじいちゃんの畑も新しい機械を入れると、楽になる?」
「うちの畑は、それほど広くないから、やっぱり昔からのやり方で十分だな。それに自分たちで食べる分くらいしか作っていないから、自分で思ったように手間をかける方が美味しく作れるよ。」
夕食時、食卓には建一、父母を交えた家族全員が集まっていた。食卓には、建一が丹精込めて作った野菜や、家庭菜園で採れた、少し不揃いだが愛情のこもった野菜を使った温かい料理が並んでいる。食卓を囲む家族の顔には、穏やかな笑顔が浮かんでいる。
「そのきゅうりは、さっき庭で取ってきたのだよ。どうしてもくるって丸まっちゃうんの。」
母親が笑っていった。食卓に並んだきゅうりは、確かに少し曲がっていたり、大きさが不揃いだったりするが、どれも新鮮で美味しそうだ。すると建一が、
「水か肥料が足りないんだね。あとで様子を見て、足しておいてやるよ。」
と言った。
彩乃は、この他愛のない話で和やかに盛り上がる食卓を楽しんでいた。
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