第5話

レンと一緒にお昼を過ごすようになって一週間が経った。あの教室でご飯をたべることはもうすっかり体に馴染んでいる。今日も私はパン、レンはコンビニで買ったであろう物でこちらもすっかり馴染みのメンツだ。


レンは初日こそずっとこちらに話しかけてきてはいたが今はほとんどスマホをいじったり時々話しかけてくる程度に収まっていった。初めに言っていた私と話してみたいというのは口実で、きっと彼女も誰の目も気にしなくていい落ち着ける場所が欲しかったのだろう。


話していて気づいたらお昼が終わっていた、なんてのもいいのかもしれないが、やっぱり何も考えずぼーっとしている方が私には合っているので今の方が心地いい。パンを食べ終えた私は窓から見える景色を眺めて、今日は雲の動きが早いな、近頃雨でも降るんだろうか、なんて考えているとレンがいきなり話しかけてきた。


「ねえ、もうすぐテストあるよね。伊織は勉強とかしてるの?」


彼女に言われて気づいた。そういえば来週からテストだったか。テスト前だというのに中学の時と比べてあまりにもクラスの雰囲気が緩いもんだから忘れていた。


「特にする予定はないかな」


「マジ〜?前々から思ってたけど伊織も大概不真面目だよねー」


「レンほどではないでしょ。それに程々の成績は取るよ」


勉強を一切しなくたって平均点以上を取れる自信はある。それは周りのレベルが低すぎるのもあるし、授業を聞いてノートや教科書をパラパラ捲ってたら大体頭に入るから。満点を目指すとかでなければそれで十分だろう。


「勉強しないのに?流石に舐めすぎじゃない?」


「授業の雰囲気からそんな難しいもん出ないよ。テストの前日とか朝にノートでも振り返ってれば平気でしょ」


「え〜?」


彼女は先程まで弄っていたスマホから目を離して今度は私の方に疑惑の目を向けていた。こうもあからさまに疑われると普通にムカつく。どんだけ頭が悪いと思われてるんだ、私。


「流石に顔に出過ぎでしょ」


「いや、だってね〜?この高校の偏差値知ってる?お世辞にも高いとは言えないし、そんなとこにいる時点でって感じじゃない?」


彼女の言っていることは御尤もである。しかし別に誰にどう思われていようがどうでもいいし、私はあのレベルの授業で成績を落とすほど頭が悪いわけでもないから適当に流すことにした。


「ふーん、まあそれもそうだな」


「ねえ、今絶対めんどくさいから流したでしょ。私そういうの敏感だよ」


「だる」


「ひっどーい!じゃあさ、そこまで自信あるんなら勝負しようよ。テストで点数悪かった方が罰ゲーム!みたいな」


なんかもっとめんどくさいこと言い出した。


「お互い専門の教科とかあるし無理じゃない」


「英国数理社の5教科で競えばいいじゃん。それとも何?やっぱり私に負けるのが怖いからやらない?」


「はあ、まじだるい。それ乗っかんないとずっと言ってくるでしょ。やるから黙って」


「よーし、罰ゲームどうしよっかなー」


こいつ早速勝った気でいやがる。ここまでされたら私も本気で勉強してやると決心した。その直後くらいに予鈴が鳴った。いつもだったらもう少し前に解散して余裕を持って教室に向かうのに今日はやけに話し込んでしまった。


「やば、次の授業移動だった!それじゃあバイバイ、伊織もちゃんと罰ゲーム考えといてねー」


レンはものすごい勢いで去っていった。かくいう私もちょっと急がないといけない。ちょっとだけ急ぎ足で戻りつつ、まずはどの教科から手をつけようかと計画を立て始めた。





いつもよりちょっとシャキッとした顔で授業を受けて、教科書やノートを見返したりしているうちにテスト週間がやってきた。一年生で専門授業もそこまで多くないため今回は7教科しかテストはない。全部で3日、そのうちレンと競う5教科は1日目と2日目にある。


「テストの範囲どこー?」


「ちょっとあんた今更何言ってんの?」


「やばい俺ワーク家に忘れた!?誰か見してくれー」


朝から非常に騒がしい。テスト開始まであと30分ほどなのにいまさら勉強したって遅いんだから諦めれば良いのに。朝は基本眠いからテスト開始まで寝ていようと思ったがこうも煩いと流石に寝れない。


「はあ」


思わずため息を吐いて、取り敢えず適当に教科書でも開く。ペラッ、ペラッ。捲っても捲っても全部頭に入ってるものばかり。次のページにどんなことが書いてあるかも覚えている。つまらない。


「おーい、お前ら静かにしろ。ほら、さっさと席につけ」


先生がやってきた。時計を見ればもうあと10分もしないうちにテストが始まる。挨拶して、そのあと回答用紙と問題用紙を配ったあと軽く説明される。そうしてしばらく時間が経てば声がかかって一斉に用紙を捲る音がする。


私がレンに勉強しなくても程々の成績を取れると言ったことはどうやら間違いではなかったらしい。あまりにも手応えがなさすぎた。それは初めの教科だけじゃなくその後の教科も、なんなら全部に言えることだった。テストは50分間ある中の半分に満たないくらいの時間で終わり、軽く見直したら後はずっと寝ていた。





そうして呆気なくテストを終えて、次の週。ぼちぼちテストが返され始める。今日はレンも私もすべての教科を返され終わったのでお互いの点数を確認する日だった。


「ふふーん、私今回のテスト結構自信あるよ!罰ゲームもバッチリ考えてきたからね」


「ああ、そう」


「ちょっと〜、反応悪すぎ!」


「さっさと見せ合おうよ、お昼ご飯食べる時間減っちゃうでしょ」


「も〜、ちょっとくらい勿体ぶったって良いじゃん。それじゃあいくよ?せーのっ」


そう言ってお互いの回答用紙を見せる。レンは理系寄りなのか、数学と理科が80点台後半と高かった。次に国語と社会が、英語だけ少し低めだった。総合的に見れば良い方だと思う。けれど飛び抜けてるわけじゃない。


「はっ?伊織これ全部100点?」


「そうだよ」


「えっまじ、私結構本気で買ってると思ってたんだけど。すご!満点とか、しかも全部!」


彼女は私の回答用紙を見ながらキャイキャイとしているが、分かっているのだろうか。自分が負けていて、罰ゲームを受ける立場だと。


「まじで全部合ってるじゃん、伊織って頭よかったんだね」


「残念ながらね。じゃ、罰ゲームしよっか」


「あっそうだった。え〜、伊織は私に何しちゃうの〜」


正直に言うと、決まってない。でもどうせならなんか面白いことやりたいしなぁ、と考えているうちに、ふと、そういえばレンは私に何をさせようとしたんだろうと思いそのまま聞いてみる。


「レンは勝ったら罰ゲームどうするつもりだったの?」


「私?伊織のお腹触らせてもらおうかと思ってた。私人の筋肉触ったりするの好きなんだけど、伊織って結構筋肉ありそうだしもしかしたら腹筋割れてたりしないかなって」


「腹筋は割れてるよ」


「マジ!?うわー、触りたかった〜!なんか急にめっちゃ悔しくなってきたんですけど」


なるほどお腹ね。チラッと彼女のお腹を見てみる。レンは女性的な体つきをしているから、私と違って筋肉質ということはないだろう。特に思いつかないしレンのアイデアをそのまま使わせてもらおう。


「じゃあ、罰ゲームね。レンのお腹触らせて」


「えっ私の?」


「そう、ほら早くして。お昼休み終わっちゃうでしょ」


早くしろというアピールをしながら手を叩いて急がせていると、いきなり彼女が制服を脱ぎ出した。


「何やってんの?」


「お腹触るんでしょ?」


「そうだけど、脱ぐ必要ある?服の上からで良くない?」


「せっかくなら生がいいじゃん、私も直接触らせてもらう予定だったし」


触られる側の人が言うようなセリフじゃない気がするけど、まあ本人がいいと言ってるならいいか。


「はい、どーぞ!」


ブレザーを脱いで、シャツは下半分だけボタンを外した状態でこちらに手を広げるレン。なんでこんなことしてるんだとちょっと後悔しかけたけど、自分で言ったからには撤回するわけにもいかないし、ありがたく触らせていただこう。


「それじゃあ失礼」


私は彼女の前に座って手を伸ばしそーっとお腹に触れる。やはり私とは違って柔らかくて、触り心地のいいお腹だ。少しぷにっとしていてまるで手に吸い付いてくるよう。そのまま上下に撫でるようにして触れていると、


「んっ!」


レンが声を上げたのですぐに手を離す。


「ごめん、なんかしちゃった?大丈夫?」


「いや、別になんもないけど...」


「けど、何?」


「触り方ちょっとえっちじゃない?」


「はあ?」


こっちが心配しているのに何を言ってるんだこいつは。腹いせにもう一度手を伸ばし、レンのお腹に触れる。さっきと同じようになるべく優しく触りつつ、今度は縦横無尽に手を動かす。


「んん!?」


「何、レンってお腹弱いの?」


「違うし!」


「ふーん?」


「ニヤニヤすんな!もう終わり!」


「え〜、罰ゲームでしょ、そっちに決定権あんの?」


「もう十分触ったでしょ、それにご飯食べる時間無くなっちゃうよ」


「はいはい」


そう言ってレンから少し離れて持ってきたパンを用意する。レンはボタンをはめ直してブレザーを着た。その後はいつも通り特に話すことなく過ごしていたが、お昼休みが終わる10分程前。もうそろそろ戻ろうかというと立ち上がると不意にレンが話しかけてくる。


「伊織のえっち」


「レンもノリノリだったじゃん」


「それでも!なんか触り方がヤリチンみたいだった」


「ぶはっ!触り方が、ヤリチンって、ふはははっ!」


今日一面白い。ずっと笑ってる私にレンはちょっとムスッとしている。


「もう、私戻るから!」


そういってズンズンと足音がしそうな歩き方で帰っていった。私はひとしきり笑い終えた頃に教室を出た。というかこんなに笑ったのは久しぶりだ。笑いすぎて頬が痛い。テスト期間中はあんなにつまらなかったのに、これだけで勉強して良かったと言える。明日少しからかってやろうと決めて私は教室へ向かう。



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