第3話

朝、学校に来て教室に入った時、ちょっと雰囲気変わったなって思った。友達なんていない私は誰かに挨拶をするわけでもなくすぐに自分の席に向かう。そうして席についてチラッと周りを見渡したら、私の自意識過剰もあるだろうけどクラスの人の大半が遠巻きにこっちを見てる気がする。やっぱりこうなってしまったかと一瞬後悔しかけたけど、あの場面に遭遇した時点できっとこうなることは決まっていたんだろう。


私だって、他の奴がレンをあんな風に助けたって聞いたら少しは気になる。しかも相手は男子じゃなくて女子だっていうんだから余計だろう。どちらかというと悪意よりは好奇心的な意味が多めに含まれている目線は居心地悪くて仕方がなかったが、HRチャイムがなったことにより離散していった。


「今日は特に話すことはないかな。今日実習の日だろ?さっさと着替えて準備しておけよー」


そう言って早々に去っていく担任の先生は、製図の授業を受け持っているからどうせすぐ会う事になるだろう。制服をわざわざ脱ぐのも面倒なのでその上に作業服を着てそれぞれの教室に移動する。


うちの学科は40人を3班に分けて木造実習とCAD製図、測量が週替わりで行われる。今日はCADの日だからマジでいつもより1日が長く感じそう。面白いから良いんだけど、出来ないやつもいるわけで。特にパソコンを使うから慣れないやつはマジで遅いしそいつらと足並み揃えて授業を進めていくわけだから一回一回止まって進めてを繰り返すから暇でしょうがない。


ちょっとだるいなって気持ちで移動してると、遠目に作業服に着替えたレンがいた。特に声を掛けようとは思わないけどなんとなーく目で追ってみた。するとたまたまこっちの方を向いた彼女と目が合う。目を逸らすのもなんか違うかなって思って見つめたままでいると、ふにゃっと笑って小さく手を振られた。取り敢えず振り返しておいた。


移動中、ああいう所に男は惚れるんだろうか、なんて思っているといつのまにかそばに居たクラスメイトに話しかけられる。


「ねえ、山本さん。山本さんって電子機械科の山崎と仲良いってほんと?」


「いや別に」


「でも昨日山崎が騒ぎ起こしてた所を割って入ったらしいじゃん?どういう関係なの?」


それを聞いて一体何になるんだろう。まあ素直に答えはするけど、こういう人の関係に口を突っ込まずにはいられないみたいな人は得意じゃない。


「知り合い?」


「ふーん、あんまりあの人と関わんない方がいいよ。良い噂聞かないし。それじゃ」


彼女は友人たちの方へ戻っていった。きっとさっき話したことの報告かなんかしているんだろう。めんどくさいなあ。自分たちが嫌いな奴と絡んでるのが許せないんだろうけど。こんなことされて朝っぱらからあまり良い気分ではない。その後の授業もいつも以上に退屈に感じられて仕方がなかった。


実習が終わってようやくお昼になる。

いつも教室で食べているが今日ばっかりはそこで食べようだなんて思えなかった。かといって他に行くところがあるわけでも無い。食堂はもう今頃席は埋まっているだろうし、便所飯も思いついたがシンプルに個室を一つずっと占拠するのって迷惑すぎるし。購買で買ったパンを持ちながら良い場所はないかとブラブラしていると、ふと名案が思いついた。やっぱ私って天才かも。


人の気配がしない廊下ではコツコツと私の歩く音がやけに響いて聞こえる。たくさんある教室の中の一つ、私はすでに使われていないであろう教室の扉を開ける。ちょっと埃っぽいけど十分だろう。うちの学校は無駄に大きくてこういう物置以下の教室が多い。普段使っている教室からちょっと遠いけど、それでも誰の目線も気にせずに居られるならここが良い。


机と椅子が重ねられた状態で教室の後ろの方に寄せられている。その中の一つを拝借しようか迷ったけど動かすのがめんどくさいからやめた。軽く床の埃を払ってそのまま座る。買ってきたパンの封を開けながら今度からはここでご飯を食べる事にしようと思った矢先だった。誰かの話し声が聞こえる。


特に悪いことをしてるわけじゃ無いけど咄嗟に机と椅子の山へ隠れた。それでも奥まで入ってこられたらバレバレだろうけど。じっと身を潜めているとガラガラっと扉の開く音がした。声的に男女二人。


「お昼に呼び出してごめんね、山崎さん。ちょっと伝えたいことがあってさ」


「別に良いよ。それより話って何?」


おそらく男側の方が深呼吸をしたような音がした。こんな所で男女二人、何が起こるかは馬鹿でもわかるだろう。


「前から山崎さんのことが好きでした!俺と付き合ってくれませんか?」


わざわざこんなとこで告白なんてするなよと思いつつ、レンぐらいまでいくとこういうひっそりとした場所じゃないと何処だろうと目立ってしまうんだろう。


「うーん、付き合うのは良いけど私他にも彼氏いるけど大丈夫?あとセフレも」


「俺と付き合ったら別れてくれたりは?」


「無理かなー、他の人達はそれでも良いからって付き合ってるけど。どうする?」


「それでも付き合いたい。俺に夢中にさせて他の奴らなんか全員別れさせてやるから」


「あははー、じゃあこれからよろしくね」


教室からどんどん遠ざかっていく足音。どうやら終わったみたい。つーか噂には聞いてたけどマジで誰でも付き合うんだな。それにチラッとみたけど男子の方も普通にモテそうな見た目してたし、何より発言が自信に溢れすぎ。あんなこと言えるやつよっぽど過去にモテてないと出てこないだろ。


やっとお昼が食べられる。そうしてパンを頬張ろうとしたらいきなり上から声が降ってきた。


「伊織こんなとこで何してんの?」


「...気づいてたの」


「さっきの人は気づいてないと思う。私からだと頭がちょっと見えてた」


女子にしては大きいこの身長は、何故か知らないけどいまだに伸び続けている。きっと高校に入る前だったら見えていなかっただろうに。


「別に盗み聞きしようとしてたわけじゃないよ、ただお昼食べようとしてただけで」


「えー、わざわざ教室から遠いこんな所で?」


「そう、わざわざ教室から遠いこんな所で」


「盗み聞き云々はどうでも良いけどさ、なんでここなの?普通に教室でよくない?」


主にレン関連で周りの目線がウザいからなんて素直に言って良いものか。良いか。そういうのあんま気にするタイプじゃなさそうだし。


「昨日レンのこと無理矢理騒ぎから離して帰ったでしょ。それがなんか広まったらしくてクラスの人の目線とか気になんのよ」


「謝ったほうがいい感じ?」


「別に、私がやりたくてやったわけだし。それになんとなく分かってたことだから。でも気になるもんは気になるから、教室じゃない所で食べようとしたの」


「そういうことね」


「レンが気にすることはないから。それよりお昼食べて良い?さっきからずっとお預けされててお腹空いてるんだよね」


「どーぞどーぞ!むしろ邪魔してごめんね!」


ようやくパンを一口食べる。うまい。そろそろお腹がなりそうだったからよかった。そのままパンを食べ続ける私とそれをさっきから見続けるレン。なんでこいつまだここにいんの、と思っているとレンがいきなり大きな声を上げた。


「あっ、そうだ!」


「うるさ...」


「ごめんごめん。ねえ、明日から私もここでご飯食べても良い?」


ものすごい唐突だ。私がパンを食べる姿を見て一体彼女は何を閃いたのだろう。


「なんで?」


「前々から伊織とはもっと話してみたかったんだよねー。なんか、他の人とは違う感じがする!」


「ここは私の場所でもなんでもないし別に良いけど、あんまうるさくしないでよ?あと今日みたいなのは他の場所でやって」


「おっけおっけー!じゃあ決まり!明日からよろしくー」


そういってレンは早々に教室から出て行った。なんだか昨日今日とすごく騒がしかったな。明日からレンも来るってことはもっと騒がしくなるんだろうか。意外と静かだったりして。まあどちらにせよあの教室の雰囲気よりは断然マシなはず、多分。

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