第2話
私の中での山崎事件から一週間ぐらい経った。あれから特に何かあるわけでもなく、適当に過ごしている。強いて言うなら体育祭の種目決めがあったことぐらいだろうか。
5月の最後にある体育祭は、例年結構盛り上がるらしい。ほぼ男子しかいないのと体育会系が多いことから嫌に熱が入っている。私は出来るだけサボりたいから全員が必ず出ないといけない種目と球投げとかいう楽な種目に出ることにした。
当然ウチのクラスにも運動が苦手な奴もいれば私みたいな考えの奴もいて球投げというのは非常に倍率に高い種目であった。定員は8人だから志望した私含め15名の中でそれはそれは語りきれないほどの死闘(じゃんけん)を繰り広げた。幾度もなくあいこを繰り返し掴み取った勝利というのは素晴らしいもので、もうあそこが体育祭の中で一番熱の入っていた時間なのでは無いかと勘違いするほどだ。
ここまで大盛り上がりしといて何だが、体育祭の前にまた一つ大きな行事がある。定期テストだ。一番最初のテストということで先生たちはそれなりに気合が入っているように思える。けど生徒はその気持ちとはまるで反比例するようにやる気は駄々下りだ。
工業高校なんて偏差値は高くないし、どちらかというと部活に熱を入れがちだ。それに学科ごとに学んでいる科目も違うので比べる相手は学年別じゃなくて学科別。競い合いが無くて私もやる気はそこまでない。かといって落ちぶれる気もないのでそこそこ勉強はする予定だ。
そういえば山崎さんは勉強とか出来るんだろうか。勉強とかそっちのけで遊んでるわけだし、
すごく失礼だけど頭悪そう。まあ流石に決めつけは悪いか。実は一切勉強とかしなくても授業についていける天才かもしれないし。シュレディンガーの猫的な。テストの結果が返ってくるまでは頭の悪い山崎さんと天才の山崎さんが重なっている状態。私は一体何を考えているんだ?と思っていると、目の前にクラスの女子が立っていた。
「ねー、山本さん。今度の日曜に女子だけでテストに向けて勉強会しよって話が出てるんだけど、どう?」
「あー、ちょっと予定確認するね」
そう言って徐にスマホを取り出し、カレンダーでも開く。部活に入っているわけでもアルバイトをしているわけでもない私は当然予定なんてあるわけなかった。ただなるべく操作をゆっくりさせて言い訳を考える時間を稼いでいた。少し確認する素振りを見せてからもう一度その子に向き合う。
「ごめん、その日歯医者の定期検診があって行けないわ」
「そっかー、山本さん歯綺麗だもんね。残念だけどまた今度誘うね!」
「ありがとう」
出来れば誘わないでそっとしておいてくれたら一番なんだけど。どうせあと何回か断っておけばもう相手も誘わなくなるし、私も無駄に話さなくて済む。別に人と話すのは嫌いじゃないけど、好きでもないし。腹の探り合いみたいのが多い会話が苦手なだけで。彼女が去った後は特に何かあるわけでもなくダラーっと授業を受けていた。
「起立、気をつけ、礼」
最近1日終わるのが早い気がする。もしかして寿命かな。私もうすぐ死ぬのかも。カバンを背負ってそんなふざけた事を考えながら廊下を歩いていたせいで目の前の騒がしさに気づかなかった。
「信じられない!あんたがそこまで酷い奴だったとは思わなかったよ!」
「さっきからあなた達の言ってる意味がマジで分かんないんだけど?」
すごく聞き覚えのある声と、ものすごいデジャブを感じる場面に思わず笑いそうだった。ちょっと人だかりみたいのができてて除いて見ればやっぱりあの人がいた。遠目で見てもわかりやすい見た目してるんだよな。真っ黒で見るからにさらさらしてそうなボブカット。それなりに着崩されてる制服に女性的なボディライン。標準よりちょい小さめくらいの身長も男が好きそうな要素てんこ盛りって感じ。あと顔可愛いし。なんか冷静に山崎さんのこと分析しちゃったけど、どうしようかな。前みたいに間に入っても良いけど、今回は野次馬いるし、スルーしよっかな。
「だから、この前話したでしょ?この子伊藤くんのこと好きだから手出さないでって!なのにアンタは!」
「うーん、ごめん。その話覚えてないし、そもそも伊藤くんって誰?」
「えっ」
危ない。吹き出す所だった。怒ってる相手に真剣に返す山崎さんの温度差とか、こんな人目のつくところで何を話しているんだと思ったらマジでくだらない内容だったとか。最後伊藤くんらしき人もびっくりしてるとこ含めてまるでコントでも見てる気分だ。
「覚えてないって、私ちゃんとお話ししたよ?最近伊藤くんと仲良さそうだったから、もうちょっと距離とって欲しいって...」
「あー、そんなことあったかも。どうでも良すぎて忘れてた」
「どうでも良いって、どういうことよ!」
「だって好きだったら告白でもすれば良いじゃん。他の人に牽制まがいのことしてる暇あるんだったら直接その伊藤くんと話せば良いのに」
「山崎さん、酷いよ、そこまで言わなくたって...」
そう言って彼女は顔を覆って泣き出してしまった。正直言って私はこういう女が一番嫌い。泣けば何とかなるなんて、そんなのが許されるのは赤ちゃんだけなのに。周りもその子が泣き出した途端一気に山崎さんに悪意が向く。
「流石に謝ったほうが良いんじゃない?」
「人を泣かせておいて罪悪感とかないのか?」
「前々からあいつの行動は目に余ると思ってたんだ!」
さっきまではただの傍観者だったくせに、集団っていうのは本当に嫌だ。周りが言ってるし、自分も言って良いんだとか、どんどん言動がエスカレートしていく所とか。本当に気分が悪くなりそうだった私は踵を返して帰ろうとしたけど、その非難轟々を一身に受けているはずの山崎さんを見た時、思わず足が止まった。
「言いたいことってそれだけ?」
彼女は先ほどと何ら変わらない表情で話し始める。ふざけているわけでも怯えているわけでもなく、かといって怒っているわけでもない。まっすぐに泣いてる彼女を見つめる山崎さんはすごくどうでも良さそうに見えた。
「ていうかマジで伊藤くんって誰?さっきのオールバックのやつ?もしそいつだったら、そいつがめっちゃ話しかけてきただけだし、あとタイプじゃないから別に好きにすればって感じ」
何もかもをズバッと切り捨てたあと、話はもう終わったと言わんばかりに彼女はその場から立ち去ろうとする。怒涛の言葉の嵐に思わずみんな固まっていたが、いち早く動いたのは泣いてる子の友人らしき子だった。
「ちょっと待ちなさいよ!まだ話は終わってないでしょ!」
「これ以上何を話すっていうの?」
「優子はアンタのせいで深く傷付いたっていうのに謝罪の一つもなしなわけ?」
「謝罪って、これ私悪いのか?」
「悪いに決まってんでしょ!」
またさっきの空気感に戻ってきてるのを感じる。でも今度の私はその場から離れようとしなかった。むしろちょっとした人混みを掻き分けて真っ直ぐ彼女の元へ向かった。
「よーやく見つけた。帰るよ山崎さん」
「おっ?」
私はしっかりと山崎さんの腕を掴んで自分に引き寄せた。体格差もあってかすんなりこっちに寄ってくれる。突然の乱入者にその場に全員が驚く。とってもデジャブだな。唯一驚き方が他と少し違うのが山崎さんだった。
「あれ、この前の時の?」
「ちょっとあんた誰よ!」
「通りすがりの帰る人です。この子と帰る約束してるんで、それじゃあ」
有無を言わせぬ態度でささっとその場から離れる。後ろからなんか聞こえるが無視無視。そのまま玄関まで一直線に向かう。道中ようやく騒がしさが減ってペースを落とす。ついでに握りっぱなしだった彼女の腕を離す。
「ごめん、強く握りすぎたかも」
「全然大丈夫。つーかさっきはありがとね、伊織。でもあんなことしちゃって大丈夫?」
彼女の言いたいことは分かる。ただでさえ目立つ山崎さんをあんな形で庇ったとなれば、しかもそれなりに人がいたわけだし絶対に目立っている。それでも良いと思えた。
「別に、私ああいうのが一番嫌いだから。自分のやりたいことやっただけだし」
「伊織は強いんだねー」
「山崎さんほどじゃないよ」
「私?」
「最初は普通に帰ろうと思ったんだけど、あんな風に周りから言われても一切芯がぶれてないとこ見て、強いなって思ったから」
「えー、なんか照れちゃう」
両手を頬に当ててクネクネしている。さっきまでのキリッとした雰囲気はどっかに落としてきてしまったのだろうか。目の前にいるのは不思議な動きをしている馬鹿そうな女しかいない。
「じゃあ、ばいばい山崎さん」
「ちょいまち、伊織!」
「何?」
「名前、読んで」
「山崎さん」
「違う、下の方」
「えーっと」
やっべー、下の方知らねー。噂話とかで聞く彼女の話は基本山崎呼びだし。いや待てよ、前インスタ交換した時、下の名前こんな感じなんだーってなった気がする。なんか、めっちゃぽかった。
「もしかして、分かんない?」
「いやー、もうちょっとくれれば、もうすぐ来てる。喉の先っぽぐらいまで来てる」
「がんばれー」
何だったかなー。可愛らしい雰囲気で、彼女らしいというか、そんな感じ。ラ行が付いてた気がするんだよねー。ら、ら、り、り、る、る、れ、れ、れ?あっ。
「レン!」
「ぴんぽーん!」
「うわー、スッキリした」
「私もあと数秒して出てこなかったらもう言おうかと思ってた」
恋って書いてレン。すごい彼女の人生を表してそうな名前だなーって思ってたんだ。まあ恋っていうか、なんていうかって感じだけど。
「それじゃ、ばいばい、レン」
「バイバイ、伊織!」
レンとは帰る方向が真逆のようだった。バス通学の私はバス停までゆっくり歩く。バス停に着いたはいいが次のバスまで比較的時間があるのでベンチに座って大人しく待つ。ぼーっと今日の出来事を振り返ってみるが、やはりレン関連のことが思い浮かぶ。正直かなり印象が変わった日だったと思う。男好きのちょっとおもろい奴程度の認識しかしてなかったが、芯を持ってるめっちゃおもろい奴くらいの認識にはなった。男癖が悪いとこを治せば友達くらい出来そうなのに。それも彼女の個性か。友人と呼ぶのは少しあれだが、知り合い程度が丁度良さそうな奴だなって思った。側から見ててこっちに迷惑かかんなければ面白いし。なんて考えているうちにバスが来た。バスに乗りながら明日はどうなるかな、なんて呑気に考えていた。
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