手紙とジャックの気持ち
第33話
「トレヴァー兄さん、レイチェル義姉さんについてはどうしたんですか?」
あの後、すぐさま国を出た。
隣国へと向かう道中、ずっと気になっていた疑問をぶつける。
トレヴァー兄さんは、居心地悪そうな顔をしているのか眉を潜める。
やがて、ため息と共に話し始めた。
「白紙にして貰った。今の俺じゃ、レイチェルと一緒になるなんて無理だからな」
「そうですが……。話し合いとかは?」
「……貴族令嬢が婚約について意見を求められることはない。レイクッドの親父さんから、話を聞くだろう」
「そうですけど……」
貴族令嬢は言うなれば”駒”だ。
婚約について、彼女たちの意見は通らないことが当たり前。
それを利用して、レイクッド卿に話を通したのだろう。
数日かけ、ようやく目的地へとたどり着いた。
そこで待っていたのは、本来ならここにいないはずの人物だった。
「レイチェル義姉さん……!?」
緑の美しい髪をなびかせた、トレヴァー兄さんの婚約者。
レイクッド子爵令嬢ことレイチェル義姉さんが、私たちが住む予定の家の前に立っていた。
隣のトレヴァー兄さんは、気絶しそうなほど青い顔をしている。
馬車を降りると、レイチェル義姉さんが駆け寄ってきた。
「ジャックくん、こんばんは」
美しい淑女の礼をとる。
困惑しながらも、咄嗟に臣下の礼を取りつつどうしたらいいか考えを巡らす。
「え、ええと。レイクッド子爵令嬢……?ど、どうしてここに?」
「どうしたの、ジャックくん?レイチェル義姉さんではなく、正式名なの?」
「えっと、あの」
「……あぁ、そうよね。大丈夫よ。公式の場じゃないから、普通に呼んでも」
「い、いえ。あの、なんというか、そうじゃなくてですね」
「もしかして、婚約のこと?なら、白紙になっていないわ。だから、遠慮無く義姉さんと」
「え!?白紙じゃないんですか!?」
おかしい。確かに、トレヴァー兄さんから白紙と聞いたのに。
隣の兄さんを見上げる。彼も、私と同じように驚いた顔をしている。
「なっ、親父さんには確かに……!」
「その父から、ここに行くよう言われたのです。トレヴァー。貴方、契約書を見ていないの?」
「はぁ!?」
トレヴァー兄さんは自身のトランクを開けて、何かを探し始めた。
「あ、これか!えっと……。……『トレヴァー・ニルソンが外国に住む際には、レイチェルを連れて行くこと。これは婚約白紙でも、通用しない』……はぁあああ!?!?」
「えっと……」
ついていけない。初めて聞く契約だ。
レイチェル義姉さんの指示で、私たちが乗ってきた馬車から荷物が下ろされている。
(さ、さすがに……。どうしたら……)
王家専属治癒師であったが、今は平民だ。身分が違うため、気軽に声をかけられない。
「待て待て待て!どういうことだよ、これ!」
そんな中、トレヴァー兄さんがレイチェル義姉さんに普通に話しかける。
彼女はきょとんとした顔をしながら、答えた。
「そういうことですわ。私、レイクッドから外れましたの」
「は!?なんっ、どういうことだ!?」
「契約書をもう一度見なさいな」
……もしかして。
「……トレヴァー兄さん。さっきの一文、ファミリーネームがありません」
「え!?あ、ほんとだ……!?はぁ!?」
「婚約の際に、お話ししたはずよ?私は、貴方と離れるのが嫌と。もし貴方が外国に住むのなら、貴族籍を抜けてもついていくと」
「言った……ような……言ってないような……」
「まぁ、貴方はかなり酔っていましたからね。同意ということで、サインをして頂きました」
「くそっ!この一文だけ、後で足したな!?」
「あら、バレちゃいましたか。……ということで、私はただのレイチェルです。どうぞ、末永くお願いします」
ふわりと雪解けのように笑うレイチェル義姉さん。
エリーゼ様とはまた違う、美しい方だ。
トレヴァー兄さんは、手で顔を覆っている。
「トレヴァー兄さん、どうしますか?」
耳打ちをする。私たちとシリウスたち使用人が住む予定の屋敷だが、広い場所ではない。
「はぁ~~~……ジャック」
「はい」
「どうだ?俺の妻だ」
「のろけてないで、なんとかしてください」
結局、レイチェル義姉さんが一緒に住むことになった。
同時に職を探していた私は、その村に元からいた医師の元へと向かった。
話をすると。
「ちょうどいい。そろそろ引退だから、君にここを譲ろう」
といわれ、気がついたら医者として生活を始めた。
息子夫婦の元に行くから、と家の鍵も頂いてしまった。
返そうとするも、風の早さで消えてしまった。
感謝と申し訳なさを感じつつ、自宅兼病院で生活を始めることに。
数日後、レイクッド子爵が訪れてきた。
「やぁ~~~、ジャックくん!」
「レイクッド卿……!?どうして……!」
「いや、なに。娘の様子を見に来た。あと、ついでに治療をな」
ドアに『休憩中』とプレートをかけておく。
奥に通し、お茶を出して一息ついたころレイクッド卿が話し始めた。
「国について、何か聞いているかい?」
「い、いいえ」
「そうか。……端的に言おう。テンセイシャたちは、消えた」
「消えた……!?」
持っていたカップを落としそうになった。やはり、国を出たのか。
私の問いに、首を横に振るレイクッド卿。
「どういうことですか」
「そのままの意味だ。消えたんだよ。一人を残してな」
「一人だけ……?」
「あぁ。君なら、分かるかもしれない。ユウシくんって、子だ」
「っ、ユウシが!?」
驚きのあまり、立ち上がる。彼が残った?
いや、ムライが残ったのか?
「落ち着きなさい」
「あ、はい」
「まぁ、残った理由は分からん。国では、レドモンド殿主体で裁判をしているはずだからな」
「レドモンド殿下が……」
「私が知っているのは、それだけだ。じゃ、また来るわい」
お茶を飲み干し、支度をして帰ろうとするレイクッド卿。
玄関を開けようとすると、チャイムの音が聞こえた。
「ん?急患かい?」
「いえ、裏なので多分……」
レイクッド卿と共に、裏口へと向かう。
ドアを開けると、そこにはトレヴァー兄さんが何かを持って立っていた。
「ジャック~、飯だ。……親父さん!?」
「トレヴァー、我が息子。……契約書は、どうだったかな?」
いたずらが成功したような笑みを浮かべるレイクッド卿。
それを見て吹き出したトレヴァー兄さんは、両手を上に上げた。
「はぁ~~~。俺以外にやらないで欲しい」
「誰がやるか。ニルソン商会と繋がるチャンスだったから、やったんだわい」
「だとして、やらないでください」
「まぁ、もうええだろ。お前さん、どうしてここに?」
「あぁ。……渡すか迷ったんだが、一応な」
トレヴァー兄さんは持っていた手紙を渡してきた。
片方はレドモンド殿下から。かなり分厚い。
もう一通は。
「ユウシ……!?」
なぜ。
震える手で受け取る。
薄い手紙。
「レドモンドの方は、きちんと見ておいた方が良い。俺と同じなら、多分あの後のことが書いてある」
「はい……」
「ユウシのは……まぁ、ジャックの判断に任せる」
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