最初で最後の対話

第31話

「で、どうする?」


 パンを食べながら今後の事を聞いてくるトレヴァー兄さん。

 すぐに行動しようと思っていたら、兄さんの一声で食事となった。

 曰く『いったん、飯を食って冷静になろう』らしい。


(冷静ですけども……)


 実際、空腹だったからありがたい。


「”解呪の雨”ですが、発動自体は簡単です。魔力を流せばいいので。ですが、それをどこでやろうか迷っていまして」

「手紙には書いてないのか?」

「数日後に、王都に戻ると書いていますが……」

「あ~……タイムラグで、明日にはついてんじゃねぇかな」


 トレヴァー兄さんが天を仰いで予想を出す。

 頷きながら、地図を広げた。


「恐らくここですよね、レドモンド殿下とキース司祭がいらっしゃるのは」

「あぁ。で、王都まで馬車で3日くらい。……だが、馬車は故障したんだ。無理だろ」

「……馬だけなら、なんとか」

「馬も逃げたんじゃ」

「護衛もなしで馬車に乗っていたわけではありません。おそらく、騎士団がついているはずです」

「あぁ、騎士団の馬を借りるのか。なら、明日には着くな」

「えぇ」

「……ジャック、お前は国を出るのか?」


 まだ迷っている。

 ……いや、もうほとんど覚悟は決まっている。


「はい。ですが、最後にどうしてもやりたいことがあります」

「なんだ?ムライと話すこと以外なら、俺が叶えてやるよ」

「……っ」


 見透かされていた。

 にやり、とトレヴァー兄さんが笑う。


「何年、ジャックの兄をやってると思ってるんだ。……いいか、ムライは話が通じない。今更、何の話をするんだ」

「……分かりません」

「はぁ?」


 狐につままれたような表情だ。


「いや、分からないって……。なら、無理だ。言いたいことがあるんなら、良いけど」

「あるには……あります……」

「なんだよ、言ってみ?」

「……怒りませんか?」

「そんなにやばいことなのか?」


 ごくり、とつばを飲み込む音がする。

 トレヴァー兄さんの真剣な顔。


(言って良いのでしょうか……)


 いや、言わなくちゃ気が済まないことだ。


「その……ムライに……」

「うん」

「なぜ、私のことを嫌いなのかと……」

「……それだけか?」

「はい。言われた内容によっては、その……我慢ならないかもしれなくて」

「いいんじゃね?かましてやれよ。散々、やられたんだ最後くらい」

「で、ですが」

「ジャック、良いこと教えてやるよ」


 ほとんど食べ終わったトレヴァー兄さんが、口の端に着いたソースをなめながら笑う。


「ああいうタイプに一番効くのは、怒りじゃない。哀れみだ。かましてこい」



 次の日、王都に着いたと王家の影から連絡が来た。

 落ち合う予定の場所へと、秘密裏に移動する。

 ノックをして入ると、疲れた顔をしたレドモンド殿下とキース司祭が座っていた。


「ジャック、トレヴァー……!無事だったか!」

「お二人こそ……!」

「よ、キース司祭殿。……いつ以来だ?」

「トレヴァー殿、半年ぶりだな」

「さて、全員揃ったな?作戦会議と行こう」


 王家の影がどこからテーブルと椅子を取り出していた。

 座ると、さっとお茶を出される。


「ジャック、”解呪の雨”の読み解き助かった。これで、魔法を発動できる」

「レドモンド殿下、本当にお一人で?」

「当たり前だ。俺はこの国の王太子。責任は私が取る」


 太陽の瞳を輝かせ、自信満々にそう答えるレドモンド殿下。


「……であれば、私にも非があります」

「いや、今回のことは西の騎竜舎で気づかなかった私に責任がある」

「……ならば、司祭である私にも責任があるな。そうでしょう?殿下」

「キース司祭……」

「……あ~、あのさ?」


 トレヴァー兄さんが手を上げる。呆れているような空気だ。


「今回は、テンセイシャたちをどうするか?だろ?責任論とか、後でもいいんじゃねぇのか?」

「……それもそうだな。では、”解呪の雨”について話そう」


 レドモンド殿下が納得し、バサリと書類をテーブルに出した。

 私が、影に頼んで送っていた”解呪の雨”の魔法式だ。


「トレヴァー。ジャックから聞いているか?」

「あぁ。魔力量が桁違いに必要ってのは」

「ならば、良い。問題は、どこで発動するかだ」

「いや、レドモンド。問題は、そっちじゃねぇだろ」

「何がだ」

「分かってんだろ。魔力の枯渇だって。国はどうするんだよ」

「……」


 レドモンド殿下は黙ってしまった。

 笑っているような、泣きそうな顔をしている。


「レドモンド、上に立つのは大変なのは分かってる。ただ、自分がなんとかすればで責任取ろうとするのは辞めろ。前も、言っただろ」

「……そう、だな。そうすると、道は一つしか無いんだ」


 すっと立ったと思ったら、私の隣へと歩み寄ってきた。

 レドモンド殿下は、頭を下げた。


「で、殿下!?何を!?頭をお上げください!」

「ジャックに頼むのは、違うと思っている。だが、俺には他に頼れる人間がいない」


 頭を上げたレドモンド殿下は、自身の腰から短剣を取り出した。

 柄の部分を私に向ける。


「レドモンドの名の下、ジャックに王家専属治癒師の称号を与える。……すまない」


 鋭い視線が、私を貫く。


「だってよ、ジャック。……キース司祭殿、あんたはどうなんだ?」

「……すでに、魔力譲渡はすんでいる」

「っなら、キース司祭は今!?」

「問題ない。しばらく魔法は使えないがな」

「そう、ですか。よかった」


 レドモンド殿下を見る。彼は、同じ体勢でずっと待っている。


「殿下、私がもし受けないとしたらどうするおつもりで?」

「……諦める。そして、覚悟を決める。国の方向性を、俺が決めるため」

「そうですか……」


 この剣は、取らなくてもいい。

 私がここで、背を向けても彼らは私を責めない。

 だからこそ、背を向けない。

 それが、私の信念だ。


「謹んで、お受けいたします」

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