第26話

「憶測ではないんですか……?」


 確かに、トレヴァー兄さんが言っている事もある。

 だが、本人がいないんじゃ確認しようがない。

 私の視線を感じたのか、トレヴァー兄さんが笑みを浮かべつつジャケットの内ポケットに手を入れる。

 出てきたのは、手紙だ。

 レドモンド殿下が個人的に使っている封蝋。


「っそれ!」

「今朝、届いた。ジャックの名前になってるから、読んでくれ」

「なぜ、今……」

「渡すタイミングがなかったんだよ。表の宛名は俺だったし。中身を開けて、ジャック宛の手紙も同封されてるってわかったんだ」

「……私の名前を出すと、危ないから?」

「多分な。俺の目的は、こっちだし」


 兄さんの手にあるのは通行手形だ。レドモンド殿下の直筆であり、隣国へはこの手形を出せば入ることが出来る。


「非公式の物では……」

「この手形は公式だ。……店を閉める時、殿下がやってきたんだ。俺の状況とジャックの状況を知って、急いでこれを準備していった」


 再度、手紙を渡してくる兄さん。震える手で開けて中を見る。


「そうでしたか。……読み上げます」

 内容は、現在の国の状況だった。

 複数枚に及ぶ手紙を一枚ずつ、読んでいく。


『親愛なるニルソン兄弟へ。俺は何とか元気だ。キース司祭が西にやってきたときは驚いた。こちらから手紙は出していない。それを説明すると、彼は持ってきた手紙を渡してきた。俺の筆跡や封蝋、あろうことか愛用のペンやインクなども全て同じだった』


「手紙を出していない……?!」

「出してないって、どういうことだ?」

「キース司祭が仰ってったんです。レドモンド殿下から、手紙が来たと」


 おかしい。出発した朝も、ちらりと見た。

 封蝋しか見てないが、まさしくレドモンド殿下の物だと今の今まで考えていた。


『嫌な予感がし、俺はキース司祭と共に王都へと戻ろうとした。だが、ぬかるみに足を取られたのか馬車が横転した。止まった場所が川の近くであり、馬は転倒し流されてしまった。かろうじて残った馬車を調べると、明らかに細工された痕跡があった。何者かが、俺の命を狙っている。そのため、王都ではなく別の場所に避難した。この手紙は、王家の影を経由しているため場所は割れないようになっている』


「は!?暗殺未遂だろ、それ!」


 手が震える。

 なんで、そんな、誰がそんな馬鹿なことを。

 偽の手紙、偽証文書の作成、暗殺未遂。


 ――誰が、こんなこと?


 ……いや、ここまでの流れであればだれかなんて想像がつく。

 だけど、まだ証拠が足りない。


『現在の王家の状況について共有しておく。王家は二つに割れている。すぐにジャックを王家専属治癒師に戻し、トレヴァーを王家御用達に戻し国の混乱を納める旧派。ユウシ……今はムライか。ムライやトモヤらをそのままに、エリーゼを結婚させ国を発展させようとする新派。俺は旧派で、エリーゼと陛下は新派だ。今のところ、陛下がムライやトモヤを支持している。俺も王太子だが、王である陛下にはかなわない。意見書を送ったが、返事も来ないところから届いていない可能性がある』

「陛下が……!」



 国家転覆。



 頭をよぎる。

 彼ら、転生者は本当にこの国を乗っ取る気なのか。

 届いていないとあるが、届いていたとして読んでない可能性がある。


「……なぁ、ジャック」


 難しい顔をしていたトレヴァー兄さんが、重々しく口を開く。


「……どうしました?トレヴァー兄さん」

「トモヤの商会が売っている食べ物に、洗脳魔法が仕込まれていたらって話しただろ?」

「してましたね」

「ジャック、王家専属治癒師に選ばれたら何をするんだ?」

「えっと……陛下から拝命を受けるため登城。その後は、晩餐会があるはずです……」


 記憶の引き出しを片っ端から開けて、思い出す。

 10年前だから、少し曖昧だけど陛下と直接お会いするから登城は合っているはず。


「晩餐会か……」

「何か、気になる事でも?」


 トレヴァー兄さんは所在なさげに手を揉み、目線をさまよわせる。

 深いため息をつくと、何かを諦めように話し始めた。


「……王家御用達の商会は、様々な場所へ商品を卸せる。……当たり前だが、王家にも卸している」

「そう、ですね……確か」

「王家が主催の晩餐会は、必ず王家御用達の商会が用意する決まりになっている」

「トレヴァー兄さん……?」


 嫌な予感がする。

 何が言いたいんだ。


「……王家専属治癒師の拝命記念の晩餐会。ムライが就任した日によっては、ニルソン商会が用意した物じゃない。トモヤが用意した物だ」

「……っ、まさか!?」


「そうだ。本来『王族にふさわしい品物を用意する』御用達の商会が、『王族に危険な品物を用意する』ことになっちまう。……何がやりたいんだ!トモヤたちは!!!」


 ダンッと机を思いっきり叩くトレヴァー兄さん。

 私は口を手で覆い、ある可能性を思いつき血の気が引いていた。


(もし……陛下の口に入っていたら……)


 王家専属治癒師を拝命する際、陛下から直接だ。

 記念の晩餐会も行われるだろう。

 毒見がつくが、洗脳魔法は引っかからない。


 ――国王に洗脳魔法をかける人間なんて、いないから。


 まさか、前提条件が覆されるとは思わない。


(毒見を通り抜け、陛下が召し上がられ洗脳に……!)


 普通の、王家専属治癒師であれば。

 気づくか、違和感を覚えるはずだ。


 ムライは、そうじゃない。

 国を乗っ取ることが目的であれば、見て見ぬふりをする。


 ――自分の利益のため。


 手紙を掴んだまま、机に両手を叩きつける。


(私は……こんなことに気づけないで……!)


 ユウシがもともとこういった性格なら、助けた後で諭せばよかった。

 そもそも、魂が違うんだ。気づけるわけがない。


(教会を出る前に、ムライと話し合えばよかった……!)


 話が通じるかは分からない。

 それでも、話をするしかなかった。

 去ってしまった。


「大丈夫か……?」


 トレヴァー兄さんが私を心配そうに見つめてくる。

 

 ――今、後悔している場合ではない。

 

 頷きを返し、レドモンド殿下の手紙を一度握りしめる。

 呼吸を整えるため、深く息を吸いゆっくりと吐く。


『他の貴族にも連絡を取ろうとしたが、取れない。唯一、防衛大臣のディジェンシーにはとれた。恐ろしい事に、私を王太子から降ろしエリーゼに変えようとしている。このままだと、私の地位が危うい。すでに、ディジェンシー以外は私の退位に賛成している』


「は!?」


 退位?

(国を乗っ取る気なんですか……ムライたちは)


 いや、でもまさかそんなことを考えるわけが。

 彼らなりの正義か?にしては、あまりにも強引すぎる。


『王家専属治癒師と御用達の話も影から聞いた。現在、ムライとトモヤ以外にあと二名が王家がつく称号を与えられている。片方は鍛冶屋で、片方は研究をしている人間だ。さらに、俺が以前に対応した騎竜舎にいたテイマーも同種だと判明した。5人に共通していることを調べたものを、共有する』


 テイマー……?

 思い出した。


「スタンピードの原因になった……」


 国直属のテイマーだ。

 あの事件は、謎の暴走事件として片付けられた。

 そういえば、そのテイマーも意味が分からない事を話していたとエイブラム殿が言っていた。


(彼も、ムライとトモヤ氏と同じような人なのか……)

『トモヤが持ってきた商品も調べさせてもらった。どこから来たか、どこで作られたかのかも不明という事が分かった』


 兄さんが危惧していた通り、トモヤ氏の売っている品物はどこから来たのかわかっていないとのことだった。


『陛下はムライ、トモヤと他二名に勲章を授与した。鍛冶屋と研究職員についても、称号を与えたと連絡が来た』


「……この、鍛冶屋と研究職員は……」

「鍛冶屋は知ってる。うちでも、話題になってたからな」

「なら、研究職員は?」

「……わかんねぇ」


 バツが悪そうな顔をして顔をそらすトレヴァー兄さん。

 一度口を開くも、考え直したのか口を紡ぐ。

 何か知っているのか?

 知っていたとして、言えない事なのだろうか。


「……レイチェルが関係しているってのは、分かっている。だが、それ以上が分からねぇ」

「レイチェル義姉さんが?」

「……後で話す。今の状況をまとめると、ムライたちはこの国を乗っ取ろうとしてるんだよな?」


 話を逸らすように、内容を要約するトレヴァー兄さん。

 私は、少し迷った。

 が、首を縦に振る。


「すでに、中枢にまで入っているんです。レドモンド殿下の退位も、何もかも」

「……とりあえず、続きを読もうぜ」

「そうですね」


 内容をすべて読んで、後でまとめよう。

 仮の結論を出して、二枚目をめくる。

 書いてあったのは、王家の影からの情報だった。

 最初の一文、あまりの衝撃に手紙を落としそうになった。


「うそでしょう……!?」

「どうした?」


 声帯が変な震え方をしているせいか、声が出しづらい。

 だが、なんとか読み上げた。


『影からの情報も共有しておく。”テンセイシャ”は――』



『この国を出るつもりだ』

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