第3話

「ジャック。容態は?」


 レドモンド殿下がキース司祭を伴って戻ってきた。遅れてやってきた神父に、講堂を開けるように指示をする。


「出血量が多く、呼吸と脈が弱くなっています。意識はほとんどありません」

「ふむ……では、これを張りなさい。……レドモンド殿下、ご足労をおかけして申し訳ございません」


 赤い札を青年に張り、殿下に謝罪をするキース司祭。私も頭を下げようとしたが、レドモンド殿下がそれを制した。

 彼は、手を振りながら朗らかに笑う。


「俺が押しかけた側だ。気にしないでくれ。……それより、酷いのだろう?その傷。早く見てやってくれ」

「……それもそうですな。早く運ぼう」


 手伝いに来た神父に青年を運ぶよう指示をする。彼らは、『タンカ』と呼ばれる二本の棒に板を渡した道具へ青年を担ぎ上げた。

 私も講堂へ行こう。

 微かに、音が聞こえてくる。規則正しい馬蹄の音。


「あれは……」


 私が呟くと、レドモンド殿下とキース歳は私の目線の先を追いかけた。

 ランプを掲げた騎士団だった。先頭の馬に乗っている男性は、険しい顔をしている。


「団長か。どうした?」


 レドモンド殿下が近づく。馬を止め、先頭に立っていた騎士団長殿が馬上から礼をする。


「キース殿、お久しぶりです!馬上から失礼いたします、殿下。スタンピード発生のため、すぐに王城へとお戻り頂きたく」

「何、スタンピードが……?わかった、すぐに戻ろう」


 レドモンド殿下は、すぐさま別の馬に跨がる。別の騎士が、彼に耳打ちで説明しているのが見えた。

 騎士団長殿は、次にキース司祭と私を見た。険しい顔は、さらに剣呑とした雰囲気を醸し出している。


「原因不明・予測もされていないスタンピードのため、大量の怪我人が運び込まれます。教会の講堂を開けて頂きたく」

「委細、承知いたしました。ジャック、先に講堂へ」

「わ、わかりました!」

「すまないな、王家専属治癒師殿。お話中に」

「い、いえいえ!では、殿下。御前、失礼いたします」

「おう、頑張れよ」


 私に手を振るレドモンド殿下に一礼し、私は駆け足で講堂へと向かった。




 講堂は、重々しい空気だ。

 深夜だからの理由を差し引いても、妙に冷たい空気が漂っている。


「状況は?」


 汚れたローブを脱ぎ捨てる。

 手を洗い治療の準備をしながら、他の神父の話を聞く。


「はい!出血が酷く、意識が戻っておりません!」

「わかりました。二人で大丈夫ですか?」

「ご心配なく。それよりも、トリアージの方をお願いします。ジャックさん」


 もう一人の神父が手で扉を指す。見ると、続々と怪我人が運ばれてくるのが見えた。

 腕をまくって、手袋とマスクをつける。すでに、ほとんどの神父やシスターが出てきているようだった。

 全員を集めて、増大魔法で声を大きくする。


『私がトリアージを行います。赤札を優先してください。また、数名は緑札の人を見ていてください。症状が変わったら、すぐさま連絡を』

「「わかりました!」」


 運ばれてきた怪我人の状態を見てトリアージを行う。

 先代が考案した方法だ。本人は『テレビで見た奴を、真似ただけだ』と暗い表情で言っていた。


「ジャックさん、呼吸と意識は安定していますが、頭を打ったと」

「わかりました。黄札で、マリーのところへ」

「ありがとうございます!」

「ジャックさん!!!片足欠損で、大量失血!こちら、欠損部位です」

「赤札で、優先順位を上げてください」

「はい!」


 怪我の具合が重傷の人を優先して治療に回す。

 戦場のようだ。来る人の状態を見て、どこに回すかを決めていく。


「おおい、神父さん!助けてくれ~」

「どうしました?」

「落ちてきたレンガに足をやられたんだよ」

「わかりました。……意識はありますね。痛みはどのくらいですか?」

「いてて……すげぇいてぇよ!」


 軽めの治癒魔法をかけ、緑札を渡す。彼は、少し曇った表情をした。


「後回しか?」

「有事のため、医療に関する魔法のリソースは限られています。より重傷の方を優先して治すためです」

「後回しじゃねぇか!この足じゃ、家族を食わせることができねぇ!」


 ぐいっと胸ぐらを捕まれる。息が詰まるが、どうしても言わなければならない。

 私は、彼の手を掴む。

 ぎょっとして、私を見つめてくる。


「っえぇ。ですが、必ず治します。だから、もう少し待っていてください!」

「早く治せよ!そしたら!」

「何事だ?」


 厳かな声が聞こえてくる。見ると、キース司祭が私と彼の二人を交互に見比べていた。


「キ、キース司祭……」

「ふむ……足か……。ならば、貴方は緑だ。他にも重傷者がいる。お引き取り願おう」

「あぁ!?なんでだよ」

「ならば、彼らを見捨ててもいいというのか?」


 司祭様が指さす先。赤札の人たちだ。

 彼等は、毒で弱り切っている人や、失血で生死の境目をさまよっている。

 患者を励ましつつ、治療を必死に行っているシスターや神父。

 文句を言っていた彼は、その光景を見て黙った。


「この問答すら、無駄と言わざるを得ない。貴方一人にかけている時間を、他の怪我人にかけた方がいい」

「……ちっ、しゃーねぇなぁ」

「叫ぶ元気があるなら、治療は後だ。いいな?」

「……わかったよ!! ……すまなかった」


 彼は私に頭を下げ、緑札を乱雑に受けとり去って行った。私はキース司祭に駆け寄る。


「……少々、乱暴だったのでは?」

「あの手の輩には、はっきり言った方が良い。回りくどい言い方が通じるのは、貴族だけだ。ジャック」

「そ、そうですね」

「はっきりと話した方が良いこともある。トリアージはどこまで進んだ?」

「さっきの彼で最後です。……これを使わずにすみました」


 手元の黒い札を見やる。これを渡される人たち。

 意識もなく、呼吸もない。

 すなわち、「死」に近い人たちが持つものだ。

 今回は使わなくて良かった。胸をなで下ろす。

 最初のような喧噪は嘘のように、講堂内はかなり落ち着いている。


「ふむ……ならば、いい。……あぁ、そうだ。お前が運んできた青年だが……。様子がおかしい。見てきなさい」

「様子が……?わかりました」


 最初、運ばれてきた青年は講堂にいたが、どうやら場所を移し治癒室へと運ばれたそうだ。


(嫌な予感がする……)




 治癒室は、戦場のような有様だった。

 ベッドに寝かせられた青年とは裏腹に、神父やシスターがせわしくなく駆けまわっている。


「自発呼吸なし!意識、回復しません」

「治癒魔法もきかないのか!?ポーションは?」

「搬入は、明後日です。間に合わない!」

「ジャック・ニルソン、入ります。……状況は?」


 ベッドには青年が寝かせられている。顔色は変わらず真っ白であり、呼吸も脈も弱い。

 私に気づいたのか、シスターが駆け寄ってきた。


「マリー、ここにいたんですか」

「えぇ。これが、彼の様子よ」


 私の教育係であるシスター・マリーだ。彼女は金の瞳を心配そうに潤ませながら、私と青年を交互に見る。


「……毒、ですか……」

「えぇ。さっき、ここに来てくれた子がいるの。その子が言うには、自分を庇って魔獣に噛まれたと。……解毒、できそう?」

「……」


 眉間に力が入る。トリアージや軽傷者の治癒に魔力を使ってしまった。

 普段なら大丈夫だが、今日は王族の方の治療も行ったのだ。魔力はほとんどない。

 魔獣の毒は専用の魔法が必要だ。


(どう計算しても……私の魔力じゃ足りない……!)


 魔力を譲渡して貰うことも考えた。でも、マリーや他の神父はすでに疲労困憊だ。

 目の前の青年を救うことは出来ない。

 そう結論づけた。するしかなかった。

 頭を下げる。目の前には、さらりと流れる緑色の髪の毛が――


(……ある)


 肩甲骨付近まで伸びた髪。私は、震える手で自分の髪を後ろに束ねる。


(魔力が無いなら……、作れば良い)


 自分の首が見えるくらいまで切れば、魔力は十分だ。私のただならない雰囲気を感じ取ったのか、マリーが目を丸くして首を横に振る。


「……マリー、ハサミか短刀を」


 思いのほか静かな声だった。マリーは、目を見開く。


「それは……エリーゼ様の治療用じゃない……」


 マリーの声は震えていた。


「私の魔力を使えば……」

「マリー。それでは、貴女が死んでしまう」

「でも、その髪と元々の魔力でようやくでしょう?エリーゼ様の病気を治療できるのは……!」


 魔力は命そのもの。マリーは、すでに使い切っている。

 その状態で、他人に魔力を譲渡すれば死んでしまう。


「私、ジャック・ニルソンは王家の物。なれど……」


 この髪を切ってしまえば、エリーゼ王女殿下の治療は遅れてしまう。

 魔力の再生成には時間がかかる。

 そうだ。

 私は、王家の物。

 この髪一本すら、王族の物である。

 ちらりと、自分の手首を見る。

 王家の証が入っているブレスレット。これが私の今の立場を保証する物品となる。


「……私は彼を見逃すことが出来ません」


 一度、髪から手を離しブレスレットを手首から外す。

 もう一度、髪をまとめてマリーに催促をした。

 彼女は私の一連の行動を見て観念した。

 震える手で、不器用な笑顔で、短刀を渡してきた。


(ギリギリを……)


 できるだけエリーゼ王女殿下のため、魔力を残せるように。

 治療の遅れをできるだけ、ないように。

 ぶつり、と音がし短刀の抵抗がなくなった。

 後ろからパラパラと髪が落ちる音がする。同時に、魔力が全身を巡る感覚を覚えた。


「……よし」


 すぐさま青年の枕元に立ち、彼の頭を持つ。微弱な魔力を流し、毒の種類を検索する。


(神経と麻痺……やっかいですね……)


 解毒の魔法式を頭の中で書き上げ、ゆっくりと唱えながら魔力を流す。

 だんだんと、青年の呼吸が整ってきた。あと少し。あと少しだ。


「状態はどうだ?」


 もう少しで終わる頃、誰かがやってきた。声からして、キース司祭だろう。

 私は手が離せないので、軽く会釈をするだけにする。

 キース司祭の顔が少し強張った。が、すぐにいつも通りの表情へと戻る。

 何かを話しているんだろうけど、聞き取れない。

 青年の顔色が白から、赤みを帯びてきた。これなら、大丈夫だ。

 私は彼の頭から手を離す。他の神父に彼の状況を事細かく見るよう、指示を出した。


「キース司祭……」

「ジャック、大丈夫か?」

「その……あとは……たのみます……」


 目の外側が、だんだんと暗くなっていく。

 足に力が入らない。

 それだけなんとか伝えて、私は固い床へと倒れ込んだ。

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