第36話 久々の『命令』
奈央ちゃんとわたしが『姉妹』でなくなってから2回目の日曜日の午後。珍しく家には奈央ちゃんとわたしの二人が揃っていた。
「栞ちゃん、次のゴミの日にまとめて棄ててほしいものがあるんだけど、どこにやっておけばいいかな」
そう言って奈央ちゃんがわたしに見せてきたポリ袋には麻縄や目隠し、首輪が乱雑に放り込まれていた。
「それ、捨てちゃうんだ」
「うん。ただの同居人になったあたし達にはもう要らないものでしょ。別にあたしは栞ちゃん以外の人とこういうことする気ないし。——栞ちゃんがもし誰かとそういうことするなら、栞ちゃんにあげるよ?」
「わ、わたしだって他の人とそんなことしないし!」
反射的にわたしは答えちゃう。
「でも――捨てちゃうんだ。ちょっと寂しいね」
名残惜しくポリ袋の中身を見つめてしまうわたし。なんでそれが名残惜しいのか。それは、それらの危惧も使いながら奈央ちゃんの『命令』を聞いているその瞬間は、わたしは清瀬栞という一人の女の子として必要としてもらえて、そして奈央ちゃんにとっての『唯一無二』『特別』でいられたからだな、って気づいた。
——それだったら、もう一度奈央ちゃんに『命令』してもらえれば、またわたしは奈央ちゃんの『特別』になれるのかな。
ふとそんな考えが頭に浮かんで、わたしは我慢できなくなる。
「ねえ奈央ちゃん。棄てちゃう前に最後に1回だけ、わたしに『命令』してみない?」
わたしの提案に奈央ちゃんは目を見開く。
「それ、本気? 今の栞ちゃんはあたしの『奴隷』じゃないじゃん」
「でも逆に言うと、だったら奈央ちゃんはわたしのご主人さまじゃなくて対等なわけだし、わたしの方から命令して、って頼んでもおかしくないよね?」
ちょっと上目遣いで頼んでみると奈央ちゃんがたじろぐ。
「姉さんのことを思い出しちゃったから、あんまり人を虐めたり暴力を振るのは避けたいんだけど。姉さんと同じことをしてしまうのが怖いから」
「これはわたしの方から頼んでるから虐めにも暴力にも当たらないね」
わたしの言葉に奈央ちゃんははあっ、と呆れたように溜息を吐く。
「あたしに気の進まないことを無理矢理させるって、栞ちゃん、Sの才能もあるよ。——やるなら、あたしの部屋行こ」
「やった!」
そしてわたしは、1週間以上ぶりに奈央ちゃんの『命令』を聞くことになった。既に体の奥の方が熱くなってきた。
「で、栞ちゃん。何をされたいとかある? 縛られたい? 踏まれたい? 叩かれたい?」
奈央ちゃんの部屋までやってくるなり、いきなりなかなかのパワーワードが奈央ちゃんの口から飛び出る。
「うーん、前にもあったけれど、わたしって『命令』の内容考えるに苦手なんだよね。だから、今日も奈央ちゃんが考えてよ」
「はいはい。意外と『対等』になった栞ちゃんって人使いが荒いね。イヤだったらすぐにやめるけれど、何をされてもあんまり文句言わないでよ。あ、あと、今は栞ちゃんは『奴隷』じゃないから、セーフワードとか決めておく?」
奈央ちゃんの言葉にわたしは首を横に振る。
「とりあえず今回はいいよ。それに、わたしのことをよく見てくれる奈央ちゃんが、わたしの本当にイヤなことに気づかないはずがないもん」
「よくそこまで信頼できるね。あたしと栞ちゃんは赤の他人な上に、あんなイカれた女の妹だって言うのに」
奈央ちゃんの態度はあくまでそっけない。けれど、ここでチャンスを逃したらわたしはもう二度と奈央ちゃんの『特別』になれなそうだから、わたしは辞める気はなかった。
それから。奈央ちゃんはわたしの手足を麻縄でいつも通りがっちり縛り、最後に目隠しをされる。手足の自由を奪われ、視界が塞がれる久しぶりの感覚。いつもよりの他の感覚が鋭くなり、これからわたしは何をされちゃうんだろう、というわくわく感とお腹の下からこみ上げてくる熱が抑えられない。それから。
「よいしょ、っと」
奈央ちゃんの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間。人の温もりの残った布らしきものがわたしの鼻と口のあたりに近づけられる。女の子の汗と、その他いろいろ交じった何とも言えないかぐわしい匂いを鼻孔が捉える。
「これってもしかして……奈央ちゃんのパンツ?」
「そう! この場で脱いだばかりの脱ぎたてのあたしのパンツだよ」
奈央ちゃんの下着……。そう意識した途端、余計に下着に残った匂いが尊いものに感じてきて、体中が火照ってくる。好きな人の下着、しかも脱ぎたてを顔の前にかざされるとか――幸せとかそういうのを通り越して、心臓に悪すぎる。実際、心臓がばくばく鳴ってる。なのに。
「お姉ちゃんはあたしがいいって言うまで、妹のパンツを嗅ぐ変態さんになるの。今のお姉ちゃん、すっごく恥ずかして、気持ち悪くて――愛おしい」
わたしの質問に奈央ちゃんもわたしを縛ったことによってスイッチが入ったのか、ねっとりとした声で言うだけで、一切容赦してくれる雰囲気がない。ノリノリでその場でパンツを脱いでわたしに嗅がせてくる奈央ちゃんも相当の変態さんだけど、それはつっこまないようにしておこう。
「んんっ! 奈央ちゃん、これはダメだよ、わたし、感じて、濡れちゃいそう……」
手足が縛られて動けないながらもわたしがのたうち回って逃れようとするけれど、奈央ちゃんはわたしの体をそっと抑えて、
「なら、そこもあたしに見せて。お姉ちゃんの汚いところ、もっともっと見たい」
なんて言ってくる。
そしてタガの外れたわたしは奈央ちゃんの見ているところで、奈央ちゃんの下着の香りで絶頂してしちゃった……。けれどその瞬間、心地よい高揚感とともに間違いなくわたしは奈央ちゃんの『特別』になっていることを感じていた。
同時に、わたしは懐かしさもまた、感じていた。幼少期、奈央ちゃんに会ったばかりの頃。奈央ちゃんに強引に手をひかれて隣の学区を走り回った日々。
——そっか。奈央ちゃんに『命令』されるのって、あの楽しかった日々にもどこか似てるから、唯一無二に感じられるんだ。
その時、わたしは気づいていなかった気持ちよさの正体に初めて気づいた。
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