第18話 清瀬奈央は悪い子です
——奈央ちゃんは、わたしのことをどう思ってるんだろう。
奈央ちゃんの『奴隷』になったあの日以来。わたしは時折、そんなことを考えてしまっていた。
それまでは、わたしは奈央ちゃんはわたしのことを『お姉ちゃん』としか見ていなくて、わたしはそれ以上でもそれ以下でもないんだ、って思い込んでいた。
嫌われてることはないだろうけれど、わたしの奈央ちゃんに対する想いは一方通行で、図示してみたら奈央ちゃんからわたしに対する感情の矢印よりわたしから奈央ちゃんに対するの矢印の方がきっと、遥かに太い。そもそも、わたしと奈央ちゃんは女の子同士であり、家族で、姉妹同士。姉妹以上の関係になることなんて許されない。もしそんな関係の発展を望んだら、きっと"一般的と言われる"性的指向・倫理観を持つ奈央ちゃんを混乱させちゃう。
そう思っていたから、無理やり自分の心にブレーキを掛けていた。けれど、わたしが奴隷になったあの日。わたしとの時間が減って寂しいと告白した時に奈央ちゃんが見せた必死な表情。あの時の表情は本当にわたしを『姉妹』や、その延長上の関係でしか見ていなかったのかな、という疑問がわたしの中に生まれた。
「普通の姉妹だったら、姉がおもらしするところやノーパンで下校してるところを見て妹が喜ぶことってないよね。いや、わたしが知らないだけで、世間一般の妹にも、姉を服従させたいって言うのが当たり前だったりするのかな。それ以前に奈央ちゃんが変わった性癖の持ち主で、誰でもいいけれどたまたま手軽に声かけられそうだったのがわたしだけだった、ってことも全然あるけど……」
一人きりでの学校からの帰り道。考え事をしているうちに少し声に出てしまった。奈央ちゃんのことを考えるととくん、と胸が高鳴って、鼓動が早くなる。全身に新鮮な血潮が行き渡るのを感じる。奈央ちゃんに対して諦めていたことを期待したくなっちゃう自分がいる。
「そもそも、奈央ちゃんって女の子も恋愛対象として見られるのかな。——って、もし奈央ちゃんの恋愛対象に女の子が入っていても! やっぱり姉妹同士でお付き合いするとかムリだよ。だって奈央ちゃんは――」
溜息を吐きながら玄関の引き戸を開けた時だった。
「ああ、もうダメ。んん…………! はぁっ」
洗濯機を置いている脱衣所の方から、奈央ちゃんのへんな声が漏れ聞こえてくる。
——え、なに、今の声。奈央ちゃんの声……だよね。奈央ちゃん、脱衣所で具合でも悪くなってるのかな。
そう思った時には、わたしの体は脱衣所に向かって走り出していた。そして。
「奈央ちゃん? 入るよ」
奈央ちゃんの許可も待たずに脱衣所の扉を大きく開け放つ。そして。目に飛び込んできた光景に、わたしは唖然とする。
そこにいたのは……今日まとめて洗濯するつもりで洗濯機に放り込んでいたわたしの練習用のレオタードに、切なそうな表情をしながら顔を埋めた奈央ちゃんだったから。そして奈央ちゃんの右手は両足の間を這っていた。
奈央ちゃんは夢中になってわたしが扉を開けてしまったことにすぐには気づいていないのか、
「ああっ! お姉ちゃん、もっと汚いところを、あたしに見せて……」
と、恍惚とした表情で漏らしていた。
――なに、この状況。なんか今の奈央ちゃん、気持ちよさそうでなんだかいつも以上に愛おしい思いが込み上げ……って、何考えてるの、わたし!
と、その時。わたしと奈央ちゃんの視線が交錯し、奈央ちゃんの切なそうな表情は一瞬にして真顔になって、それから顔面蒼白になる。
「あっ、お姉ちゃん。ごめんなさい、これは、えっと……」
◇◇◇
閑話休題。
「つまり奈央ちゃんはわたしの脱いだレオタードを嗅ぎながらえっちな妄想をしていた、ってことだよね」
「はい……」
奈央ちゃんの部屋へと場所を移したわたしは、奈央ちゃんのことを審問していた。この部屋に来るといつもならわたしの方が奈央ちゃんよりも立場が弱くなっちゃう。けれど、あんな場面を見せられた後だから、今日に限っては、わたしと奈央ちゃんのパワーバランスは逆転していた。奈央ちゃんはいつにも増してしおらしい。別にあんまり嬉しくないけど。
「自分の脱ぎ捨てたもので妹が興奮してたとか……やっぱ気持ち悪かったよね?」
お伺いを立てるように恐る恐るわたしのことを見上げてくる奈央ちゃん。
「まあ別に。奈央ちゃんがちょっと性癖の曲がった変態さんだ、っていうことはいつもの『命令』を聞いていればわかるし」
「お姉ちゃん、酷い!」
わたしの歯に衣着せぬ言い方に、奈央ちゃんがわたしのことをぽかぽか叩いてくる。
「それに――」
奈央ちゃんがわたしの脱いだ服に顔を埋めているのを見た時、わたしも嬉しくて、ちょっと濡れそうになっちゃったし。
一瞬そう言いかけて、わたしはギリギリのところで留まる。それを言ったらわたしも明らかに変態さんになっちゃうし——それを言ったら、奈央ちゃんのことをわたしが妹以上として見ていることを認めることになっちゃう。あの日、奈央ちゃんのことを妹として見るんだと決めたわたしにとって、それを告白することだけは許せなかった。
「それに?」
きょとんとした表情で聞いてくる奈央ちゃんにわたしは「なんでもない」と言って誤魔化した。
「まあわたしは別に何とも思ってないから。今度からは、もっと人が入ってこないように気を付けてね。わたし達は姉妹なのに奈央ちゃんがわたしでえっちな気持ちになってたとか、お父さんやお母さんが気づいたら卒倒しちゃうかもしれないし。できればわたしも気づかないようにやってくれると助かるな」
主にわたしが理性を保っていられるようにするために。
わたしのお願いに奈央ちゃんは「はい……」としおらしく頷いた。
奈央ちゃんの反応にわたしは満足して頷く。そして夕ご飯の準備をするためにキッチンに向かおうとした時だった。
なぜか、奈央ちゃんがわたしの手首を掴んでくる。
「お姉ちゃん。あたしがさっきやってたことって、良くないことなんだよね? あたし達、姉妹だし」
今にも泣きそうなほど目を潤ませながら聞いてくる奈央ちゃんに
「ま、まあ、普通に考えたらそうなるかな……」
とわたしは言葉を濁す。すると奈央ちゃんは目元の涙を手の甲で拭ったかと思うと。
「じゃあ――イケナイことをしちゃった悪い子のあたしに、お仕置きして」
上気した頬で、奈央ちゃんはまたまたとんでもないことをしてきた。
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