第一章 優しい悪魔の誕生
着替えを終え、会社を出ようとした秋人は、何処かで泣き声が聞こえ、辺りを見渡した。
ドアの閉まった給湯室の中から泣き声が聞こえる。
そっと、給湯室のドアを開け、中を見ると、そこには、経理部の内藤 優子(ないとう ゆうこ)が背を向け、一人泣いていた。
「内藤さん?どうかしましたか?」
秋人の声に驚いた優子は、慌てて、両手で涙を拭い、振り向いた。
「橘くん、どうして……?」
「泣き声が聞こえたから……。」
「あっ……ごめんね。何でもないのよ。」
そう言って笑ってみせる優子の目から、涙が一筋流れた。
秋人は、静かに給湯室の中へ入ると、ドアを閉め、優子の側に近付く。
「何か悩みでもあるんですか?僕で良ければ、相談に乗りますよ。」
優しく微笑む秋人に、優子は、顔を歪ませると、秋人の側に駆け寄り、彼の胸にしがみついた。
「……ふられちゃったんだ。三年間付き合ってた彼氏に……。」
秋人は、優しく優子の背に腕を回し、黙ったまま、話を聞いていた。
「彼……他に好きな人が出来たんだって……だから、私は、もう……要らないって 。」
『要らない……?』
秋人の心の中で、何かが弾けた感じがした。
優子は、ハッとなると、慌てて、秋人の側を離れた。
「ごめんなさい……。私……。」
「大丈夫ですよ。心配しないで。」
「橘くん……。」
潤んだ瞳で見つめる優子に、秋人は、優しく微笑む。
「そんな男の事は、早く忘れた方がいいですよ。男なんて、この世の中に、まだまだ沢山いますよ。」
「うん……そうだね。」
秋人の言葉に、優子は、薄く微笑んだ。
「不思議ね……。橘くんに話したら、何だかスッキリしちゃった。」
えへっと照れたように笑う優子に、秋人も笑って返す。
そして、こう言った。
「世の中には、沢山、男はいるけれど……。内藤さんは、要らない人なんですよね?」
「えっ……?」
「要らない人間は、駆除されるんですよ?」
そう言いながら、微笑み近付いてくる秋人に、優子は、少し恐怖を覚えた。
「な……何を言っているの?橘くん……?」
少し震えた声で呟く優子に、秋人は、ポケットから、カッターを取り出し、微笑んだ。
「人の泣き顔って、ほんと……面白いね。」
「えっ?!」
秋人は、素早く優子の背後に回り込むと、優子の口を片手で押さえた。
「んっ!……んん……!」
そして、カチカチと、カッターの刃を出すと、それを優子の右手に握らせた。
「失恋して、自殺なんて……素敵でしょ?」
秋人の言葉に、慌てて身を捩り、逃れようとしたが秋人の力は強く、優子は、瞳を大きく震わせた。
「ねぇ……もっと見せてよ。君の泣き顔。」
耳元で優しく呟くと、カッターを握らせた優子の手を首に持っていき、思いっきり、シュッと引いた。
赤い血が吹き出て、優子の身体がグラリと床に崩れ落ち、倒れていった。
赤く染まったカッターを握りしめたまま、床に転がる優子。
床一面が血で赤く染まってゆく。
「面白い顔が見れた。素敵。」
呟くと、秋人は、静かに給湯室を出て行った。
ー第一章 優しい悪魔の誕生【完】ー
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