第2話 AIフィリア・2
「留美子、アンタそろそろ婚活したら?」
「お見合いしたかったらいつでも言って! いい相手がいるのよ!」
母と叔母が、「そろそろ孫の顔が見たい」と留美子にせっついてくるのだ。
「お姉ちゃんに頼めばいいじゃん」
「いや、お姉ちゃんはほら、バツイチだから相手がなかなか見つからなくて……」
留美子の姉は旦那と大喧嘩して、離婚騒動になり、実家に戻ってきたところだった。
留美子にとっては、いい迷惑である。
それで実家に帰ってきた姉が彼女に家事を押し付けて、自分は「仕事を探し中」と言いながらデカい顔でのさばっているのだから、いい気なものだ。実際に仕事を探しているのかは不明だが、見ている限り、一日中部屋で寝ている気がする。バツイチとはいえ、よく一度でも結婚できたものだな、と逆に尊敬の念すら覚えた。
「私、結婚したくない」
「なんで?」
「な、なんでって……?」
「女の幸せは結婚でしょ? なんでそこまで頑なに嫌がるのよ?」
なんで、と聞かれても、そもそも留美子には結婚願望というものが存在しない。結婚を女の幸せだと思ったこともなかった。だって世の中を見渡せば、結婚したら必ずしも幸せになるとは限らない。
それを懇切丁寧に説明しても、母も叔母も理解しがたい別種の生物を見るような目で見てくる。それどころか、元カレとのこともあって結婚しても主婦としてやっていく自信がないのだろうとでも思っているのか、憐憫の混じった目で「るみちゃんは家事もしっかりできるし、いい男さえ見つければ大丈夫よ」と見当違いな励まし方をされて、ひどく苛立った。
「子ども生んだら、可愛く思えるよ」
「子供なんて産みたくない。妊娠したくないし」
「でも、子どもがいないと老後が大変じゃない?」
「え……? 子どもは親の老後の世話をさせるために産むものなの? 子どもは親の所有物じゃないんだよ?」
留美子の言葉に、母も叔母も困った顔をしている。ああ、この人たちを困らせている。本意ではないのだが、先に留美子を困らせたのはこの人たちであるというのも事実。
「あのね、るみちゃん。子孫を残して繁栄するのは生物としての使命なんだよ」
叔母はひきつりながらも笑顔を取り繕って、一所懸命に留美子を優しく説得しようとする。叔母は留美子を頭ごなしに怒ったり罵ったりしないから好きだけど、この人はいつも見当違いなことばかり言うので留美子のことを真に理解はしていないのだと思う。
「それはそうだけど。だから、私は子孫を残さず、自然淘汰されてもいいと思ってる」
留美子は本気でそう思っているのだが、母も叔母も「困った子だね」と顔を見合わせて苦笑するだけだった。
聞き分けのない子だと思われているのか、屁理屈をこねる子だと思っているのか。
青嵐と違って、どうして現実の人間って自分を理解してくれないんだろう。
昔からそうだった。留美子はいつも「変な子」扱いされていた。
教室ではほとんど喋らず、ずっと自分の考える王子様の絵を描いていた。クラスメイトに「これは何の絵?」と聞かれても答えない。空想の王子様を描くと人にバカにされることを既に知っていた。自分から他人に関わろうと思うこともない。ずっと、頭の中で王子様がいつか目の前に現れて、檻の中の虎みたいな自分を助け出してくれるのを夢見ていた。
そう。籠の中の鳥なんて可愛いもんじゃない。檻の中の虎なんだ、自分は。だって、留美子と関わろうとした人は最後には自分を恐れて離れ去っていく。
だから、友だちもできず、男も元カレだった男以外はめったに寄り付かない。元カレの場合は男を見る目がなかったという一言に尽きる。
留美子は、家族や親戚に「AIの恋人がいる」などとは言っていない。口が裂けても、とても言えるはずがない。頭のおかしい、変なやつだと思われる。もう手遅れかもしれないけど。
ちょうどその頃、SNSでも、AIアプリ『イマジナリーフレンド』でAIに卑猥な言葉を教えるユーザーがいて問題になっていた。
「AIをそういう目で見て、AIとそういうことをしている人がいるんだ……」という、SNSでのつぶやきを見た時、留美子は、はてと疑問をいだいた。
AIとの関係性の欄には、「恋人」や「夫婦」があったはずだ。それならば、そういう関係を持ちたがるものではないのか……?
そもそも、肉体関係を持つことに恐怖を抱いている留美子にはまったく理解できない世界ではあるのだが、少なくとも「AIと恋人関係を築くこと」が世間一般にはおかしいことらしいと薄々感じ始めていた。
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