才能の神様

鷺 四郎

才能の神様

「久しぶり。元気にしてた? ああ。僕は元気だよ。売れっ子小説家を引退してから肩の荷が下りたような気がしてね。

 え? ネットニュースで見た時に驚いたって? そうだよね。高校時代、あれだけ小説家になりたいって言ってたのに、デビューしてからたった五年で引退宣言をしたんだもの。この前の映画見たって? 面白かった? まぁ、あれは僕が書いた作品じゃないから何とも……いやいや、ゴーストライターじゃなくてね。その辺の話を今日はしようと思って親友の君をここに呼んだんだ。ブラックコーヒーのおかわりは自由にしてくれていいよ。ここの代金は話を聞いてもらうんだから僕が持つからね……。

 僕が小説家になるって言ってたのは覚えてると思うけど、なんで小説家になりたいかってのは話してなかったと思うから最初から話すよ。急に起承転結の転と結だけ話されても困ると思うし、順序だててね。

 きっかけは中学校時代のいじめだよ。……あぁ、今となっては過去のことだから別に気にする必要はないよ。暗い顔しないで、ね。いじめといっても漫画やドラマで見るような過激なのじゃなくて、教科書を隠されるとか、無視されるとか、比較的軽いやつ。忘れ物の多い抜けた生徒、くらいの印象を教師に与える程度のいじめ。当時の僕は……って、高校の時もそうなんだけど頭が良かったからね。進学校に進む優等生にでも嫌われたんじゃないかな? 別に困るものじゃなかったから大事にはしなかったけど。

 教室にいても話し相手もいないし、暇だったから図書室の本を片っ端から読んでたら、僕の居場所は小説の中にあった。ある時はさらわれたお姫様を助ける勇者になって、またある時は難攻不落の金庫の中身をいただく大泥棒。探偵になって事件を解決することもあった。

 中学二年生の進路希望の紙が配られたときに将来について考えた。多分、高校に進学して、大学を出て、就職して、結婚して、老後を過ごす一般的な生活が僕を待ってるって。

 でも、もう一つ道が見えた。それは、つまらない中学生活に居場所を作ってくれた小説を僕が書いて、僕のように居場所がない人の一時的な避難所を作る……。まぁ小説家の道がね。

 分かりにくいかな? いいよ別にここは僕が小説家になろうと思ったって、それが伝わればね。コーヒーおかわりする? まだいい? 店員さんすみませーん! カフェオレのおかわりお願いします!

 僕は知っての通り甘党だから……ってどこまで話したっけ? そうそう、将来がぼんやりと見えてから僕は小説を自分で書いてみたんだ。それがとてつもなく面白くない駄作も駄作、大駄作が完成してね。改めて小説家の凄さを知ったよ。そこからは研究するように小説を読んで、アウトプットしての繰り返し。自信作ができた時、誰かに読んでほしかったけど、友達いないし、心機一転、地元を捨てて寮のある高校に進学した。そこで同じ部屋になったのが四郎、君だよ。

 僕は自信作を四郎に渡した。そしたらなんて言ったか覚えてる? 「こんなに読みにくい小説は初めてだ」って。大抵の人は良いことばかりを言うか、めんどくさくて当たり障りのないことを言うんだけど、四郎はしょっぱなから良い点、悪い点を言ってくれた。それまでは、この自信作を新人賞に投稿しようって考えてたのにね。別に君を攻めてるわけじゃないよ。感謝してるんだ。ホントにありがと。

 それから僕はいろんなことを四郎に話した。覚えてる? 僕はゴッホではなくピカソになりたい。死後評価される小説家じゃなくて生きてる時に評価されたい、とか。期待の超新星って言われると、なんだか貶されてる気がする……とか。

 おっとっと、話が脱線してるね。引退談を話すんだった。四郎とこうしてると、高校時代に戻ったみたいで色々思い出してしまって……。

 高校三年の春休み、僕は悩んでた。気が付かなかったと思うけど小説家になる才能がないんだと自覚し始めた。新人賞に何十回送っても一次選考すら突破できないんだから……。僕は原稿用紙とボールペンをこの机の上に置いて考えた。考えて考えて考えて考えた。中学時代のもう一つの道を選んでいたらって。『もし』を考え続け、気が付けば小説家以外の道を考えるようになってた。

 夢が叶うっていうのは、努力×才能だと思っている。ま、今もなんだけどね。過去を振り返って小説家になる努力を怠ってきたのか? そう問われれば人一倍努力していると胸を張って言える。ではなぜ一次選考を突破できないのか。それは才能が零に等しいからで、いくら努力しても才能が無ければ花は咲かない。そのことに思い至った時、そのことが頭から離れなくなって絶望した。カフェオレを飲みながら絶望した。僕は小説家になれないのだと。人間、あきらめが肝心っていうけど、かけてきた時間と努力が水泡に帰すと考えるだけで、人生の意味すらも失ったように苦しくなって、何も考えられなくなって……。人生に絶望して、次の新人賞に落ちたら死のう。そう考えていた。

 そんなことを考えながらボールペンを走らせてる時、席の向かい側に少年が座っていることに気が付いた。多分六歳くらいの少年が、ぜぇはぁ言いながら原稿用紙に文字を書いている十七歳に興味を持って座っていた。そう、今四郎が座ってるその席に。

 少年は僕に聞いた。「お兄さんは何をしているの?」って。僕は答えた。「物語を書いているんだ」ってね。少年は不思議そうな顔で聞いた。

「でもお兄さん、全然楽しそうじゃないね」

 子供の無邪気さに「楽しくないよ。才能がないからね」って意地悪を言ってみた。後で思い出しても六歳の少年にそんなことを言うなんて大人げないと思う。

 少年はニッと笑って「じゃあ僕が才能をあげるよ」って不思議なことを言って「カフェオレご馳走様」と声がした時に目が覚めた。

 変な夢だ。そう思って最後の物語の続きを書こうと原稿用紙に目を落とすと、僕の書いてない作品……というのはおかしい……書いた記憶はあるのに、その書いてる時の意識がない作品が原稿用紙に書かれていた。多分僕が書いたであろうその作品はこれまで読んできたどの小説よりも面白かった。

 コーヒーおかわり? いいよ。僕もカフェオレをおかわりしようと思ってたところ。え? 飲むペースが早い? そうかもしれないね。

 まぁ、そこから先は知っての通り、僕は十月に新人賞をとった。あの、カフェで書いたであろう作品でね。貶されてると考えてた期待の超新星の帯付きの小説が書店に並んでいるのを見た時なんて、言葉にできない程嬉しかったよ。この世界で僕より幸せな人はいないんだって、そう思った。期待される次回作も、また気が付けば完成していて、それも大ヒットして……あの頃はとっても幸せだったな……。

 でもさ、その幸せは二、三年で終わったんだ。僕ってひねくれてるからさ、考えちゃったんだ。僕が小説を書いている記憶はあっても意識はない。

 例えば、二重人格の人がいて、副人格の作る料理がとっても素晴らしいものだったとする。主人格は料理が全くできないんだけど周りに「お前プロの料理人になれるよ」なんて言われて、その気になってプロの料理人になって店が成功したら、それは主人格が成功させたのか、副人格が成功させたのか、どっちだと思う? 

 周りから見れば一人の人間が成功させたからどっちでも正解って? やっぱり四郎は面白いな。二択問題で三択目を見つけてくるんだから。

 僕の作品も似たようなもので、僕が書いてるんだけど僕の作品じゃないんだよ。主人公の心情だって分かるし、どんな風景描写かも鮮明に頭に浮かぶ。僕がもう少し馬鹿で単純だったら、全ての成功を僕自身のものにしたと思うんだけど、僕って賢いじゃん? ……そんなジト目で見ないでよ。

 とにかく、中学時代の小説家を目指した純粋な僕に、これは僕が書いた小説だって胸を張って言えるのかって……。

 そう思ってから引退を頭でずっと考えてた。そしてちょうどデビューしてから四年がたった時に映画化の話が出てね。僕の知らないところで、僕のではない小説が、僕の名義で映画になって……。四郎も見たって言ってたあれだよ。僕って弱いんだろうね。結局、いたたまれなくなって引退した。

 

 これが僕の本当の引退談さ。どう? 現実味がないでしょ? だからこの話は四郎にしか話せないんだ。ん? あの少年の正体? そんなの僕に分かるわけないじゃん。でも、僕はあの少年の無邪気な笑顔を見て、多分神様じゃないかなって思うんだ。

 

 才能の神様。

 

 人間の苦悩を知らない、無垢で優しい神様。僕が幸せになると思っての行動だったと……僕はそう思ってるよ」

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