好きを教えてくれてありがとう

 ようやっと救護テントから解放された私は、教室に戻って弁当を食べる。

 とりあえず男子たちに「邪魔すんな」とばかりに唐揚げのタッパを配り歩き、奈美子ちゃんにも唐揚げをあげる。


「いや、いいの? 螢川くんとは……」

「そりゃもう、夕哉くんには一番ありますし。ただここできちんと媚びを売っておかないと、また茶化されると」

「そこは茶化される前提なんだねえ……」


 奈美子ちゃんに呆れられつつ、私はようやっと夕哉くんと一緒にお弁当を食べはじめた。夕哉くんは競技にたくさん出たせいで、ものすごい勢いで唐揚げが消えていく。


「はあ……ありがとう、未亜さん。俺の持ってきた分だったら全然足りなかった……」

「お母様、かなり夕哉くんにお弁当用意してらしたのに、全部消えちゃったねえ」


 それはもう、重箱にご飯がぎっちり詰まり、肉も野菜も入っている体育祭の応援弁当の定番だったのに、見事に全部消えてしまっていた。お腹空かせている高校生の食欲は本当に馬鹿にならないとはいえど。

 そもそも夕哉くん、今日は既に二種目出てるし、午後からまた二種目出てたら、カロリー使い過ぎて身がなくなっちゃいそうだもんなあ。

 私の言葉に、夕哉くんは頷いた。


「うん、今日は本当に燃費が悪いや。でも未亜さんにばっかり頼ってもられないのにな。また冬から映画撮影のために東京に出ないといけないし」

「そうだねえ……」


 お弁当を食べ終え、お茶を飲むと、夕哉くんは立ち上がった。


「もうちょっとだけ休み時間続くし、その間散歩しないか?」

「はい? うん……いいけど」

「じゃあ行こう」


 夕哉くんに自然に手を引かれ、私は驚きながら歩いて行った。

 昼間になったらちょうどいい風が吹きはじめてきたから、日がそよいで暑くても、気持ちがよくて目を細める。グラウンドの周りは応援や見学に来た人たちがお茶やお弁当を食べているのが見えている。

 まだ移動時間じゃないため、人もまばらだ。


「でもなに? いきなり夕哉くん私を呼んで」

「うん……いろいろ考えたからさ。転校してから」


 それに私は彼を見上げる。夕哉くんの横顔は精悍で、少し前よりも高くなったような気がする。そういえば。夏休み中ずっと会っていたはずだし、オーディションを見送ったはずなのに、その頃よりもちょっとだけ身長が伸びたような。


「俺の夢を応援してくれる子に初めて会ったからさあ。俺の夢を語ると、大概は笑い飛ばされるか、なんとなく後ろめたい扱いされることが多かったから」

「……スーツアクターになること?」

「スーツアクターになるのは、あくまで過程だな。スーツアクターになるのだって、俺がヒーローになりたくって、でもどうやったらヒーローになれるかがわからなかったからだ」


 私はそれをちっとも馬鹿な話とか、笑い飛ばすようなおかしな話とかには思えなかった。私はキョトンとして夕哉くんを見上げる。


「そこって笑い飛ばすところだったの? 私は夕哉くんがヒーローが好きで、憧れてて、言動もずっとヒーローを心がけてるってわかってたけど」

「うん……ありがとうな、未亜さん」


 夕哉くんが屈託なく笑うのに、私は手を繋ぎ直した。


「だってさ、夕哉くんの入院している時間を助けてくれたのがヒーローで、そんなヒーローに憧れて、そのヒーローみたいになりたいって思うのは当然の話だよね? 私だってなんとなくわかるもん。それ」

「未亜さん? 憧れてるって」

「私ねえ、ヒロインになりたかったんだ。なんというか、恋をしてみたかった。なんでか知らないけど、今は恋するっていうのを言うと、途端に煙たがられるし、人にアタックするとすぐにストーカー扱いされたり気味悪がられたりするけどね」


 きっかけなんて、どこでだったか忘れたけれど。多分アニメだったと思う。

 アニメの中で、なんとなく仲良くなったふたりが、恋をして付き合いはじめる話があったんだ。そのふたりが幸せそうだったのを見て、憧れたんだ。自分も恋をしてみたいと。

 でも恋はひとりでなんてできる訳もなく、好きになれる人が現れないと当然できないものだった。この人のことを好きと思ったら追いかけた。まあ追いかけたけれど、誰も恋のしかたなんて教えてくれる訳もなくて、初恋は無残な終わり方をした。学習した私は、もっとストレートに恋をしてみようと思ったものの、なにか変だったらしくって気持ち悪がられた。

 どうしてだろう。どうして私は恋ができないんだろう。

 恋に恋していたと言われることだってあったけれど、違うんだ。どの人もちゃんと好きだったんだ。「それは恋ではない」って否定されるのは嫌だったし、つらかった。

 私はちゃんと好きだったんだよ。

 それを肯定してくれたのは、夕哉くんだけだったんだよ。それだけ。

 私の言葉を聞いて、夕哉くんは「未亜さん」と手を引いてきた。私は夕哉くんを見上げると、彼は目をキラキラとさせて言ってきた。


「俺は未亜さんのことを素敵だと思う。可愛いと思っているし、ガッツがあるところもいいと思ってる。俺もあんまり恋をしたことがないから、上手く言えないかもしれないけど……君に会えてよかった」


 あまりにストレートに言われ、私の中でズキュンと胸を打たれた。この人は本当にいつもいつも、いったいどれだけ私のことを褒めてくれれば気が済むんだろう。私はキュンキュンしながら、夕哉くんを見上げると、私は言う。


「うん、私も好き」


 私がそう言った途端に、夕哉くんが顔を火照らせた。

 と、次の瞬間風がぶわりと吹いて、なにかが降ってきた。どうも風になぶられて誰かが使っていたタオルが飛んできてしまったらしい。私はタオルを被って「ギャー、臭い!!」と暴れていると、慌てて夕哉くんがタオルから私を救出しようとあわあわと巻き付いたタオルを取ろうとする。


「大丈夫か、未亜さん!?」

「グエー、大丈夫。でも臭い……」


 私に貼り付いたタオルをどうにか取っ払ってくれたところで、さらに風が吹いて、思わず夕哉くんが前につんのめる。フニュリ……とした感触が唇に付く。

 一瞬付いた感触のあと、私は思わず夕哉くんを凝視すると、夕哉くんは「わ、わ、わ……」と茹でダコ状態で慌てている。


「す、すまん! 俺、今……」


 ……今の感触。どう考えても私と夕哉くんは風におもちゃにされた挙げ句、キスしてしまったらしい。汗臭いタオルのにおいに包まれてなんて、いくらなんでも最悪だ。


「や、やり直しを要求します!」

「えっ!?」

「さすがに嫌です! ファーストキスが汗臭いタオルの香りなんて、いくらなんでも嫌です!」

「俺も汗掻いてるが!?」

「夕哉くんは許します。他のにおいはさすがに嫌です」

「わっ、わかった……」


 夕哉くんに肩に手を置かれ、腰を屈められる。私は静かに彼の唇を受け入れた。


 恋なんてなんにもままならない。

 真っ直ぐ走れば壁にぶつかる。駆け引きしても気付かれなかったらそれはなにもしなかったのと同じ。

 好きな人が自分のことを好きになってくれるなんて、なかなかありえないことだって、私は思い知っている。

 でも今までの失恋も、多分今の幸せのためだったんだ。

 傷付いてない訳じゃない。痛いものは痛いけれど。

 今はその痛さを分け合える人がいる。

 それをきっと、幸せと呼ぶ。


<了>

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突撃以外知らない私の恋はやっぱり突撃しか知らない 石田空 @soraisida

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