告白するタイミング

 映画館に入り、ふたりでポップコーンとコーラを買うと、それを持って座席に入る。座席を眺めてみれば、映画館はメインターゲット層の小さな男の子と親御さんたちだけでなく、前にもちらちら来ていた特撮好きな男性陣に、若い女性もちらほらと見た。


「若い女の子も結構いるんだね」

「そうだなあ、若手俳優の登竜門のせいか、女性ファンも結構見に来てる」

「なるほど。たしかに前に螢川くんが見せてくれた奴の中にも、結構ドラマで見る俳優さんたくさん見たから、特撮で顔を覚える人も結構いるんだね」


 そうこう言っている間に話がはじまった。

 あれだけ騒がしかった小さな子も、あれこれしゃべっていた人たちも、スクリーンが真っ暗になった途端にピタッと黙るんだから見事なものだ。

 話は束の間の休日を楽しんでいたところで、急に現れる敵。その敵の巻き起こす騒動をどうにか解決しようとする主人公たち。アクション映画の王道を、特撮でもやっていた。派手なシーンに少し涙腺の潤む展開。

 私は夢中になってスクリーンを見ている中、ふいに鼻をすする音に驚いて振り返ると、螢川くんが泣きながら必死に顔を押さえているのが見えた。

 どこで泣くのかタイミングはわからなかったけれど、感極まったんだろうか。私は慌てて鞄の中をまさぐると、ポケットティッシュが見つかった。それを黙って彼の座席の前に差し出すと、螢川くんは潤んだ顔でこちらを見てきた。やっぱりというべきか、体液があっちこっちから無茶苦茶出ている。たしかに面白いけど、どこで泣いたんだろうと思わず驚いてしまう。

 それを使って顔を整えている間に、クライマックスシーンがやってきた。

 そのシーンで主人公がヒロインを抱えてクルクルと回るのには、思わずお約束で笑ったけれど、座席が少しざわついていた。

 あれ。そういうものではなかったの? 思っている間に、照明がついた。

 私たちが映画館を出たら、ちょうどランチタイムまでまだ時間があるから、どこで食べようかと探し回ることになった。


「いやあ……本当によかった。本当に、スクリーンで見られてよかった……」


 螢川くんは目からまだドバドバと涙を出している。私のあげたティッシュは全部使い切ってしまった。


「いやあ、面白かったねえ……あのね、私。前に少し見せてもらった部分しか知らないから、あんまり最後の部分がわからなかったんだけれど」

「うん?」


 螢川くんはキョトンとして私を見るので、私は思っていた疑問をぶつけてみることにした。


「ラストで、主人公とヒロインが抱き合ってたけど、なんかその瞬間だけ、スクリーンが変な空気だったから。あれってなんでだったんだろうと。主人公とヒロインは結ばれるものじゃなかったの?」

「ああ、そっか。朝霧さんは特撮をあまり知らないからそう思うか」

「ええっと?」

「特撮だったら、主人公とヒロインがくっつくのって、珍しいから。テレビ内でも、あんまりくっつくことはないかな。主人公がヒーローとして活躍している一方、ヒロインは主人公の相棒だったり、姉さん分だったり、司令官だったりする。いわゆる恋人ポジションに落ち着くヒロインって、割と少数派なんだよなあ……」

「そうだったの……?」

「ああ、もちろん全くのゼロではないぞ! ちゃんと結ばれて、後日談では家族が増えているのとか、新婚生活が語られることもあるが、主人公がヒーローとして戦っている一方、ヒロインは主人公ではない相手と結婚していることだってあるから」

「そっ、そうなんだあ……」

「だから、今回は主人公とヒロインが恋愛前提だったのかって、映画館でも皆驚いてたんだよ。ええっと……この説明で伝わったか?」

「い、いやあ……なんというか、よくわかったというか」


 そこで私はショボーンとしてしまう。

 螢川くん、全然恋愛の興味ないし、私のことをずっと友達連呼しているのは、それが原因じゃあと思い至ってしまったんだ。

 主人公とヒロインはくっつかない。そういうのが好きなんだったら、そりゃ恋愛が二の次になるんじゃ。だって、螢川くんは今は特撮とアクションレッスンに夢中で、恋愛が間に挟まる隙って全然なくないか。

 私と仲良くしてくれているのだって、数少ない特撮を語れる友達だからであって、私が「嫌だ」と言ったら多分それで終わる。でも遊びに行く関係でもなくなる。

 今までだったら、ここで玉砕しようと、そのまま螢川くんに告白していた。でも。今回はそれができなくって怖い。

 いつもだったら、そのまんま友達に戻るだけだって割り切れるのに、なんでだろう。螢川くんに悲しい想いをさせたくないが勝ってしまっている。

 私が「友達辞めたい」って言うのは、彼から友達を奪うことでは。それは、本当にやってしまっていいことなんだろうか。


「……朝霧さん?」

「え、ええっと! なに食べたい? ラーメンとか、ハンバーグとか! フードコートにおいしいラーメン屋さんが入ってて、ハンバーグだったら、ここのショッピングモール出てすぐのところにある洋食屋さんのがおいしいよ」

「ええっと。うん。今日はハンバーグが食べたい、かな」

「うんっ」


 話の逸らし方があまりにも強引だったと思う。

 でも、私は今は一緒にいたい。しゃべっていたいで、告白するのが怖くて怖くて仕方がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る