お土産とデートの約束

 シェイクを持って帰ってくると、螢川くんはお土産の袋を取り出していた。


「そういえばアクションスクールの合宿ってどこに行ってたの?」

「採石場ツアーだなあ」

「さいせきじょうつあー」

「特撮の定番ロケ地なんだよ。ファンだったらだいたいどこの採石場で撮影されたとかわかるレベルの」


 そういえば、最近は法律がいろいろうるさいから、ドラマの派手なアクションシーンとかも普通の公園とかじゃなかなか撮れなくなって、撮影許可が撮れる場所も限られているらしい。

 特撮は大昔の技術を使って撮っているものもたくさんあるから、多分映画やドラマと似たような感じなんだと思う。


「でも採石場で強化合宿って?」

「特撮の定番の撮影場所だし、場所によってはパナーム……ええっと、火薬! それを使って爆発シーンをつくるから、それに合わせてのアクションだな。特撮でもあるだろう? 派手なアクションシーンの背景に、大きな爆発」

「あれってCGじゃなくって、そのまんま爆発だったんだ」

「そうそう。特撮って昔はもっと多様されていたような技術をそのまんま使っているのが多いからさ。それに見ているのとやってみるのだったら結構違うよな。爆発に合わせて吹き飛ばされたり、技を決めてみたり、ポージングとか」

「なるほどぉ」


 私が見てた特撮のポーズのシーンでも火柱上ってたけど、あれはCGだったのかな、火薬だったのかな。どっちだろう。

 そんなことを考えている中、螢川くんはガサガサ袋の中身を出す。


「でもさすがに採石場だったら朝霧さんの好きそうなものってなかなか見つからなかったから、止まった温泉郷でお土産買ってきた。温泉饅頭」

「わあ……ありがとう」

「あと。さ」


 螢川くんは恥ずかしそうに言ってきた。

 ……あれ。これって。


「今度一緒に映画行かないか? あと……俺の趣味に付き合ってもらってばかりで悪いから、映画のあとは君の行きたい場所に行きたいんだけど」

「へあっ!?」


 前のときもデートか!? と思いきや拍子抜けしていたけれど。

 これは明らかにデートのような気がする。それに螢川くんは無茶苦茶照れているし。私はあわあわしつつも……少しだけ冷静になった。

 螢川くんがわざわざ私を誘うということは。


「特撮の映画って、今なにやっているっけ?」

「ああ、これは……」


 スマホで見せてくれたのは、前に見に行ったヒーローショーで見たナイト仮面の映画に、また別の特撮のショートムービーみたいだった。

 そっか。八月に入って早々に合宿に行ってたから、いわゆる夏休み映画の類を螢川くんは見られてなかったんだ。

 私は少しだけ考えてから頷いた。


「うん。いいよ。行こう。いつがいい?」

「それだったら……」


 明日の朝イチで行ったら、終わる頃にはちょうどランチタイム直前だから、ランチタイムで食べられる店を探しながら、映画の感想を言い合えそうだった。

 螢川くんはなんでも食べるし、多分本当になにを食べてもおいしそうだろう。私は大きく頷いた。


「うん、じゃあそれで」

「ありがとう! それじゃあ朝霧さんよろしく!」

「うん!」


 私は大きく手を振ってから、お土産を持って帰ることにした。

 デート! デート! スキップで足がふんわふんわしてしまう。天にも昇る気持ちとはこのことだ。でもなあ。


「……特撮友達、どうしたら辞められるんだろう」


 私のなにが足りないんだろう。私のなにが駄目なんだろう。

 惚れっぽい私の駄目さも理解してくれ、なにかあったら助けてくれ、優しくって、温かくって……一番仲いい女子は、多分私のはずだ。それでもなぜか、なんともなってない。

 なにがどう足りないんだろう……。

 だんだんと落ち込んでいる中、強過ぎる制汗剤のピーチの香りが漂った。この匂い。


「あっ、先輩」

「ゲッ……」


 夏でも美肌。化粧しているとわかるのは、本当だったら汗が噴き出るこの季節に汗ひとつ浮かべず、それでいて肌がテッカテカにも不自然にマットにもならない肌質感だった。化粧無茶苦茶上手い先輩、酷暑でも化粧が上手い。


「なによ、人の顔をジロジロジロと」

「お久し振りです先輩」

「だからなに」

「今ってお時間空いてますか?」

「……そりゃ、ドラッグストア帰りだけれど」


 先輩は派手めなレーシーなシャツに七分丈のデニムを穿き、高めのヒールのサンダルを履いていた。多分買い物帰りだろう。

 私は頭を下げた。


「前々から思ってました」

「……なによ、黄昏くんにちょっかいをかけたこと、私全然許してないから」

「私は黄昏先輩にはなんとも思われていませんし、先輩の恋愛についてはとやかく言いません。私は先輩を師として仰ぎたいんですがどうでしょうか?」

「だからなんで!? 私のことからかってるの!?」


 とうとう先輩は癇癪を起こすが、そもそも先輩のことを尊敬しているのは本当だ。私は先輩の手をぎゅっと握る。

 ……先輩、思っているより手が荒れてる。あれだ。ファミレスとかのバイトだ。先輩は綺麗のために結構あくせく働いているらしい。ますますもって気に入った。


「先輩、化粧について私に教えてください!」

「だからなんで!?」

「ところで先輩お名前は?」

「あなた、私の名前も知らずに師として仰ごうとしていたの!?」


 先輩はまたキィキィ声を上げた。

 でも先輩。バイト先で制汗剤付け過ぎはあんまりよくないと思いますとは、さすがに言えなかった。

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