友達と好きな人

「奈美子ちゃん待って!」

「…………っ!」


 私は慌てて奈美子ちゃんを追いかける。奈美子ちゃんは運動神経は鈍く、私とどっこいどっこいだ。どちらもすぐにバテて、ぜいぜいと息を切らして校舎の端っこに来ていた。この辺りは昔は教室だったらしいけれど、今は予備室として使われていて、人気ひとけがない。


「奈美子ちゃ……どうして……逃げたの……」

「……私、友達甲斐ないなって、ずっと……思ってたから……」

「なにが……?」

「……未亜ちゃんが……誰を好きになっても……本当に応援してたんだよ……でも……」

「うん……」


 ふたりともぜいぜい息切れ紛れで、なかなか頭に酸素が回らない。私はなんとか呼吸を整えて奈美子ちゃんの話を聞く体勢に回ると奈美子ちゃんも呼吸を整えて私のほうに向き直った。


「黄昏先輩だけは、駄目だったんだよ……私も、好きだったから」

「奈美子ちゃん……どうして教えてくれなかったの?」

「言えないよ。友達と好きな人が被ったなんて……未亜ちゃんはすごいよ。あそこまでフラれても、『彼女にするのは無理』って言われてもへこたれないもの……あれを見てたら、告白なんて絶対無理って思って……遠くから見るだけで満足しちゃうもの」

「奈美子ちゃん……」

「……黄昏先輩だったら、もしかしたら未亜ちゃんのいいところに気付いてしまうかもしれない。未亜ちゃんのこと好きになってしまうかもしれないと思ったら、駄目だった。お願いだからいつものようにフラれてほしい、お願いだからいつものように『無理』って言われてほしいって思ってた……本当に友達甲斐がなくって……ごめんなさい」


 とうとう奈美子ちゃんは目尻に涙を溜めはじめた。

 私はなんと言えばいいのかわからなかった。でも、これって奈美子ちゃんはなにも悪くないし、私も負い目を感じる必要はどこにもない気がする。

 だってこれ、全部終わった話じゃない。


「奈美子ちゃん奈美子ちゃん。これ全然友達甲斐ないことなくない? だって、奈美子ちゃんは私がフラれても馬鹿にしないじゃない。励ましてくれたじゃない……まあ、ときどきものすっごい毒舌ではあるけどね」

「未亜ちゃん……いくらなんでも人がよ過ぎるよ。だって私……黄昏先輩になんにもしてないのに、勝手に嫉妬して、勝手に呪って、勝手に自己嫌悪に陥ってたんだよ? ここはもっと怒ってもいいよ……」

「いやいやいや! 逆にどうしてここで奈美子ちゃんを怒るの! さっきの黄昏先輩のファンみたいに、私のこと尻軽呼ばわりしたりビッチ呼ばわりしてないでしょ」

「だって未亜ちゃん、ずっとフラれているじゃない……フラれてるのを尻軽とかビッチとか呼ばないよ……」

「毒舌~、効く~、毒舌~」


 しゃべってて、だんだん奈美子ちゃんがいつものキレッキレの毒舌に戻ってくれたことに、私はほっとした。

 奈美子ちゃんはやっぱり友達思いだし、私に「駄目なものは駄目」と毒を吐いてくれたほうが奈美子ちゃんらしいや。

 そうこうしている間に、お腹が「グ~…………」とどちらかともなく鳴ってしまった。私たちは顔を見合わせて、ヘラリと笑った。


「もう購買部にはパン売ってなさそうだね。仕方ない。久々に食堂の油の回り過ぎた炒飯食べに行きますか」

「あれどうやってつくったらあそこまで油が回って胸焼けするようにつくれるんだろうね?」

「うーん……運動部の男子だったら炒飯と白米をどっちも頼んでお皿の中でミックスしてちょうどいい味にするらしいけど、私たち炒飯も白米も同時に食べられないよ?」

「あっ、なら私が白米頼むから、未亜ちゃんが炒飯頼んだら? それをお皿で混ぜて分ければ、油が落ち着いた炒飯になるかもしれない」

「それだっ、奈美子ちゃん天才!」


 私たちは食堂に乗り込んだら、炒飯と白米をそれぞれ頼むと、せっせとお皿の上で混ぜて分けはじめた。それを見ていた子たちもこぞって炒飯と白米を注文して混ぜて分けはじめたから、しばらくすると白米と炒飯を混ぜて油の回りが抑えられた炒飯が流行りはじめるのかもしれない。


****


 その日、螢川くんとご飯を食べることができず、私は「ごめんっ!」と手を合わせると、螢川くんはあっけらかんと「いやいや」と手を振った。


「俺も今日は他の奴らと食べてたし、朝霧さんだって友達の付き合いあるだろ。わざわざ謝らなくっても」

「いやあ……そのう」


 どうしたもんかなあと思う。

 私が先輩たちに「ビッチ」「尻軽」と悪口言われまくったことは、昼休みだけであっという間にうちの教室にまで知れ渡ってしまったのだ。

 それを螢川くんになんか言われたら悲しいなあ。そう思ってしょんぼりとしていたけれど、螢川くんは本当になにも言わなかった。それに私はほっとする。

 その中。ふたりでしゃべっていた中庭で、他のクラスの男子が「おっ」とこちらを見てきた。


「お前か? 誰でもいいから付き合ってとか言う奴は」

「まっ!」


 なんでここまで言われにゃならんのだ。私はそもそも、顔だけで人を好きになったことは一度たりともありませんっ。そもそも告白もしてないのに、螢川くんの前でなんてこと言うの!

 私はなんと言い返すかと思ったら、すっと螢川くんは私を背後に隠す。

 あのう……?


「噂で人のことをどうこう言うのはよくないな」

「なっ、お前か? 最近ヒーローだって言われてたの! だったらデートしてた彼女ってのは」


 なんだあ、こいつら。

 SNSの流行が世間の最先端だと思っているタイプのアホか! 馬鹿!

 私が歯茎をひん剥いて威嚇する中、螢川くんはきっぱりと言った。


「俺の友達を侮辱するのはやめろ! なんでもかんでも噂やSNSで物事判断するんじゃない!」


 発声量。発声量がすごい。この間一緒に見に行ったヒーローショーのマイクレベルだ。

 その声に怯んだのか、男子たちは散らばってしまったけれど。

 私は思わずシュンとしてしまった。私、まだ友達だったんだなと、本当にしょげ返ってしまったんだ。

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