とんだトラブル

 私は螢川くんと遊びに行ったことは、もちろん奈美子ちゃんにも報告した。さすがに特撮がわからない人にヒーローショーの内容までは伝えなかったけれど、彼がやった子供を助けようとする行動についてはニコニコしながら伝えると、奈美子ちゃんは「はあ~……」と変な声を上げた。


「やっぱりあれ、螢川くんだったんだ」

「へあ?」

「だってSNSに上がってて、私のアカウントにも流れてきてたよ?」

「えっ、待って。なにが?」

「うん。【リアルヒーロー登場!!】って」


 そう言いながらSNSのアカウントを見せてくれた。

 ところどころ加工してあるものの、たしかに私たちの見に行った遊園地だった。そこでヒーローショーで子供が緊張して倒れそうになっていたのを、見かねて端っこで見ていた螢川くんが「人質交換!」と言って手を挙げ、そのまま子供と入れ替わって人質になっていた旨が書かれていた。

 ヒーローショーを見に行っていた人たちには概ね温かく受け止められている一方、その手のことにすぐいちゃもんを付ける人たちからは【いや、やらせだろ。そんなイケメンいる訳ないし】とか、【どっかの新人俳優の売り出しじゃね?】とか、いろいろ勝手に嘘が並べ立てられている。その一方で、同じヒーローショーを見に行っていたらしい家族アカウントや他の特撮ファンアカウントが【あの男の子普通にデート中だったみたいだけど】【いや、あのレザージャケットは普通に俺らの仲間だろ。抽選でこの世で三人しか持ってない限定ジャケットだぞ】などと庇い立てをしていて、とうとう螢川くんが探されているみたいだった。

 私はこれを茫然と見ていた。


「どうしよう……これって螢川くんに知らせたほうがいいのかな?」

「どうだろ。無視しててもいいけど、嘘ばっかり並べられてたら、螢川くんも困ると思うし」


 私たちで話をしていたら、どちらかというと男子のほうが「おはよう」と入ってきた螢川くんのところに出かけていった。


「なあ螢川、お前ヒーローショーで子供助けたのか?」

「うん? 段上に上げられた途端に上がって動けなくなった子と交替したことはあるが……上がり症だったみたいだから気の毒にと思ってな」

「なんだそれ! やっぱりSNSに上がってた情報はお前かよ!」

「ふむ?」


 どうも螢川くんもSNSを見てなかったらしい。アカウントを見せられて、なんとも言えない顔になった。


「大事になってるなあ……」

「他人事かよ! でもこれで芸能界に見つけてもらったらラッキーじゃん」

「いや、俺は……」


 うーん。だって螢川くんがなりたいものは、そういうのじゃない。

 彼がなりたいのはスーツアクターであって、ヒーローではない。最近は特撮ヒーローは芸能界の登竜門扱いされていて、あちこちの有名事務所の新人俳優から中堅俳優までオーディションを受けているっていうのは、この間見たネットニュースで読んだ。

 それで螢川くんの夢が濁らされるのは違うよ。

 思わず私は声を上げた。


「ヤダよ。そんなお手軽な感じで螢川くんの夢が決まるのは」

「なんだよ、朝霧。芸能界に入られるのが嫌なのか?」

「勝手に螢川くんの夢を決めつけないで。誰でもかれでも芸能人に憧れてると思ったら大間違い」

「朝霧さん……」

「ごめんね螢川くん。余計なお世話かもしれないけど、我慢できなくなっちゃった」


 私はペコリと螢川くんに謝ってから続ける。


「だって芸能界だったら一攫千金じゃん」

「もーう、そういう考え古いってば! 他にやりたいことがある人に、押しつけるのはよくないよ」


 私はそうがなり立てる。

 男子たちは顔を見合わせた。


「螢川、他にやりたいことがあるのか?」

「うん。俺、どうせヒーローをやるんだったら、ちゃんと戦うほうをやりたいからさ」


 それに男子たちは「意味わからん」という顔をした。

 スーツアクターって仕事、私も螢川くんに教えてもらわなかったら知らなかったもんなあ。それが普通の反応だよね。

 そうこう言っている間に予鈴が鳴り、私たちは慌てて着席する。そのときはそのときで話がうやむやになっていたけれど。

 話が終わってなかったと知るのはそれから後の話だ。


****


 螢川くんが人助けをしたって話は、勝手に尾ひれをついて回る。

 私はなんだかなあと思いながら、螢川くんに持ってきた野菜チップスと唐揚げ山盛りを一緒に食べていた。


「ただ一回いいことしただけなのに、大変なことになっちゃったね……」

「うーん……善行って、当たり前のことだと思ったんだけどな」


 当の螢川くんからしてみれば、自分の話がわざわざSNSで取り沙汰されることになったことのほうが意味わからないという顔だった。


「野菜チップスおいしいな」

「ありがとう。セールしてた野菜をスライサーで薄切りにして揚げただけだけどねえ」

「いやいや……話を戻すけど、人に優しくするって、本当は特別なことじゃないはずなのにな」


 螢川くんは不思議そうに言った。


「入院時代、俺もやることがなくって暇だったけど、なにかしようと思っても体が動かないとき、看護師さんたちが特撮のBDをセットしてくれるのだけが楽しみだった。たしかにあれはあの人たちの仕事の内だったかもしれないけど……俺が退屈で退屈でしょうがなくっても、体が全然動かなかったつらさや寂しさを汲み取ってくれたんだと思う。なんだろうなあ……善意を特別にされてしまうのは、やっぱり違うと思うんだよなあ」


 私はその話にキュンキュンとしていた。

 螢川くんは、本人が思っているよりもずっと、息をするようにヒロイックに生きている。それが余計な悪意のせいで濁らされてしまうのは、やっぱり違うよなあと思ってしまったんだ。

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