第17話 裏の会話①


「ヒヤヒヤされるなよ、全く」

ルトニア国の王城の一角にある部屋。

国賓が泊まる豪華な仕様の部屋の真ん中にあるソファーに、主より先にドカッと腰掛けたアランは思いっきり伸びをした。

「あんな堅苦しい場なのに、雰囲気ぶち壊しは勘弁してくれ」

「君もじゃないか。それも古い家柄の。お得意だろう、そういう場」

レオナルドの指摘にアランは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「だから家業をほっぽり出してお前のお目付け役を買って出てるんだろ?俺のところは古いだけが取り柄の貧乏貴族なんだ。策略とは無縁の家さ。王族と親類縁者じゃなければとっくに潰れてる」

レオナルドは彼に分からないように笑う。

口悪く言うアランだが、本当はそうじゃないことを知っている。


王と親戚だからといって誰もが王子の側に居れるわけではない。

まずは家柄。

兄のコンラートは嫡男かつ、王妃である母親も名門貴族の出だ。

慣例的に王子の側に仕える者――友人であり、諌めることが出来る者――は、母方が選ぶ。とは言っても、親類縁者がつくことが多いのだが。

王が選ぶとなると、立場上無用な争いが起こりかねないからだ。

王妃の父――コンラートの祖父――は宰相でもあり、側近候補に困らなかったが、レオナルドの場合は違う。

母親はアランの家と同じく、昔からあるだけの貴族と名乗るのがやっとの貧乏貴族で、更に元々の立場は使用人だ。

だから王のお手付きとなった後も、第二王子を生んだあとも第二妃の称号は授かることはなかった。

母は今でも妾妃であるし、王子を生んだ後でも「フォン=ローレンヌ婦人」と呼ばれる。

ちなみに王族にはファミリーネームがないが、レオナルドにはフォン=ローレンヌの肩書がある。

母が「妃」と名乗れないのと同じで、王族ではなく、一貴族にしか過ぎないのである。


そこまで肩書としては徹底的にコンラートと差をつけた父なのに、不思議なことに教育に関してはレオナルドにも別け隔てなく接したのだ。

母とレオナルドを王城の一角に住まわせ、家庭教師をつけ礼儀・マナーから歴史や経営、果ては帝王教育まで施したのだ。


困ったのはフォン=ローレンヌ家だった。

一貴族であればいいのだが、王城で教育を受けるとなるとお付きの者を用意しなければならない。

だが、そこは貧乏貴族の悲しき性。頼るツテなどほとんど無い。

生まれたのも第二王子スペアとくれば、母方の数少ない知り合いを頼っても中々相応しい者は現れなかったと聞く。

レオナルド自身も今でこそ武勲を上げ名を知られるようになったが、それまではただのでしかない。

強力な後ろ盾もありその頃には既に教育が開始されていたコンラートは、教師が目を見張るほど飲み込みが良かった。

レオナルドが唯一兄より勝っていたのは、見た目だけ。兄とて整った顔立ちをしているのだが、如何せん目を引くのだ、銀髪と左右で違う瞳の色は。

有力な貴族の後ろ盾もなく、見た目しか勝つことしかできないレオナルドの側仕えを選ぶのは、それは難儀したそうだ。

誰でもいいわけではない。武術はもちろん、教養、社交性、忍耐力、時に王子の盾として体を張って護り、時には王子を諌める事が出来る人物。

何より当の本人から信頼を寄せられなければならない。

側近の者が仕えている王子を弑逆した例は過去に沢山あるからだ。

側近はできるだけ近親で年の近い者が仕えるのが通例なのに、遠縁の、それも一回り上のアランがレオナルドが選ばれたのは、引き受けるものがあまりにも居なかったからである。


初対面したときには、若干3歳のレオナルドに対し、アランは15歳。初陣も済ませた、立派な青年であった。

そんなアランは側近友人というより教師に近い立場で、レオナルドをビシバシと教育したのだった。

だから、アランは今でも遠慮なくレオナルドをどやすし、対外的な場面を除き王子の前だからといって畏まらない。

幼子から青年になるに連れ、自分が負う役目の重さも周りの視線も変わってきている中で、昔から変わらない気安さを保ち続けてくれるアランに、レオナルドは一生頭が上がらないだろう。


実際、アランはレオナルドによく仕えてくれていると思う。

思い入れが強すぎて、レオナルドの方がコンラートより次期王に相応しいと思っているところが玉にキズだが、それ以外は申し分ない人物だ。

レオナルドが年の近いグウェンを重宝するのにも――言いたいことはあるだろうが――黙認してくれている。

レオナルドにとってアランは兄で教師で、政治の話もできる唯一無二の存在なのだ。


「さて、どうするんですか?レオナルド王子」

目線を右へ、そして左上を見て合図を送ったあと、試すような口調でアランが口を開いた。

目の奥には咎めるような視線が混ざっている。

「いくらセドリック王に促されたといえ、王子が行ったのは内政干渉です。これでアタナス帝国をよく思わないルトニア貴族も出てくるだろう。新たな火種になりかねないですよ」

「その点は大丈夫だ」

合図の意味を正しく理解したレオナルドも口調を改め、王子として答える。

「セドリック王は今日の会食にいたものをふるいにかけた。自分に従うのか、刃向かうのか、それとも傍観者でいるのか。刃向かうとどうなるかは、ファン=マリオン卿が身を持って示してくれた。一先ずは皆大人しくしているだろう」

そのために自分を利用した、とはセドリックの立場もあるだろうから黙っておく。

「だが無理矢理抑圧すると、人間何するか分からないですよ」

「なに、セドリック王のことだ。その辺の采配は既に頭の中で出来ているさ。元来ファン=マリオン卿は先王に贔屓にされていた割に貴族たちの評判は良くないみたいだしね」

「確かに」

アランは先程の場を思い出して吹き出した。


貴族は政略結婚が当たり前。他の貴族と血縁関係ばかりだからか、多かれ少なかれ結束が強い。

彼の家柄を考えると何人かは新王ではなくファン=マリオン側に付いても可笑しくはない。

だが、あの場で警備兵に連れ出されるファン=マリオンに味方するものは皆無だった。

それどころか自分に火の粉が降りかからないように、大多数の貴族が彼の視線から逃れるように目を伏せたり明後日の方向を向いていたのだ。

目をそらさずにいたのは……。


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