第27話 出会い

 ――それから、数年経て。



『……へぇ、こんなところに』



 大学4回生の、ある秋の昼下がり。

 紅葉の色づく鮮麗な山の中で、ふと視界に映ったのは和の雰囲気漂う小さなカフェ。豊かな自然に溶け込むその素朴な佇まいに、ぐっと心が惹かれ足は自然とそちらの方へ。


 扉を開くと、そっと鼓膜を擽る柔らかな鈴の音。そこに広がるは、数少ない灯火と僅かな光が差し込むだけの仄暗い空間。まるで時の止まったような幻想的な景色の中、ゆっくりと奥の1人席へと足を進める。すると、すぐ隣にある窓の外にはさっきまで見ていたあかと緑のコントラストが鮮やかに一面へと広がって……うん、すっごい良いところ。



『…………うまい』



 それから、数十分経て。

 思わず、そんな声を洩らす。注文したのは、白餡のどら焼きとブレンドコーヒー。どら焼きは砂糖不使用とのことだけど、それでも十分に――それでいて、大豆本来の自然の甘さが口の中に広がり後味も抜群。そして、珈琲だけど……香り、味、全てが得も言われぬほど素晴らしく――



『――ありがとうございました、またお越しくださいませ』


 ふと、鼓膜を揺らす澄んだ声。見ると、今出ていったお客さんを見送る店員さんの声のようで。


 ……人形、みたいな子だな――なんて、それが最初の率直な感想で。その整った綺麗な容姿も、ほとんど感情の読み取れないその表情も。失礼は承知ながら、少しばかり近寄りがたい――それが、最初の印象だった。





『…………良かった、まだ開いてた』



 それから、数時間経て。

 そう、安堵の声を洩らす。そんな俺がいるのは、紅葉の彩る山の中。そして、眼前には『TAKATSUKI』――今日、昼下がりに訪れた幻想的で素敵なカフェが。


 さて、何のために再び訪れたのかというと……まあ、うっかりスマホを忘れてしまったわけで。いや、忘れたのはともかく気づくのが遅すぎだと我ながら思うけれども……ともあれ、ほんと良かった、まだ開いてて。明日は定休日だったはずだし、明後日まで取りに来れないとなると流石に困りますし。



 ……ただ、それはそうと……さて、どうしよう。開いているとは言ったものの、カフェ自体は閉店していてほぼシャッターも閉まっている。唯一、扉の部分のシャッターだけがまだ閉まっていなくて……いや、じゃあ開いてるとは言わないか。でも、うっかり忘れたわけじゃなければ、まだ店内なかに人がいるということ……の、はず。だから、そこはホッとしたのだけど……うん、入りづらい。業務終了後のお店に、部外者がどんな表情かおで入れば良いのか――


 ……いや、考えすぎかな? 普通に、スマホを忘れたと言えば良いだけ。疚しいことは何もない。そういうわけで、緊張しつつもごめんくださいと呟きゆっくりと扉を……あっ、ノックとかすべきだったかも……まあ、もう今更ですけ――



『…………え』



 直後、ポツリと声が。ほぼ真っ暗の中、唯一明かりが灯るキッチンに映るは1人の少女――人形のような印象を受けた、頗る綺麗で感情の見えないあの店員さんで。


 ほぼ静謐な空間にて、一心にドリップで珈琲を注ぐ少女。そして、味見をしては軽く首を横に振り再び焙煎などの工程を繰り返す。ただ、一心に幾度も繰り返す。そんな彼女の表情に、姿に、俺は……ただ、我を忘れ見蕩れていたんだ。




 それから、およそ2週間後――俺は、ダメ元で尋ねてみた。こちらで、社員は募集していないかと。もう内定していた就職先はあったので、頗る申し訳ない気持ちはありましたが……それでも、ここで――あの少女と共に働きたいと思ったから。


 尤も、スタッフ募集の張り紙にはアルバイト・パートに対する記載しかなかったので、社員が駄目ならアルバイトでも喜んで受け入れるつもりだった。……まあ、折角決まっていた内定――それも、手前味噌ながら誰もが知る大手起業の正社員としての内定が決まっていたのになんて馬鹿なことをしたんだと、きっと周りからは呆れられるでしょうけど。


 果たして、記載のなかったように差し当たり社員としての希望は募っていなかったとのこと。それでも、何故か副店主――正社員として採用してもらえて……うん、ほんとラッキーっす。あと、驚いたのが……店主だったんすね、あの子。高校生くらいに見えたし、歳としては実際そこに当たるらしいんですけど……正直、その年齢でトップの立場を務めているとは思いも寄らなくて……まあ、偏見だとは自分でも分かっていますが。


 ともあれ、めでたく『TAKATSUKI』に就職――上司たる店主、高月たかつき海織みおり先輩の下で働く日々の中で、日を追うごとにぐっと彼女に惹かれていく自分がいて。コミュニケーションは少し不器用ながら、仕事に一心に取り組むその姿や、時折見せるちょっと天然なところとか、本当に……本当に、時折見せる仄かながら笑った顔とか――とにかく、彼女の魅力を感じない日なんて一日としてなくて。



 だから、願った。頑張った。これからも、ここで働けるように――せめて、仕事上の仲間として少しでも彼女の力に、支えになれるように。

 そして、今後も――まだまだ未熟ながら、今後もずっと精進していくつもりっす。それが、こんな俺にも許されるかもしれない境界線――これ以上、踏み込むことは当然ながら許されない。だって、俺には誰かを愛する資格なんてないんですから。



 




 


 

 



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