第22話 厄介ごと

 マハの店で住居の登録手続きをしてもらう。

 思ったより届け出るものが多い。

 まるで何が行われているのかわからん。

 俺達はただフラフラとマハの後ろについて行き、馬鹿みたいに頷いているだけだった。

 もしマハがやってくれなければ、途方に暮れていたことだろう。

 最終的に俺達の名前が書かれた、木製の大きな許可証をもらう。

 これをこれから住む家に打ち付けておけば良いらしい。


「ありがとうな、マハ。すぐ森に入る予定だから、また肉持ってくるわ」

「ええ、私達も一度落ち着いたら遊びに行かせてもらいますね」

「イーダ、ありがとう。作り方だけじゃなくって、パン種まで……、遊びに来るときは私が背負っていってあげるわね」

「あはははっ、それは素敵だけど、ちょっと恥ずかしいわ」

「それにしてもずいぶん安く麦を買えたようですね。さすがアンさんだ」

「そうなのかしら?」


 俺がマハとやり取りしている間に、アンとクリスティーヌには麦を買うように頼んでおいた。

 なかなかの力仕事なので、怪力の二人に頼んだだけなのだが、どうやらマハの叔父が面白がって馬鹿丁寧に対応してくれていたようだ。

 少しからかうような意図もあったのだろうが、まるで貴族令嬢を相手にするような態度でアンたちに話しかけていた。

 それに対して、まったく違和感なく令嬢然とした雰囲気をまとい笑顔で対応するアンと、子供のような純真さで愛嬌たっぷりに反応するクリスティーヌのことを、マハの叔父はすっかり気に入ってしまったようだった。

 商人にあるまじき笑顔で、二人にデレッデレだ。

 気が付くと店で一番上等な麦を、大量にタダ同然で押し付けてきて、マハにもすっかり呆れられていた。

 最終的には昼飯まで食わせてもらい、アンとクリスティーヌの凄まじい食欲に驚きつつも、大笑いして喜んでいた。


「よし、それじゃそろそろ行くか。日が暮れる前に家を住める状態にしたいところだ」

「なにより火を入れて温めなければな!」

「お嬢ちゃんたち、また遊びに寄ってくれよ。また入用なものがあれば揃えてやるからよ!」

「あら、ありがとう。とっても助かるわ」

「えへへっ」


 それにしてもアンとクリスティーヌは相当気に入られたようだ。

 昔の記憶はかなり頼りないものだが、俺は商人にこんな対応をされた記憶はない。

 いつも足元を見られ、ギリギリの厳しい取引を強いられたはずだ。

 俺の生き方がまずかったのだろうか……。

 いや、みてくれの問題だな。

 二人は昨日風呂に入り、古着とはいえ清潔な服を着ているせいでかなり見た目も良くなった。

 アンは相変わらず、顔も体型も派手な美人だが、クリスティーヌも育ちが良さそうに見える。

 愛嬌のある曇りのない丸い目がそう思わせるのだろうか。

 確かに彼女たちは、ただ近くにいて話をしているだけでも気分がいい。

 性欲の無くなった俺でさえそう感じる。

 しかし最後に大きな麦袋を、二人が軽々と肩に担いで持って行くのを見て、目を剥いて驚いていたのは面白かったな。

 マハ夫婦とその叔父に感謝しつつ新居へと向かう。





「――ねぇ、フー、あの人たち、見覚えがあるわ」

「うん? あぁ……あれは――」


 最低限必要なものを買って北門出ると、妙な一団に出くわした。

 なにやら揉めているようだが、よく見ると知っている連中だ。

 昨日まで一緒にいた子供連れの女達が数人。

 よく俺に声をかけてきた黒髪の女もいる。

 酒場で働くんじゃなかったんだろうか。

 そろそろ日も暮れそうだが……。

 彼女たちが揉めてる相手、四人組の男どもはどうやら厄介な連中のようだな。

 今のタイミングでは、あまり関わり合いになりたくない。

 新居の片付けもしなければならない。

 悪いがここは……無視だな。


「ねぇ、あなたたち何しているの? もう日が暮れるわよ?」

「ア、アンさん! じ、実は――」


 気が付いた時にはアンが話しかけていた。

 全員の視線がアンに集中する。

 もう後には引けないな……。

 仕方なく俺も話に割って入る。

 男たちは一瞬苛立たしそうな表情を見せたものの、特に文句を言うでもなく、女たちに状況の説明を許している。

 直接声をかけてくるわけでは無いが、どうもアンを値踏みしているように見える。

 腹立たしいな……。

 黒髪の女が焦りつつも、細かく状況を説明してくれる。

 どうも酒場で娼婦として働かせてやるが、子供は男たちの組織が預かり、面倒を見るという話になったらしい。

 仕事に集中するためとのことだが、実際は人質、あるいは子供たちに何か仕事でもさせるのだろう。

 場合によっては売り払われそうだな。

 とはいえ珍しい話では無い。

 女たちもよくわかっているのか抵抗しているようだが……、まぁ難しいだろうな。

 俺がどうこう出来るような話でもない。

 知らない街で伝手もなく仕事を見つけるのは意外に難しいものだ。

 よほど特別な能力があれば別だろうが……実際のところ女たちがやろうとしていることは娼婦だろう。

 その手の仕事を取り仕切っている連中を無視して勝手に仕事をするのは難しい。

 後ろ盾なしには出来ない商売だ。

 金を回収できないくらいならまだしも、用が済んだら殺されてもおかしくはない。

 よし――、帰ってさっさと薪でも集めよう。


「ねぇ、フー」


 アンが振り向き赤い瞳で俺を見る。

 嫌な予感しかしない。


「この子達、可愛そうだわ。なんとかならないかしら?」

「おいおい……あんた横から出てきて何言ってんだ? 勝手に話を進めないでもらえるか? と言いたいところだが、ただ……もしあんたが働いてくれるってんなら、こいつらの求める条件、全部丸呑みしてもいいぜ?」


 アンが馬鹿なことを言いだし、男たちも馬鹿なことを言いだす。

 せっかく新居にワクワクしていたというのに腹立たしい。


「おい……お前、舐めてんの?」

「いやいや、もしもの話さ、そのお嬢さんがかわいそうだなんて言うもんでな? あんたみたいなおっかない傭兵さんと揉めるつもりはないぜ?」

「……」


 妙にまともなこと言ってきやがる……。

 ゼットに助けを求めようと振り向くと、いつのまにか近くの畑でカブを引き抜いている。

 何やら畑の持ち主らしい婆さんと大声でなにか話しているようだが、雰囲気は実に和やかで楽し気だ。

 交渉して買い取ったのだろうか。

 まぁ俺もカブは嫌いじゃないが……ダメだ……頼りにならん。

 いや、よく考えると、ゼットに相談したところで面倒だから燃やそうなどと、適当なことを言うに決まっている。

 クリスティーヌはというと、手で何かを捻るような仕草をして、うかがうように俺の顔を覗き込んでくる。

 曇りのない綺麗な目だ。


「フー、やっちゃう?」

「ダメ、やっちゃわない」

 

 こいつもか……。

 このクマ娘も危険すぎるな。

 石塀の外とはいえ、ある程度の秩序はあるだろう。

 新入りのくせに、そういうのをぐちゃぐちゃにしてしまうと、居心地が悪くなりそうだ。

 せめて冬を越すまで穏やかに暮らしたい。

 俺は礼儀正しい男なんだ。


「ねぇ、フー。新しい家は広いわよ? 私が森で食べ物とってくるわ。いいお仕事が見つかるまで、家に居てもらえば良いんじゃないからしら?」

「まぁ、そうかもしれんがな……」

「いやいや、あんたら何なんだ? 横からしゃしゃり出てきて、俺達の交渉を邪魔するなんてどういうつもりだ? 俺達だって暇じゃないんだぜ? こんだけ色々話に付き合ってやって、手ぶらじゃあなぁ……気まずいだろ?」

「それはまぁ……、申し訳ない」

「言葉では何とでも――。あ、い、いやまぁ……、謝罪があったんだから……仕方ないよな。ただ、あんまり俺達のすることに首を突っ込まんでくれ……」


 男たちは慌てたように言葉を飲み込む。

 どうやら無意識に手斧の柄を握りしめていたようだ。

 たしかに……、いっそこの斧を男たちに叩き込めば楽な気がしてくる。

 今はちょうど人通りもない……。

 女たちは今にも泣きだしそうな顔で状況を見守っている。

 アンを見ると、俺達のやり取りにはもう興味を無くしたように、娼婦の赤子を抱いている。

 赤い髪を引っ張られて嬉しそうに笑っている。

 クリスティーヌは、ただおとなしく、上目遣いに顔を覗き込んでいる。

 ゼットは婆さんと並んで、畑を指差して何かやりとりをしている。

 別の野菜も物色しているようだ。

 斧から手を離し、金の入った袋を出す。


「それは……すまんね。そうだな、礼儀は大切だ……。よし、銀百だ。それで文句はないだろ?」

「な、良いのか……。わ、わかった。こちらこそすまんな……」

「そうだ、これから俺達は石塀の外、北の方に住む予定だ。よろしく」

「――わ、わかった。ボスにも問題ない連中だと伝えておこう……」


 銀貨を握り男に突き出すと、恐る恐るリーダー格の男は手を差し出してくる。

 少し独特のしゃべり方をすると思ったが、上の前歯が二本折れているな。

 覚えやすい。

 こいつはいざという時の心臓係にしよう。

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