第17話 避難民

 面倒なことになった。

 食事を終えた後、ただひたすらグゼルの街から離れる方向へ歩いていたのだが、ちょうど日も傾いてきたころ、思わぬ連中と遭遇することになったのだ。


「えーっと……、要するに、あなたたちはグゼルの街から逃げだした人達で、それで~……、隣町のガーラまでの護衛をしろってことで、あってるでしょうか?」

「は、はい。どうか私達に力をお貸しいただけないでしょうか……」

「う~ん……」


 目の前の連中を見渡す。

 暗い顔をしたグゼルの住人が二百人ほど。

 いくつかのグループに分かれ、集まっている。

 パッと見た感じだが、約半分が町民風の家族連れだ。

 残りの二割が女と子供だけの集団で、やや他の集団から距離をとっているように見える。

 その集団からはひたすら赤子の泣き叫ぶ声が絶えない。

 残りの一割が商人風の連中で、使用人やその家族なども連れており、荷物が非常に多くロバを引いているものも多い。

 この連中はかなり金を持ってそうだ。

 最後の二割は若い男だけの集団で、一応傭兵っぽい雰囲気をだしている。

 実際はただのゴロツキだろう。

 俺に声をかけてきたのは、商人風の男だ。

 本当のところ、依頼の半分はこのゴロツキどもから財産を守ってくれということなのだろう。


「報酬は……そうだ、あの女性の背負っているヘラジカの角、全部まとめて銀三百で買い取りましょう。半分前払いで!」

「おっ! おぉ……」


 ゼットを横目で見るが、特に口を出す気は無いようだ。

 俺に任せてくれるつもりなのだろう。

 クリスティーヌは俺のローブに頭を突っ込み、なぜか体の匂いをフンフンと夢中で嗅いでいる。

 こいつは何をしてるんだ……。

 アンは特に目の前のやり取りに興味がないようで、赤ん坊の泣き声のする方をぼんやりと見ている。

 悩ましいところだ……。

 額面としては悪くない。

 角の価値を考えると、そこそこ妥当なところだろう。

 高くも安くもない。

 だが、半額とはいえ前払いというのはかなりいい条件だ。

 何より安心感が大きいし、こういう客は残りの半分もきちんと支払う可能性が高い。

 ただなぁ……、子供の泣き声は、どうにも気が滅入るんだよなぁ……。

 それに加え、さっきからゴロツキ連中がアンやクリスティーヌのことをやたらじろじろと見てくる。

 アンはまずお目に掛かれないほどの良い女だし、クリスティーヌはガキだがそれなりに愛嬌がある。

 今にもトラブルが起きそうだ……。


「フー、ねぇ、見て赤ちゃん。可愛いわ」

「あぁ……」


 アンが女と子供の集団へフラフラと吸い寄せられるように歩いていってしまった。

 なんだか嫌な予感がする。


「えーっと商人さん、ちょっと待ってもらっても――」

「ええ、構いませんよ! ちなみに私はマハと言います」

「あ、え~っと、俺は、フー・ジットです」

「フーさんですね。よろしくお願いします」

「あ、はい、どーも」


 我ながらなかなか怪しい男だと自覚しているが、この商人は意外に礼儀正しく接してくれる。

 悪い奴では無さそうだし、俺は礼儀正しい奴が好きだ。

 ただ、この三百人ばかりの連中全体を見ていると……、なんだか関わり合いにならない方が良いような気もしてくる。


「あらあら! ねぇ、見てフー。私が抱っこしたらこの子泣き止んだわ?」

「えぇ……? あ、あぁ……」

「ねぇフー、可愛そうだわ。助けてあげましょう?」

「……そうだなぁ。う~ん……、わかったわかった」


 人の心臓をむしゃむしゃと食う癖に、アンがなんとなく人情味あふれたことを言いはじめる。

 どうもアンに頼まれると断りづらい。

 カーネリアンのようなあの瞳は魔眼か何かじゃないだろうな……。

 だが実際のところ利点が無いでもない。

 こいつらと一緒にいるほうが、ガーラの街へは入りやすいだろう。

 商人連中はしっかりとした通行手形や伝手もあるようだ。

 街へ入るまでになるべくまとまった金も欲しいし、ここは受けておくか。


「え~っと、マハさん。それじゃ、護衛の仕事受けるようにします。ただ一応確認ですが、マハさん個人の護衛依頼ということでいいですよね?」

「ああ、良かった! そういうことで、よろしくお願いします!」

「わかりました。えーっと、マハさんのロバはあの三匹ですか?」

「そうですね。あの小さなロバの横に立っているのが妻です」

「わかりました。それじゃマハさんと奥さん、ロバは見張っておくようにしますよ」

「ありがとうございます! それでは私どもは野営準備しますね」


 アンはすっかり女と子供たちの集団に馴染んでしまっている。

 目で早くこっちへ来いと言っているようだ。

 気が進まない……が、まぁそうも言ってられないか。

 ゼットとクリスティーヌを押し出すように、集団へと近づいていく。


「なぁゼット。なんでマハは俺なんかをわざわざ傭兵として雇ったんだろうな?」

「強そうに見えるからだろう。熟練の傭兵に見えなくもない。あとは女連れだから安全だと思われたんだろう」

「えっ……、俺強そう? そうなのか……あんま実感なかったわ」

「体もごついしな。後はなんだか余裕があるように見えるのもあるだろうなぁ」

「余裕……、魔人になったせいかもなぁ」


 性欲が無くなったせいだろうか。

 心臓をえぐり取られるような攻撃でも無けりゃそれほど気にしなくなったのもあるか……。

 まぁ余裕があるように見えるのは悪いことでは無いだろう。


「しかしフー、お前さんその青白い髪色と髭面は元からか? あまり見かけない、なかなか珍しい色だな」

「そうか……確かに見ない気もするなぁ。髭剃ろうかな」

「フー、あなたのお髭、可愛いわ。私は好きよ」

「そうか? へへっ、それじゃあ残しとくか!」


 面倒くさいので伸ばしっぱなしにしているが、いままで髭なんて鬱陶しいと言われた覚えしかない。

 だがアンは気に入ってくれてるようだ。

 嬉しくなる。

 伸ばして編み込んでみようかな。


「ねぇ、フー。この人たちとてもお腹がすいてるみたいよ?」

「あぁ……そうだろうな。う~ん……、いいか、どうせまだまだ肉はあるし……アンがいればすぐ調達できるよな。残りの肉全部分けてやるかぁ!」

「さすがこれだけの量、わし一人じゃ料理できんぞ?」

「あ、あの……わ、私達ももちろんお手伝いします。ありがとうございます。ほんとうに、ありがとうございます!」


 女たちが俺の方にわらわらと集まってきて感謝する。

 なんだか性欲を無くしてから、やたら女が周りに集まってくる気がする。

 くっそ~、悪魔め……。

 だがまぁ、実際のところ、女たちはしっかりと計算しているのだろうな。

 俺がアンやクリスティーヌを連れているのも大きい。

 そこそこ安全な男だと思ったのだろう。

 実際他の男のように性欲をぎらつかせた視線で見ることも出来ない。

 そういうのも敏感に察したのかもしれん。

 その上で傭兵だ。

 食い物に不自由している様子もない。

 俺のことをうまく取り込んでおくのが良いと判断したのだろう。

 まぁ女手ひとつで子育ては大変だよな。

 多少のしたたかさも身につけてなけりゃ、親子ともどもただ野垂れ死ぬだけだ。

 アンに赤子を抱かせた段階で、彼女たちの勝ちだったわけだ。

 クリスティーヌはなぜか子供に囲まれ始めた。

 ああ、耳が珍しいのか……。

 やばいな、忘れてたが……何て説明しようか。


「おねぇちゃんは、何で耳が丸いの?」

「んへぇ? ん~……わ、わかんない」

「その娘はなぁ、ここからさらに北にある雪深い山々に住む、特殊な山岳種族でなぁ。少し変わってるんだ」

「そうなんだ~。可愛いねぇ」

「そうだろうそうだろう。クリスティーヌっていうんだ。仲良くしてやってくれ」


 ゼットがすらすらと適当な嘘をつくので合わせておく。

 助かった。

 後で口裏合わせておかねばな。

 しかし……、クリスティーヌにそんな器用なことができるだろうか。

 不安だ……。

 それからはバタバタと食事の支度へ移っていく。

 ゼットに料理監督を任せ、クリスティーヌには力仕事の助手を言いつける。

 俺とアンは傭兵仕事をこなすため、適度に距離をとりつつ、マハたちを護衛する。

 ちなみにアンも今は戦場で回収してきたショートソードを持たせている。

 少し剣を振らせてみたが、実戦向きでは無いながらも、騎士らしくなかなか流麗な剣使いだった。

 本人曰く適当に振り回しているだけらしいが、あまりそうは見えない。

 もしかすると今のアンの馬鹿力が加わると、あの剣さばきはむしろ実用的に機能する可能性もある。

 

「さて、まじめに傭兵するか」

「あそこに座りましょう。この毛皮も街でちゃんと鞣してもらわなくちゃね」

「ああ、そうだな」


 朽ちかけた倒木にヘラジカの毛皮をかけ、アンと横並びに座る。

 しばらくはマハ夫妻やロバを見て暇をつぶすがすぐ飽きた。


「なぁ、あんたさ。俺達と向こうで飯食わないか?」

「なぁに? 私はフーと一緒に、あっちで食べる予定よ? 今ゼットが美味しいご飯を作ってくれてるもの」

「酒もあるんだ。そんなくたびれたおっさんより、俺達と楽しくやろうぜ? 別にこいつの女ってわけじゃないんだろ?」


 アンが笑ってくれるので、発情期のロバのものまねを披露していると、ゴロツキ連中の若い二人が話しかけてきた。

 腰に剣をさし、いかにも着慣れていない雰囲気の皮鎧を身に着けている。

 一人前風を装ってはいるが、その辺の死体から引っぺがしてきたようにしか見えない。

 いや、死体漁りは俺か……。

 しかし、面倒だなぁ。

 こいつらも発情期のようだ。


「嫌よ。私はフーと一緒が良いわ。ふふふっ、この氷みたいに青くて長い髪も、ほらっ……眉を寄せて困ったような顔も、私はとっても気に入ってるの。あなたたちよりずっと素敵だわ」


 紳士的に言い含めるべきか、蹴り飛ばすべきか悩んでいると、アンが大きな胸を押し付けるようにして、俺の首に手を回してくる。

 男たちの表情が苦いものに変わる。

 実に気分が良い。


「なっ、何だこの女……」

「いやぁ~、クソガキどもすまんなぁ、色男で! お前らも心臓を捧げるくらいすれば、もしかしたらアンに振り向いてもらえるかもしれんぞ? まぁ~おまえらじゃあ無理かなぁ? はははっ、あーっはっはっはっは!」


 褒められ慣れていないので、思わず調子に乗ってガキどもを無駄に煽ってしまった。

 不貞腐れたような顔をしてる。

 やっぱり殴っておこうかな。

 どうやら少し舐められているような気もするし、この手の半端な奴らは、あとで陰湿なことをしてきそうだ。


「フー、アン! できたよ! さぁ、ごはんのじかんですよ~」

「おっ、クリスティーヌ、早いな! マハにも少し分けてあげよう。ということでじゃあなガキども。おまえらこれ以上俺の仲間に変なちょっかい掛けてきたら、首落とすからな?」

「んなっ……」

「うっ……か、かえろうぜ」


 腰に差した手斧を抜いて少し脅すと、ゴロツキたちは固まってしまった。

 人差し指で額を小突くと、金縛りが解けたように、額を抑えて逃げて行った。

 ちょっとからかった程度で大げさな……。

 実際、こんななまくら斧で首を落とそうとしたら、なかなか酷いことになる。

 ああ……、マーフをやり損ねたことを思い出してしまった。

 やっぱりあいつら殴っておけばよかった。

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