第20話

 ダブルテイルはアカツキを収めていた鞘を腰から外し、地面に投げ落とした。


「次に来たときは殺す」


 それだけ言って、ダブルテイルはレオンコートと地面に突き刺したアカツキに背を向けて歩き出した。


「待てよダブル! 置いていくのか!?」


「待、て…ッ! リーシュッ!!」


 アカツキとレオンコートの声は届くことはなく、魔動車のドアは閉まり、そして走り去っていった。


「お、置いていかれたんだけど…ウソぉ…マジか」


 地面に墓標のように突き刺さっているアカツキは、自分の意思を持ってはいるものの、その意思の通りに動ける体を持っていない。ただ小さくなっていく魔動車を見送ることしか出来ずにいた。


 アカツキがそのことに無力を覚えているとすぐ下の方から、無力感に溺れている男の手が伸び始めた。


 遠くへ去っていく魔動車へ、その中にいる1人に向けて、届くはずもないのに手を伸ばして、やがて地に落ちた。


「そうだよ! ちょっと、大丈夫です? レオンさん?」


 返事はなかった。


「し、死んでる……ヤベー」


 冗談のつもりで、冗談を言ったが、しかし返事はない。


「冗談だって! 冗談じゃねぇぞ! あ~~! どーすんのコレ! 助けてダブル! つかふざけんなよダブル! ボコボコにして放置とか人間の所業じゃねぇぞ!?」


 いくら騒いでも状況は変わらないが、しかし騒ぐことしか出来ないアカツキには騒ぐこと以外にすることはない。


 意識のないレオンコートへ声掛けをしつつ、助けを求めるように、「誰かーー! 誰かいませんかーー!」とヒーローをガン待ちしていた。


 困ったときに訪れるのがヒーローだが、残念ながら異世界では存在しない。そもそも前世でもそんな存在は居なかった。だから当たり前のようにヒーローはいない。


 ファンタジーな魔法はあるが、それはなんでも願いを叶えてくれる不思議な未来の道具の劣化に過ぎない。素晴らしいマジカルパワーでなんでも解決してくれるわけではない。


 笑えるほどに夢も希望もなく、自分の力でなんとかしろと世界は冷たい。


「世知辛すぎる…!」


 光って鳴ることが出来るデラックスな剣。人に捨てられればそれで終わりの悲しい物体。それがアカツキだ。


 墓標代わりに突き立てられたアカツキは、誰かの手に渡らない限り、文字通りに墓標の代わりにしかなれない。


「つーかそもそも! なんで置いていったんだ! 俺にどーしろってんだよ!」


 やがてアカツキは騒ぐことをやめた。


 怒りが時間で霧散すると、頭の片隅に追いやられていた冷静な思考が、「ここで騒いでもならず者しかこないだろうなぁ」と囁いたからだ。


 アカツキは自分で動けない。剣であるため、人に使われる道具であるため、自分の意思を体に反映させることは出来ない。


 だが剣であるため、人間ではないため、人間に必要なものが必要ではない。食事も睡眠も休息も不要。疲労も当然のようにない。


「おーい。大丈夫かー? 意識ありますかー?」


 のんびりとした声でアカツキは未だ目を覚まさないレオンコートに語りかける。


「あー。肉体に精神が宿るって話な~。種族が変われば思考も変わるってことなんだろうけど、非生物になった俺はどうなるんだ? あー徐々に人間離れしていく~」


 ダブルテイルに置いていかれてから、それなりの時間が経過したため、アカツキの心に余裕が戻った。その結果、今まで考えてこなかったことを改めて考え直す。


 剣として目覚めてから一睡もしていないと言うのに特に不調はない。気味が悪いほどだが、気持ち悪いとは思わない。


 それが恐ろしい。


 自分が人間離れしていくことを普通に受け入れつつある。


 それがひどく恐ろしい。


「あー。お腹空いたな~」


 適当にそう口にしてみるも逆に違和感を覚えるほどだ。


 空腹感も感じることはなく、呼吸も瞬きもない。


 今あるこの意識を一瞬でも失ったとき、自分が人間であるという自意識を失くしたとき、自分はいったいどうなるのか。


 それがなによりも恐ろしい。


 目はないのに見えているこの世界が、自分とは相容れない物のように感じられる。それこそ夢のように。自分は死ぬことが出来ず、病室のベッドの上で剣になった夢を見ているのではないかと。


 ふとしたときに、張り詰めた心が切れたとき、自分の意思で目を閉じたとき、この世界を見ることをやめたとき。


 自分は再び目を開けることが出来るのだろうか。


 ひどくおそろしい。


「おーい。レオンさーん。生きてますかー?」


 感情と声の質を切り離して、呑気な声で語りかける。


 人間は1人では生きていけない。人間は孤立するとマトモではいられなくなる。特に、剣となってしまったアカツキは、ことさら人間が側にいないと人ではいられなくなる。


 精神の性質が人から離れないように、まだギリギリ残っている人としての意識が、無意識にアカツキの思考の向きを変えた。


「あー。暇だな~。ダブルには世界のこと知りたいって言ったけど、なんかもうお腹いっぱいって感じだなぁ。悪いもんばっかり食わされてお腹がパンだ。良いもん食いてー」


 口はないが、思ったことが口からポロポロと出ていく。


 落ちてきたそれに当たったのか、アカツキの下から声が上がった。


「うぐっ…くそ、熱…痛てぇ」


「おお! 起きた! 生きてた! ラッキー!」


 待望していた目覚めをアカツキは歓喜の声で出迎える。


「うるっさいぞ、剣…!」


「ごめんね。大丈夫?」


「喧嘩を売っているのか?」


「いや、違う。なんでそうなる!?」


「どう聞いても俺をおちょくっているようにしか聞こえない」


 左脇腹を庇うようにレオンコートは立ち上がった。


「それで? なぜお前はここにいる?」


「え? そりゃ置いていかれたからだよ」


 レオンコートは小馬鹿にしたように笑う。


「お前はうるさいからな」


「取り柄でして」


「二度と持てないようにへし折ってやろうか?」


「なんでそんなに敵意剥き出しなんだよ」


 レオンコートは少しばかり考えるような、なにかを踏みとどまるような様子を見せてから、シンプルな答えを口にした。


「ただの八つ当たりだ」


「身も蓋もない暴論!?」


 あまりにもすぎる理由に驚愕した。


「はぁ。それにしても…暑いな。おい、剣。俺はどれだけ寝ていた?」


 太陽は頂点を過ぎ去り傾き始めていた。


 レオンコートは額の汗をぬぐった。


「あー。日付は変わってないよ」


「そうか、じゃあな」


 なんの躊躇いもなく歩き出したレオンコートにアカツキは焦る。


「ええ!? ちょっと待って!!」


「なんだ? 俺はリーシュを追わないと行けないんだが? お前に構う時間はない」


「いやいやいやいや! 俺も持っていってくれよ。見ての通りに自分では動けないんだって!」


「それは俺には関係がない」


「人助け…剣助けをしてくれ! なんのデメリットもないだろ? 頼むよ」


 嫌そうな顔をレオンコートは浮かべた。


「お前はうるさいからな」


「だ、黙ります!」


「取り柄じゃなかったのか?」


「誰にも持って貰えない取り柄なら捨てます!」


「……はぁ。そうだな。お前の知っている限りで良い。リーシュのことを教えろ。それが条件だ」


 アカツキは地獄に垂らされたクモの糸にしがみついた。


「うお。ダブルの車内より綺麗」


 ダブルテイルが捨てていった鞘に仕舞われたアカツキは、レオンコートの腰にくくりつけられた。


「アイツの車内はどうなっているんだ」


「ん? あり得んほどぐちゃぐちゃ。後部座席の半分はガラクタの山にしか見えない。…え? もしかしてそう言うことを教えるの? プライベートな問題じゃない? ストーカーみたいだぞ」


「捨てるぞ」


 底冷えするほどの怒気。


「ごめんなさい! どんな話でも提供いたします!」


 レオンコートはタメ息を吐いたのち、頭をかいた。


「そうだな。お前はいつから拾われたんだったか?」


「3日前です。3日前にならず者が集めた金品の中から拾われました。以上です」


「そうか。大した情報は無さそうだな。捨てるか」


「あーー! ごめんなさい! ごめんなさい! えぇとそうだ! ダブルには必殺技があります!」


 本当に意味が分からないとレオンコートは困惑していた。


「必殺技? なんだ、それは?」


 興味があると判断したアカツキは、すぐさま交渉に入る。


「捨てない?」


「お前の態度次第だ」


「わかった。無駄に騒がない。どう?」


「ふん。早く話せ」


「よっしゃ! ええと必殺技だよな? 名前はアウトサイダー! 俺が名付けました」


「あぁ、捨てるか」


 落胆とはこう言うものなのだとわかった。


「ちょっ! 適当言っている訳じゃないんです! 許して!」


「俺は中身のない情報が嫌いだ。分かるな?」


 鋭い目付きで射止められたアカツキは自然と早口になった。


「はい! アウトサイダーは剣に魔力をアホみたいに流し込んで、圧縮します。それから剣を振り抜くことでその圧縮した魔力を解放する技です!」


「ほう? 仕組みは魔銃に近いか? しかし剣でやる意味が分からないな」


 レオンコートは顎に手を置いて情報を分析し始めた。そしてわざわざ分析した結果を口にしているのは、きっと自分にもっと情報を吐かせるためだとアカツキは察し、情報に補足をする。


「はい! 範囲でまとめて薙ぎ倒すのが楽だと言ってました!」


「ほう? それなら理解できるが……魔力幕で防がれるのではないか?」


「バカみたいな魔力量で防御をぶち抜いていました! あとそれをやると剣が砕けるからやりたくないと言ってました! 俺は流される魔力に耐えられました!」


 レオンコートは観念したように呟いた。


「あぁ。そうか。やはりそうなのか」


「なにか気付いたことでもありましたか?」


「いや、もう必殺技はいい。次だ。お前と一緒にいるとき、リーシュの魔力量はどれほどのものだった? アウトサイダーとやらを使ったあと、リーシュはふらついたりしたのか? またそれに必要な魔力量はどれほどのものだ?」


 魔力が見えるアカツキはそれを伝え、レオンコートの魔力量を基準にして説明した。


「魔力が見えるか…信じがたいな」


「信じてとしかいえねー。というかそんなに凄いことなのか?」


 アカツキの疑問にレオンコートは魔力が見える利点を淡々と答えた。


「相手の魔力量を看破できるということは、相手の身体能力を戦う前に知れるということだ。それはあまりにも致命的な情報だ」


「魔力量って増やせないの?」


 レオンコートは深いタメ息を吐き出す。


「バカなことを聞くな? 基本的に生まれ持った魔力量は死ぬまで変わることはない。後天的に変わる方法は、それこそ異能以外にはない。だからこそ、リーシュが昔より魔力量が増えていることの確認が必要だ」


 レオンコートは言葉を1度区切り、アカツキに顔を向けた。その顔には如何なる偽証も許さない圧力があった。


「剣。心して答えろ。リーシュの魔力量が増えたりはしなかったか」


 アカツキは必死に記憶を手繰り寄せる。ダブルテイルと始めて会ったときと今さっき別れるときの魔力量に差があっただろうか。


「あった。魔力量増えてる!」


「はぁ。確定だな。アイツ…異能力者スキルホルダーになってしまったようだ。デメリットはなんだ。おい剣。リーシュはなにかに気を取られてはいなかったか?」


「…あのースキルホルダー? ってなんですか?」


 アカツキは全く知らないが、スルーせざるを得なかった物へ首をかしげた。


「はぁ。そうだな。異能力者スキルホルダーというのは、異能スキルに目覚めてしまった者だ。そして異能というのは言葉通りに魔力や魔法とは一線を画す力で、具体的には魔力を使わずに魔法を起こしたりなど…まぁ原理不明の現象だ」


「ほーん? 超すごい力ってことでおけ?」


「桶…? まぁそうだな、その多くが常識はずれでデタラメで荒唐無稽だ」


「へーよく知らないけど良いじゃん。なんで嫌そうな顔してたんだ?」


「異能には、必ずデメリットがあるからだ」


「デメリット?」


「例えば……殺人衝動などだ」


「おーまいがー」


 アカツキは間の抜けた返事しか出てこなかった。


「だから剣。アイツはなにかに気を取られてはいなかったか?」


「デメリット探しってこと? その…異能のこと知らなかったのか? 6年前?から知り合いなんだろう?」


「異能はある日突然目覚める呪詛のようなものだ」


「最悪過ぎるだろ。なにがぶっ壊れスキルだ。人間がぶっ壊れるスキルってか? 笑えねぇ…マジで笑えるほどに笑えねぇ」


 アカツキは顔をおおいたくなった。世知辛すぎるだろ。


「なにを言っているのか良く分からんが、とっとと思い出せ」


「あ、はい!」


 アカツキはレオンコートが恐ろしくて反射的に返事をしたものの、たった3日一緒に居ただけで相手の考えていることが分かるなら苦労はない。それにダブルテイルとの会話の中身はほとんどこの世界のことばかりだった。


 ダブルテイルの自身の話は─────


「金のために人を殺す?」


 ────殺しに関することばかりだ。


「なんだ? 何か気付いたか?」


「金のために人を殺すって言ってた。人を殺すことは好きじゃないって手段だって言ってたぞ。そのくせ金に頓着してるようには見えなかった」


「…人を殺すことが異能のトリガーか?」


 ダブルテイルが異能を持っていることを前提に、その異能についてブツブツと口にして考えているレオンコートへ、アカツキは踏み込んだ話をすることに決めた。


「なぁ。リリィって誰なんだ? ダブルが殺したって言ったけど…聞いてもいい?」


 反応を窺うようにゆっくりと恐る恐る放った言葉は大きかった。


「そうか。お前は知らないのか」


 疲れたようにタメ息を吐き出すと、レオンコートはなんの感情も見せないような語り口で過去の出来事を語り始めた。

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