第〇〇六話 石兎馬

 研究室の静けさの中、俺は眼鏡に浮かぶ映像を食い入るように見つめていた。


 これは、衛星軌道上にいる司令塔ゴーレム・ルクスが、各地に放った蜘蛛型ゴーレムから送信された映像記録の一つだ。


 映像に映し出されているのは、シャドウブレイズ家と対立する分家、ファントムブレイズ男爵の屋敷。蜘蛛型ゴーレムはシャンデリアの陰に潜み、広間での会話を記録していた。


 当主であるモルガナ・ファントムブレイズと、ダスクブレイズ家など分家を集めて、何やら密談を交わしている。画質・音質ともにまだ改善の余地はあるが、情報収集の第一歩としては十分だろう。



 ――あれは……!?

 映像の片隅に映ったその少女を見た瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


 艶やかな黒のストレートロングヘアに、夕暮れの空を思わせるオレンジ色の切れ長の瞳。まだ十一歳とは思えないほど、同年代の子供たちとは一線を画す、達観した雰囲気を漂わせている。息を呑むほど美しいと素直に思った。


 アメリア・ダスクブレイズ。


 ダスクブレイズ伯爵家の長女にして、俺の元婚約者。リリアナの話によれば、「黄昏の能力」という強力な血統スキルに目覚めた才女のはずだ。


 彼女は、大人たちの会話には興味がないのか、一人静かに窓の外を眺めている。


 だが、次の瞬間、俺は我が目を疑った。


 アメリアが、ふと顔を上げた。そのオレンジ色の瞳が、真っ直ぐにこちらを――シャンデリアの陰に潜む蜘蛛型ゴーレムを見据えたのだ。


 偶然か? いや、あの視線は明らかに何かに気づいた者のそれだった。蜘蛛型ゴーレムは魔力反応も極限まで抑えているはずだ。だというのに、どうやって……。


 彼女は小さく首を傾げた後、すぐに興味を失ったかのように再び窓の外へ視線を戻した。


 ――バカな……まさか、バレたのか!?


 背中を、氷の針で刺されたような感覚が駆け抜けた。冷や汗がじっとりと流れる。


 黄昏の能力……それはゲームにはなかった能力。リリアナの話では幻術系の一種ということだが……。


 何より不可解なのは、彼女自身の存在だ。


 俺が知る『セブン・レリックス』には、アメリア・ダスクブレイズというキャラは存在しなかった。少なくとも、俺がプレイした限りでは、名前すら出てこないキャラだ。


 それがどうだ。映像で見た彼女は、ただのモブでは片付けられないほどの強い存在感を放っている。


 俺の知らない未来。俺の知らないキャラ。


 この世界が、俺の知るゲームの世界とズレ始めているのか、ゲーム開始時にはいなくなってしまったキャラなのか……。


「ルシャ様、お考え事の最中に失礼いたします」


 不意に背後からかけられた声に、俺はハッと我に返った。リリアナがいつの間にか部屋に入ってきていたようだ。


「ロダーン様が、例の物の準備ができたと中庭でお待ちです」


「……そうか、ついにできたのか」


 例の物、という言葉に、俺の胸は高鳴った。ファントムブレイズ家の件も気になるが、今は目の前の楽しみを優先しよう。俺は映像記録を切ると、リリアナと共に研究室を後にした。



 ◆ ◆ ◆



 中庭に足を踏み入れた瞬間、俺の視線はそこに佇む一体の彫刻に釘付けになった。


 それは、今にも駆け出しそうな躍動感に満ちた、実物大の馬の彫刻だった。


 磨き上げられた石の表面は滑らかで、少しアンドロイドを思わせるフォルムだ。その力強い眼差しは遥か彼方を見据えている。


 もはやそれは単なる彫刻ではなく、魂を宿した芸術品だった。


「おお、ルーシャス様! ご覧ください! この完璧なフォルム! この脚が生み出すであろう爆発的な推進力! この背中のラインは、最高の乗り心地を約束しているに違いありません! ああ、神よ! 私は、私の手で、神の創造物の一端をこの世に顕現させてしまったのかもしれない!」


 彫刻の傍らで、彫刻家ロダーンが恍惚の表情を浮かべ、両手を天に突き上げていた。その興奮ぶりは相変わらずだが、彼の言うことには一片の誇張もない。俺が描いた設計図を、彼は遥かに超えるレベルで現実のものとしてくれた。


「素晴らしい出来だ、ロダーン。感謝する」


「いえ! このような挑戦の機会を与えてくださったルーシャス様にこそ、私は感謝を捧げます!」


 俺はロダーンの情熱に微笑み返し、みんなに離れてもらい彫刻に魔力を流す。


 黒っぽい石が段々、白くなっていき、最終的に真っ白になり準備は整った。


 懐から虹色に輝く球体の魔石を取り出した。馬の彫刻の額に魔石を置くと、手をかざし、体内の魔力をゆっくりと流し込みながら、詠唱を開始する。


 ――我が手によって生まれし者。

 ――汝の名は石兎馬せきとば。我が意志の下にあれ。

 ――汝に仮初めの命を与えし対価として我が魔力を汝に分け与えん。

 ――汝は我が命令を忠実に従え。

 ――秘められし力、今解き放たん。魔石の脈動、その身に巡り力と成れ。

 ――禁断の果実、智慧の種子が汝の心に芽吹き、理を知れ。

 ――その芽は汝の内に根を張り、学びの花となりて咲き誇れ。

 ――汝の眼は道を見通し、蹄は大地を掴む。

 ――風を切りて野を駆け、我が望む地へと滞りなく導け。

 ――束の間の命、定められたり。石兎馬オトムの囁き、静寂を呼び眠りを与えん。

 ――今、汝の目を開け、汝の心を燃やせ。

 ――石兎馬よ、汝我が呼びかけに応じ起動せよ。


 詠唱が終わると同時に、額の魔石が眩い光を放ち、その光が馬の全身を駆け巡る。石の体が淡く発光し、やがて光が収束すると、そこには静かに佇む一頭の馬がいた。


 俺は三国志に登場する名馬の名を拝借し、このゴーレムを「石兎馬」と名付けた。


「石兎馬、起動」


 俺の命令に応え、石兎馬はブルル、と鼻を鳴らすような音を立てて、ゆっくりと歩き出した。その動きは滑らかで、本物の馬と何ら遜色ない。


「成功だ……!」


 よしっ……! これで、俺もついに……馬で走れるぞ!


「ルーシャス、すごいじゃないか。それにしてもセキトバとは帝都で流行りのサンゴクシ物語から取ったんだね?」


「……ええ、アルカリオから話を聞きまして、馬の名前につけてみようかと」


「とても良い考えだ。私もあの物語は好きだよ」


 どういうことだ? 三国志の物語は存在するのか……後でアルカリオから購入しておくとしよう。



 しかし、喜びも束の間、すぐに新たな問題が発覚した。


 石兎馬は確かに馬として歩き、走ることはできる。だが、俺が騎乗しようとしてもまったく言うことを聞かないのだ。


 ただ走ることしか知らない、ただの「馬」でしかなかった。


 設計は完璧だったはずだ。ロダーンの彫刻も非の打ち所がない。なのになぜ……。


 そうか、詠唱のせいだ。この石兎馬は馬としての動きはできるが、騎馬としての動きの「データ」が全くインプットされていないんだ。


「どうした、ルーシャス。難しい顔をして」


「父様……。いえ、せっかく移動用のゴーレムができたと思ったのですが、これではただの馬です。このままでは騎乗できません」


 俺が事情を説明すると、父はなるほどな、と顎に手を当てて頷いた。


「スヴェルも最初はただの人形だっただろう? 騎士団の訓練に参加して、ようやく騎士らしい動きができるようになった」


「……! まさか」


「その通りだ。この石兎馬も、訓練すればよいのだろう?」


 父はそう言うと、ニヤリと笑った。その顔は、息子に良いところを見せようとする、ただの父親の顔だった。


「私が最高の軍馬に調教しよう。うまくいったら、領内を一緒に駆けようか」


 その頼もしい言葉に、俺の胸に熱いものがこみ上げてきた。一人で抱え込んでいた問題が、父の一言で光の差す道へと変わっていく。


 そうだ、今の俺は一人じゃない。


 この頼もしい父と、優しい母、そして俺を支えてくれる仲間たちがいる。


「……はい! よろしくお願いします、父様!」


 俺の返事を聞いて満足そうに笑う父の隣で、石兎馬が誇らしげにいなないた――そんな錯覚を覚えるほどだった。

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推しに殺される大罪人に転生。推しのために…… 流庵 @ru-an

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