第〇〇二話 記憶

【世界を救う邪神との戦い】


 「ガハッ!」


 灼熱の痛みが全身を貫き、視界が赤く染まる。邪神の一撃で、俺の体は紙切れのように吹き飛んだ。


「これぐらいで倒れないで」


 地面に叩きつけられる寸前、冷たく澄んだ声が鼓膜を揺らす。次の瞬間、聖なる光が体を包み込み、瀕死の傷が一瞬で塞がっていく。俺を全快させたのは、氷の聖女――レティシア。


 その後も、俺や仲間たちは何度も死の淵を彷徨った。そのたびにレティシアの無慈悲なまでの回復魔法が、俺たちを戦場へと引き戻す。そうして、俺たちは辛うじて邪神の討伐に成功したのだった。


 主人公の標準的な仲間は五人の女性で、討伐後には告白イベントが待っている。誰に告白するかで、その後の物語は大きく変化する。五人中四人とは結ばれ、そのどれもが幸福な結末を迎える……浮気さえしなければ、だが。もちろん、組み合わせ次第ではハーレムルートだって用意されている。


 

 ◆ ◆ ◆


 

 邪神を倒した俺たちは、凱旋した王城で束の間の休息を得る。俺は意を決して、仲間のレティシアを月の美しいバルコニーに呼び出した。


「レティシア、俺と結婚してくれ!」


 震える声で告げた、俺の人生を懸けた一世一代の告白。しかし……。


「……無理」


 彼女のアイスブルーの瞳は、何の感情も映さない。ただ一言、氷のように冷たい拒絶の言葉を吐き捨て、静かにその場を去っていく。


 こうして振られた俺は、酒に溺れ、仲間たちからも見放され、孤独な死を迎えるのだ。


 どれだけ世界のために戦っても、レティシアに告白した瞬間、バッドエンドが確定する鬼仕様。無限のエンディングを誇るこのゲームにおいて、数少ない確定ルートの一つだ。それでも、この冷たく突き放すレティシアを一目見たいがために、多くのプレイヤーが一度は通る道だったりする。


 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 目が覚めると、不思議なことにあれほど酷かった頭痛はすっかり消えていた。どうやら、初めて『セブレリ』をクリアした時の夢を見ていたようだ。思えば、あの氷のような拒絶に心を射抜かれた瞬間、俺のレティシア推しは決定したのだったな。


「ルシャ様、おはようございます。お加減はいかがですか? 主治医の先生がもうすぐご到着なさいますので、もう少しの辛抱ですよ」


 凛とした声に顔を上げると、心配そうにこちらを覗き込む美しい少女がいた。ホワイトブロンドの髪に、ペリドットの瞳。昨日、俺に抱きついてきたエルフのメイドだ。


、おはよう。起きたら頭痛は治ってたよ。もう、大丈夫なんじゃないかな?」


 名前を口にすると、彼女はペリドットの瞳を大きく見開いた。


「ルシャ様! リリーの名前を思い出したのですね!」


 その声は喜びで震え、今にも泣き出しそうだ。


「ん?」


 俺はとぼけてみせる。そうだ、昨日は彼女がリリーと名乗ったからそう呼んだだけだ。だが、今の俺の頭には、流れ込むようにルーシャスの記憶が蘇っていた。感情も……多少は残っているようだが、どこか他人事のようにしか感じられない。これなら、俺の本体が目覚めるまで、なんとか乗り切れそうだ。


 しかし、ゲームのキャラクターに似ているとは思っていたが、まさか本当にあのリリアナだったとは。彼女は一体なぜ、大罪人となるルーシャスの侍女をしているんだ?


 リリアナは、『セブレリ』で決して結ばれることのないヒロインの一人だ。彼女の操る精霊魔法は絶大で、レティシアがいないルートで唯一、邪神を討伐可能な切り札。だが、その神秘的な美しさに魅入られて告白すれば、待っているのはバッドエンドだけ。


『ハイエルフと人間では、生きる時の流れが違うの』


 それが、彼女に振られる時の決め台詞。この一言で、彼女がただのエルフではなく、さらに上位の存在であるハイエルフだと知ることになる。この情報は、リリアナを仲間にし、告白まで漕ぎ着けたプレイヤーだけが知るトップシークレットだ。


 ネットの掲示板でも全く情報が出回っていなかったことを考えると、世界広しといえど、彼女を仲間にできた猛者は数えるほどしかいないだろう。



「昨日はすまない。完全にリリアナのことを忘れていたし、俺自身のことも思い出せなかったよ」


「よかったですわ。ルシャ様がご自身のことを『僕』と呼んだときには、リリーは死を覚悟いたしました!」



 そこまでなのか!? 子供だから『僕』で通したのは間違いだったようだな。


「ルシャ様は体が弱いのですから、あまりご無理はなさらないでくださいね。今後、木登りは禁止事項にいたしますので!」

 


「分かったよ。もうしないから安心して。ところで、お腹も空いたし、着替えたいのだけど」


「何を仰っているんですか。主治医のヴェルナー先生のお墨付きをいただくまでは、安静にしていてください。お食事は今お持ちいたしますね」


 そう言うと、リリアナは部屋を出て行った。



 素のままでもルーシャスとバレないようで助かった。現在十歳のこの体は病弱なようで、産まれてから頻繁に倒れているらしい。巨大なゴーレムを長時間動かし続けられるほどの魔力量が、皮肉にも体の不調の原因だったりする。

 


 魔力過剰症候群。体内に魔力が溜まりすぎると、血液や神経に過大な負担がかかり、様々な不調を引き起こす病気だ。


 症状としては頭痛、めまい、吐き気、発熱、痙攣、意識障害などが挙げられる。


 魔力を定期的に体外へ放出することで予防は可能だが、まだスキルのゴーレムを操ることが出来ない。使える魔法も放出系の魔法ではなく、付与魔法のため、魔力は溜まり続けている。年々寝込む頻度が高くなっているようで、木から落ちたのも、症状のめまいが原因だ。



 ルーシャスの場合、さらに問題があった。


 溜めきれない魔力が、身体から常に漏れ出ているらしい。その漏れた魔力が周囲の人間の体調にまで悪影響を及ぼしてしまうようだ。大体半径三メートルぐらいが影響範囲で、魔力に強い耐性がある者は問題ないらしい。


 リリアナが侍女なのは、エルフで魔力に強い耐性を持っていたからだろう。



 病気については、魔力を使えば楽になるはずだ。早めにゴーレムを動かす練習をしなければならないだろう。問題は、どうやってゴーレムを調達するかだな。



 通常、ゴーレム使いはモンスターであるゴーレムを倒し、その残骸を再利用するのが一般的だ。ゴーレムの核である魔石を破壊するとゴーレムは活動を停止し、バラバラになる。そのバラバラになった部品と、別のモンスターから手に入れた魔石を組み合わせて、自分が使役するゴーレムを製作するわけだ。



 幸い、ゲームで一度ゴーレム使いをプレイしたことがあるため、作り方と操作方法は分かる。


 問題はゴーレムの部品と魔石の調達だが、レティシアの日記には、ルーシャスは最後に二十メートル級のゴーレムを操っていたと書いてあった。

 


 二十メートルものゴーレムなど、ゲーム上には存在していない。


 ルーシャス本人が作り出したと考えるのが妥当だろう。


 彼が保有する膨大な魔力を使えば、ゼロからゴーレムを生み出すことも可能だったのかもしれない。


 日記には、十二歳の時に婚約者としてレティシアに引き合わされたとある。残された時間はあと二年。できるだけの準備をしなければ。



 ◆ ◆ ◆



「ルシャ様、ヴェルナー先生がいらっしゃいました」



 リリアナに連れられて入ってきたのは、俺の主治医、フリーダ・ヴェルナー。年は二十歳。


 バターブロンドのボブカットに、ウルフェナイトのようなオレンジ色の瞳。楕円形のアンダーリム眼鏡が、知的な雰囲気を醸し出すセクシーな美女だ。


 白衣の胸元からは豊かな母性が溢れ、歩くたびに心地よく上下に揺れている。ルーシャスの記憶によると、彼女が近くにいても体調を崩したことはない。彼女もまた、魔力に対する強い耐性を持っているのだろう。



「ルーシャス。木から落ちて頭を打ったと聞いたけど、意外と元気そうね? リリアナが泣いて頼むから急いで来たのに、拍子抜けしちゃったわ」


「すまない、フリーダ。これでも昨日は、自分の名前すら思い出せなかったんだ」


「記憶喪失ですって! 話には聞くけど、実際に見るのは初めてよ! これは興味深いわ。しっかり隅々まで診てあげるから、覚悟なさい」


 言葉通り、本当に隅々までチェックされるが、もちろん異常は見つからない。記憶についても調べられたが問題は発見されず、フリーダはこのまま数日泊まり込み、魔力過剰症候群の方も診察していくことになった。


 それにしても、フリーダ・ヴェルナーがルーシャスの主治医だったとは。彼女は主人公の恩師が想いを寄せる人物で、ゲームの中では帝都にいたはずだ。謎多き人物だったが、帝都に来る前はシャドウブレイズ領にいたのか……。



 ルーシャスが起こした反逆により、シャドウブレイズ領は閉鎖され、立ち入り禁止区域となった。


 ルーシャスは帝都に向かってゴーレムを進軍させたはずなのに、なぜ故郷であるシャドウブレイズ領まで閉鎖されたのだろうか? 俺が盗賊で忍び込んだ時は、まるで戦争でもあったかのように荒れ果てた廃墟だった。



 もしかしたら、その辺りの謎にも、ルーシャスが反逆した本当の理由が隠されているのかもしれない。



 ルーシャス、レティシア、リリアナ、そしてフリーダ。いずれも『セブレリ』における最大の謎――ブラックボックスに触れているのだと思うと、俺の胸は期待と少しの不安で高鳴り、ワクワクが止まらないのだった。

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